初めて買った自動車

嫁と結婚して約一年後。わたしは、体調不良で退職をした。事情があり、わたしの実家に長居するわけにはいかない。嫁の実家に世話になるわけにもいかない。


そして、日本という国自体から出たかった。二人で、有り金を持ちアメリカに行った。


帰国後、初めて住んだのが、ネズミの出るおんぼろアパートだった。だが幸いにも駅が近く、自動車を持っていなくても不自由しなかった。


独身時代、レカロシートに体を沈め、自分の自動車をモビルスーツと思っていた車おたくのわたしにとっては寂しい限りだったが、そんなことを言える立場にない。



ある日、駅のホームで電車を待っていた。


「あの車かわいい!! あれに乗りたい!」


ホームから嫁が指さしたのは、駅の駐車場に停められていた一台の軽自動車だった。


ダイハツ・ミラジーノ。


シティーハンターというアニメをご存じだろうか?主人公が乗っている赤い小さな自動車は、かつてイギリスのローバーという会社が作っていたMINIという自動車だ。


ダイハツが、ミラをMINIになんとなく似せて作ったのが、ミラジーノだ。


嫁が何かを欲しいと意思表示するのは珍しい事だ。


心配と苦労、そして不自由な思いをさせていたわたしは、心の底から『乗らせてあげたい』と思った。


アメリカから帰国してから1年半経っていた。その間、在宅介護されている母に顔を見せられないでいた。


そろそろ自動車が必用だ。今なら、自動車で実家に帰る体力はぎりぎりなんとかなる。


わたしも嫁も気持ちは一つだった。


中古車屋を回ったが、年式が古い物や、走行距離が長い車は確かに安いが、後々修理代がかさみそうだ。値段を考えると、なかなかディーラーに足が向かなかったから、最後にダイハツに行った。


あった。

ミラジーノ・ミニライトスペシャル。

色はグリーン。

1年落ち。

元社用車、走行距離も短い。


フロントフェンダーの真ん中にある、2つの黄色いフォグランプがチャーミングでかわいい。そしてミニライト専用のアルミホイールが、イギリスのMINIを彷彿させる。



セールスマンになんとなく言った。

「これでターボだったらな……」


「あっ、これターボですよ」

そう言ってボンネットを開けてくれた。


『インタークラー……確かにターボだ』

わたしは驚いた。完璧な車だったからだ。


『おそらくこれ以上は無い』



値段は……当時のわたしたちにとっては、かなり無理をしなければ買えなかったが、二人とも気に入ったので、ローンを組んだ。


納車後、嫁が運転席に座った。

「似合っているよ!」


その後わたしも運転席に座った。

「あなたもとても似合っているよ!」


家族が増えた気分だ。

それほど二人とも気に入った。


140キロの道のりを走り、母に会いに行けた。母は、ジーノを見て、「素敵な自動車ね」と喜んでくれた。


これでいつでも帰省できる。いつ亡くなるかわからない病を持つ母に、会いに。




わたしたちは結婚記念日に、ジーノで温泉に行ったり、週末、ちょっと遠い森の中のレストランにも行った。


楽しみが増えた。


ミラジーノは思い出の一台となった。





今も、時々ミラジーノを見かける。


今でも大切に乗っている人がいる。

もう15年~20年物だろう。


ジーノを見るたびにお互い報告をする。


「今日ミラジーノ見たよ。やっぱりかわいいよね」

「本当にいい車に乗ったよね」

「なつかしいね」



気に入った自動車とその思いで。


未だに話が尽きない。

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