第24話 おい、おまえ、水持ってこい!


 母が生前、嫁の事をこう言っていた。

 「私は ....... ちゃんのこと、お嫁さんだと思っていない」


 確かに、俗にいう「お嫁さん」らしくないのが我が嫁である。

 それには、色々と理由がある。



 こんなことがあった。

 以前、実家に帰省した時、嫁がふざけて私にこう言った。


 「おい、お前、水持ってこい!」


 それを聞いた母は、「何ですか、その言い方は!」とすかさず割り込んだ。


 そりゃそうだ。だが、嫁は大胆にも笑っていた。


 このふざけた命令口調は、嫁にとっての幼少時代のトラウマの癒しだった。私と二人でいる時に、度々していたある意味遊びだった。だから、私は何とも思わないのだが。実家で、その遊びをしてしまった自分に可笑しくて爆笑していた。


 もちろん、その後、嫁は説明を加えて、きちんと母に謝罪をしていた。



 正月、再び帰省し嫁が雑煮を作った。母を在宅介護している父を少しでも楽させてあげたい、その一心で嫁は一生懸命に雑煮を作った。だがそれは、その場のひらめきで作ったブロッコリー入りの変わった雑煮だった。


 父も母も黙って食べていた。「おかわりあるよ……」嫁は精一杯の気づかいを見せたが、誰もおかわりしなかった。


 「なんでブロッコリー入れたの?」と訊くと、

 「だって、ブロッコリーって体にいいじゃん!」っと言っていたっけ。


 その会話を見て、母も父も吹き出していた。


 翌朝、父が雑煮を作っていた。「やはり、これがないと正月が来ませんね~」と言いながら。


 そんな父の後ろ姿を、黙って見ていた嫁。



 嫁は自分がお嫁さんらしくない事や、常識知らずのことで悩んでいた。せめて自分の出来る事をしたいと一生懸命だった。だが、その努力は虚しく常に散っていく。

 

 だからわたしはある日、嫁をかばいたくて母に言った。


 「なかなかお嫁さんらしくなれないみたいだけど……」


 話し終わらないうちに母が口をはさんだ。


 「分かってるわよ、それでも精一杯やっているのよね」 


 そして言った。

 

 「私 、........ ちゃんのこと、お嫁さんと思っていないの、親友と思っているの」

 

 そういえば、母は家族の誰にも話したことのない母自身のことを、嫁には色々と話していたらしい。嫁は母の言葉を聞いて安心していた。


 その会話の数年後、母は他界した。

 

 私の心には、今も母の「親友と思っているの」との言葉が刻まれている。

 きっと嫁の心にも刻まれているに違いない。

 

 嫁を受けいれてくれた母に感謝である。

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