結婚する前の峠のドライブ
嫁が留学先から帰国して少し経った頃。(その頃はまだ嫁ではないが)自動車教習所に通い始めた。彼女は自動車免許を習得するのにえらく苦労したようだ。
「ひらめき」で動く傾向のある彼女は、路上試験で『少しだけ近道』と思って歩道を走ろうとした。当然卒検は不合格。その他色々あって、半年の期限ぎりぎりでの取得となった。
*
当時、わたしは「いすゞジェミニ」に乗っていた。イルムシャーというスポーツグレードだったから、サスペンションは硬くエンジン音は大きい。おまけにマフラーを変えてパワーアップさせていた。勿論マニュアル車。
好きな人にしか乗れない個性的な車だった。だが、上り坂でもぐんぐん加速し、連続するカーブをなんの苦も無く走れるその自動車に、彼女は惚れ込んだ。
あの神経症の彼女が……
『これも縁というものなのだろうか』
*
ある日、綺麗な景色を見るために、ジェミニに乗って峠を走った。
お付き合いをしていたその頃、スケジュールの調整が難しかったから、貴重なデートだった。
晴天の休日とあってか、峠の途中から大渋滞。
クラッチ重めのマニュアルのスポーツタイプ、上り坂の大渋滞はキツイ!
「疲れたでしょう、運転変わるよ!!」
『少しだけ運転を任せてみよう』峠の途中でわたしは助手席に座った。
「左足が疲れて抜けちゃいそう……!」
重めのクラッチに苦戦しながらも、彼女は峠の渋滞に果敢にチャレンジしていた。
『なかなか半クラッチが上手い』
しかし、途中で……
エンジン音だけ次第に大きくなるが、自動車はなかなか走り出さない。やがてゆっくりと前進し始めたが、普段とは明らかに違うエンジン音と自動車の動き。
「なんだ、 どうした?」
わたしは『クラッチが故障したのか』と思った。
「あっ、3速だった!!!」
「えっつ?3速で発進したの?」
「間違えちゃった」
急な上り坂を5段ギアがついた自転車で登る事を想像してほしい。
間違いなく1段のギアで登るだろう。3段で登り始めれば、どれだけ腿に負担がかかることか。おそらく、重すぎてペダルはこげない。
同じ負担がクラッチ版にかかっていた。
「ねえ、なんか焦げ臭いよ、山火事かな?」彼女は自動車の窓を開けて外を確認していた。
確かに相当な焦げ臭さが車内に充満していた。
「山火事ではないよ、クラッチ版が焼けた匂いだと思うよ……」
『ただでさえ坂道発進を繰り返してきたんだ。クラッチ版には相当な負担がかかっていたはず、そこへきて3速で発進したのだから、クラッチ版もたまらなかっただろう』
焦げ臭さはしばらく消えなかった。
彼女は自分のミスを気にしていたが、わたしは感心していた。
あの上り坂を3速で発進させた免許取りたての彼女の技術と、あの上り坂を3速で発進したわたしの愛車の性能に……。
彼女と、わたしの愛車は相思相愛だったのだ。
車好きのわたしには、それがとてもうれしかった。
今でも嫁は時々言う。
「ジェミニさー、レカロシートでさー、あのMOMO製の革のハンドル良かったよね~それに高速ではびしっと安定しててさー」
嫁とは自動車の趣味が合う。
『やっぱり……これも縁なのか』
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