第21話 辰明の戦
「何かが川辺で動いています。かすかな金具の音、そして水音……」
「敵襲か?」
「おそらくは。騎馬と歩兵でしょうが……ああ、間違いありません。いずれにせよ魏の兵は脚が早い、すぐに皆に知らせねば」
公子が川辺に駆け付けたときには、すでに戦闘が始まっていた。騎馬の相手は、騎馬。将校らしき厳めしい鎧の男が桂舜の前に立ちはだかり、剛直な剣を振り下ろしてくる。がつんと受けると手が一瞬しびれたものの、命のやり取りの前では些細なことだった。剣の威力は敵の方が上だったが馬の手綱さばきは桂舜に利があり、鎧のつなぎ目を狙って打ち込んで馬首を返した。後ろから斬りかかる別の将兵と切り結び、その合間に星衛の姿を探す。ふと、土煙のなか敵に押し倒され首をはねられそうになっている味方がいるのに気がつき、敵に体当たりして剣を跳ね飛ばす。
「大丈夫か」
馬上から声をかけた桂舜は固まった。相手が眉根を寄せてこちらを睨みつけていたからだった。
「
やはり貴官は鍛錬が足りんな、鼻を鳴らすと桂舜は次の獲物との戦闘に入る。
――これが戦、というものか。
彼にとっては初めての本格的な戦闘であり、何も考えられず、ただ打ちかかるものと反射的に切り結び、払い、蹴り飛ばす。長剣が敵の槍に絡み取られた後は、兄から拝領した短剣を抜いた。短剣での闘いは不利だが、桂舜の敏捷さが何とかそれを補う。
――星衛、いた!
見つけたのはちょうど星衛の馬が射られてもんどりうった瞬間で、転がる馬からすばやく飛び離れ、一瞬で体勢を立て直した乗り手の動きは見事だったが、今度は歩兵たちとの混戦になった。圧倒的な強さで敵を一人、また一人と屠る星衛だが、肩を庇っているところを見ると、先ほどの落馬で打ったか。
「星衛――!」
叫びながら混戦の輪に飛び込み、自分も短剣を振るう。だが、砂場に足を取られよろめいた。
「危ない!」
自分の横を誰かがすり抜け、そのまま引き寄せられた。おかげで、すんでのところで白刃をかわすことができたが、自分の腕を掴む手首が血に染まっているのを見て桂舜は固まった。
「星衛……」
今ので右腕を斬られた星衛は、剣を取り落としている。とっさに桂舜は頭上の剣を薙ぎ払い、星衛を背に庇うようにした。
桂舜も短剣ではこの場をしのぎ難く、あともう少し時間が経っていたら二人の身も危なかっただろう。だが
――人と戦い、斬るなど初めてだ。
白刃の下をかいくぐっていたときは無我夢中で何とも思わなかったが、血に濡れた短剣の先や、切り裂かれた袖、そこかしこの傷を見て、「初陣」の重さに気が付いた桂舜である。
「やれやれというところだな。星衛、そなたにまた助けられた……」
強がりがにじみ出る口調、だが振り返った桂舜は眼を見開いた。星衛の顔は青ざめ、右腕の傷を抑える左手も震えていた。がくりと膝をつき、立つことも容易ではなさそうである。
――私を庇ったがための怪我だ。
桂舜は決心すると星衛の前にしゃがみこみ、背中を向けた。
「乗れ、背負って帰るから」
「公子……お気持ちはありがたいのですが、無理です」
「いいから。私はせっかちなんだ、待たされるのは嫌いだ」
相手が引かないので星衛は溜息をつき、そろそろと相手の背中に寄りかかる。桂舜が立つとき、思っても見ない重さに息が止まり星衛を取り落としそうになったが、歯を食いしばって耐えた。
「かさばっていて、重いな」
「だから申したのです、無理だと」
「うるさいな、黙って背負われていろ」
大柄な星衛を背負いきれず、ずるずる足が地面を引きずっている無様さを見かねたのか、兵たちが助力を申し出たが桂舜は断り、うんうん唸りながら兵舎を指して戻っていった。
星衛とともに手当を受けていた桂舜は、葛潤之に呼び出された。机上の盆には漆塗りの箱、既に開封された書簡が一通、剥がされて脇に置かれた封泥は王の専用である
「都から急報が来た。桂舜公子、
王命と聞くやただちに桂舜は拝跪して、また立ち上がると今度は都城の方角を向き
「委細は私も知らぬが、ただ
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