第25話 試練の船出、嫁の無邪気さに救われる

 

 結婚して1年後、神経症で休職していた私が退職する事になった。

 まだ働けないわたしの代わりに、これから働くのは嫁である。

 私たちは引っ越すことになり、試練の船出となった。


 引っ越し前夜、私は荷物をトラックに積んでいた。

 すると3月だというのに、チラチラと雪が舞い始めた。


 寒い夜だった。


 嫁が外に出てきた。

 赤いダウンジャケットがとても似合い、かわいかった。


 「嫁は、わー雪だー」と言いながら夜空を見上げている。

 そして「あーん」と言いながら口をあけた。


 空から舞う雪を食べようとしているのだ。


 これからどんな生活になるのか、予想のつかない不安な時。

 嫁のこの無邪気な姿に、私は本当に励まされた。


 あれから何年も経つ。


 今だから分かるが、嫁は苦しい時に天然を装うことも知っていた。


 『あの時はどうだったんだろう?』

 そう思いながら嫁の方を見ると、猫と一緒にすやすやと眠っていた。

 

 あの時の無邪気な顔が、今もここにある。

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