第13話 「ろくすけ」と「くろべえ」
嫁は言い間違いが多い。
ある日、2階にいる私に嫁が1階から叫んだ。
「ねえーねえーろくすけ、ろくすけ!」
「何?」
「ろ・く・す・け、食べていい?」
『ろくすけ……?』
何のことかわからなかったが、面倒くさいので「いいよ!」と言っておいた。
しばらくして1階へ降りると、嫁がおいしそうに私が買ってきた「助六弁当」を食べていた。
嫁は、よく言葉を反対にする。
*
私は、大河ドラマにはまっていた。豊臣秀吉に仕えた「黒田官兵衛」(くろだ かんべえ)の話である。たぐいまれな軍師としての手腕に惚れ惚れしていたので、毎週楽しみにしていた。
しかし……。放送時間が近づくと嫁が
「おーい、もう少しで 【くろべえ】 はじまるよ!!」
と言う。
「違うよ、 【くろだ かんべえ】 だよ!」
「あら……。そうだった。子供の頃飼っていた犬の名前 が 【やすべえ】だったから、まちがえちゃったっ!」
やすべえは関係ないし、雰囲気がだいなしだ。
これが毎週続くので、放送時間の30分前からテレビの前に座るようにした。
これで、くろべえはじまるよ、といちいち言われなくて済む。
しかし……。放送が始まり、集中して見ているところにつかつかとやって来て、
「あー今日くろべえの日か、くろべえどうなってる?」
と聞くのである。一度「くろべえ」とインプットされた嫁の脳は変換が不可能である。
後日、放送日に嫁が外出していた。私は思った。
『よーし、今日は雰囲気をこわされないで 【くろべえ】 みられるぞっ!……あれ?』
私の脳内ワードが変換されていたのである。
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