あきさん?
「あのさ、今から文鳥連れて帰るからさ、」
「えっ、なに?」
「文鳥だよ、ぶ・ん・ちょ・う」
「知ってるに決まってるでしょう! 家で2羽飼ってるんだからさ、そうじゃなくて何で?」
「帰ってから説明するから。とにかく小さな鳥籠があったじゃん、あれ出しといてね」
こんな電話のやりとりがあったのは、とある日曜日。私たちがまだネズミの出るおんぼろアパートに住んでいた頃の事。
商売をしている義父の店に、嫁は顔を出していた。私たち夫婦が住んでいるアパートから嫁の実家までは車で40分、嫁の実家から義父の店までは車で5分の距離だ。
嫁が白文鳥を連れて帰ってきた。
手乗り文鳥。
とっても慣れている。わたしと嫁の手の上や肩の上に乗って楽しそうにしている。
「あのさ、お父さんがさ、外から帰ってきたら肩に文鳥乗せていたのよ。あたしも驚いたけど、もっと驚いてたのはお父さんでさ、「店の前で突然肩にとまった」って言ってさ。お父さん鳥なんて触ったことないからさ」
「で、誰の文鳥なの?」
「わからないらしいの。どこかの家から逃げてきたんだと思うけど、飼い主見つかるまで預かれって」
家には手乗りではないが、2羽の桜文鳥がいる。
ピチュン ピチュン ピッ ピッ ピッ ピチュン ピチュンと鳴く。
鳴き声を楽しむために飼っていた。手乗りになった鳥がいなくなるトラウマもあったのであえて手乗りにしなかった。
その迷子の手乗り文鳥は、外を飛んだり、車に揺られたり、大変な1日だったと思うが幸い元気だった。餌もしっかり食べた。
私たちは、ピースケとかピーちゃんとか思い思いに呼んで可愛がった。
朝目が覚めると、『ピースケがいる』とすぐに思う。
目が覚めるのが楽しみになった。起きたらトイレに行くよりも前にピースケの籠の扉を開けた。
ピッ ピッ ピッ と鳴きながらすぐに籠から出てきて肩にとまる。
嫁が「ピーちゃん」と呼ぶと今度は嫁の肩にとまった。
なんと可愛く、愛らしい。
1週間後、義父から嫁に電話があった。
「お客さんから、近所の人で鳥が家から逃げたと言っている人がいる、と聞いたから、とりあえずそちらの電話番号伝えたので、よろしく」
翌日、ピースケの飼い主らしき人から電話があった。嫁が特徴を話して確認していた。
「明日連れて行くね」
電話を終えた嫁がちょっと寂しそうに言った。
わたしはどこかで、『このまま飼い主が見つからなければいいのに』そう思っていた。嫁も同じだった。
次の日。
嫁がピースケを連れて出かけた。
家の中、いつも通り2羽の桜文鳥のさえずりが聞こえる。でも『寂しい』
嫁が帰ってきた。
帰るなり、笑いながら床に寝ころんだ。
「いやー あのさ、鳥を連れて行ったらさ、あのさ、」
「ちょっと落ち着いてゆっくり聞かせてよ」
嫁は起き上がり、少しだけゆっくりでも笑いながら話した。
「訪ねたらさ、お婆ちゃんが出てきたの、見せたら「確かに家の文鳥です」って言うから『やっぱりそうだったか…』って思って寂しかったんだけど、なんかドタドタ後ろの方で音がするの、そしたらさ、お爺ちゃんが股引き穿きながら慌ててよたよた出て来て「あっ、あっ、あきさんかぁ〜!」だって。
アハハハハハハハ ビーちゃんでもピースケでもないよ、あの子の名前さ「あきさん」だったんだよ。アハハハハハハ 超和風だったんだけどっ!! アハハハハハハ」
嫁の話を聞いてわたしも笑った。嫁の明るさで寂しさが緩和したのは言うまでもない。
老夫婦が大切に育てた白文鳥。
名前に深い由来があるのかも知れない。
無事に戻って良かった。
だけど、まさか名前が「あきさん」だったなんて。今でも時々思い出しては嫁と笑う。
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