第13話 「ろくすけ」と「くろべえ」

 嫁は言い間違いが多い。

 ある日、2階にいる私に嫁が1階から叫んだ。


 「ねえーねえーろくすけ、ろくすけ!」

 「何?」

 「ろ・く・す・け、食べていい?」


 『ろくすけ……?』


 何のことかわからなかったが、面倒くさいので「いいよ!」と言っておいた。


 しばらくして1階へ降りると、嫁がおいしそうに私が買ってきた「助六弁当」を食べていた。


嫁は、よく言葉を反対にする。



 私は、大河ドラマにはまっていた。豊臣秀吉に仕えた「黒田官兵衛」(くろだ かんべえ)の話である。たぐいまれな軍師としての手腕に惚れ惚れしていたので、毎週楽しみにしていた。


 しかし……。放送時間が近づくと嫁が


 「おーい、もう少しで 【くろべえ】 はじまるよ!!」


 と言う。


 「違うよ、 【くろだ かんべえ】 だよ!」


 「あら……。そうだった。子供の頃飼っていた犬の名前 が 【やすべえ】だったから、まちがえちゃったっ!」


 やすべえは関係ないし、雰囲気がだいなしだ。


 これが毎週続くので、放送時間の30分前からテレビの前に座るようにした。

 これで、くろべえはじまるよ、といちいち言われなくて済む。

 

 しかし……。放送が始まり、集中して見ているところにつかつかとやって来て、


 「あー今日くろべえの日か、くろべえどうなってる?」


 と聞くのである。一度「くろべえ」とインプットされた嫁の脳は変換が不可能である。


 後日、放送日に嫁が外出していた。私は思った。


 『よーし、今日は雰囲気をこわされないで 【くろべえ】 みられるぞっ!……あれ?』


 私の脳内ワードが変換されていたのである。

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