第42話 嫁が上座に

 母の一回忌でのこと。

 実家の座敷に親戚が集まっていたのだが、父は席をはずしていた。

 東京に住む兄は到着していなかった。


 『集まっている親戚のお相手をしたほうがいいのでは』

 そう思ったわたしは、父の代わりに上座に座り挨拶をしていた。


 こういうときの立ち振る舞いがまったく分からない嫁は、ただ私の後をちょこちょことついて回った。

 嫁は親戚に挨拶をしている私の横に座り、ただニコニコしていた。

 その時点で、ちょっと変わった嫁と思われていただろう。


 さて、そろそろ父が戻ってくるかもしれないから上座を空けておこう。

 そう思い私が横にずれると、嫁は私が席を空けてあげたと勘違いし、なんと上座に座った。

 相変わらずニコニコしている。


 『座敷の上座に、次男坊の嫁が座ってニコニコしているのはまずい!』


 わたしが急いで部屋から出ると嫁も後をついてきた。

 嫁に「ここにいなくていいから!」と叱った。


 嫁は「なんでよー私だって一生懸命やってるんだもん、それに私だって皆と一緒にいたいんだもん。」と言った。


 嫁といると、常識だとか立場だとか役割だとか、今まで思っていたことが覆される。

 一番大切なのは、上座に誰が座るのかではなく、相手を尊重し尊敬することだ。 人間の一番大切なことに気づかされる。


 嫁は「わたしだって皆と一緒にいたい」と言っていた。

 たいした用事でもないのに席をはずす父、親戚よりも遅く来る長男。

 それに比べ、親戚と一緒にいたいと心から思ってくれる嫁の気持ちが一番大切なんだ。嫁なりに精一杯、親戚をウエルカムしていたんだ。

 

 わたしは思った。

 親戚に、変わった嫁と思われたっていいや、何故なら嫁には人を尊重する優しさがあるのだから。


 嫁は確かに、一般的な常識通りに行動することは苦手だ。

 そういう意味では嫁らしくはない。

 でも……

 嫁は母の生前、一番の話し相手になっていた。

 母の死後、一人になった父のことを考え、毎週末帰省することに同意してくれた。そして父のために食事作りを頑張った。

 わたしの姉が問題を抱えている時に、家族の誰よりも姉の事を心配し、家族の誰も出来ないサポートをした。


 愛という視点からみると、わが嫁こそが本当の嫁である。


 

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