第40話 家さん手を挙げて……パート1

 神経症と鬱で仕事が出来なかったわたし。

 腰痛と関節痛にも悩まされ、あまり動くことさえ出来ない日も多かった。

 結婚1年後に退職し、それから3年後にやっと自営業の手伝いをするようになった。と言っても、最初の1年間は週に一度のトイレ掃除だった。

 その2年後に、嫁と協力して小さな小さな会社を経営するようになった。


 それまで嫁は、嫁の両親や周囲の人から批判されないようにわたしを守り、パートで働き、わたしの症状を良くするために努力を惜しまなかった。


 小さな小さな会社は自転車操業ではあったが、それでも前よりは少しだけ生活が楽になっていた。


 わたしたちが住んでいた古いアパートに4匹目のねずみが出た時、わたしたちは引っ越しを決めた。

 一軒家の借家に住むのを夢見て、住まい探しを始めた。


 ある日、小高い丘にある住宅街を見に行った。夢を膨らませたかった。


 丘の中腹に公園を見つけた。桜の木が沢山あり、緑が豊富で運動も出来る場所だった。公園の一番高い所からは遠くに海も見えた。

 わたしは心の底から、『あーこんな公園の近くに住んでみたい』と思った。


 嫁はその日の夜、こう言った。

「家さーーーーん、わたしたちに住んでもらいたい家さーーーん、いたら手を挙げて~~~」


 わたしは1軒の家が手を挙げた気がした。妄想だと思った。

 しかし嫁が言った。

「1軒手を挙げたね。」


 妄想では無かったのか……が、まだ信じるには早い。


 翌日不動産屋に行った。

「一軒家の物件はある時はあるんですけどね、今はちょっとね……あ、1軒ありましたよ。」

 不動産屋の車で物件を見に言った。渋滞を避けるために遠回りしたため、わたしたちは場所がよくわからなかった。


 着いてみると、わたしたちが昨日見に行った小高い丘の住宅街だった。

 4DKの家は、わたしたちには十分過ぎるほどだ。

 家の前は大きい通りだが、その先に細い道路があった。『家の周りはどんなだろう?』うそう思って細い道路を歩くと、すぐに公園の入り口があった。そう、あの公園だったのである。

 昨日わたしたちが見たのは、公園の逆側だったので分からなかったのだ。

 感動した。

 家賃は少し背伸びをしないと出ない額だったが、思い切って契約した。

 

 夢って膨らませていいんだ……そう思った。

 サイキックな嫁と、手を挙げてくれた家に感謝である。

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