第18話 朝議の前

 翌朝、主上は食事を終え朝議が始まるまでのわずかな間に、桂舜公子を建寧殿けんねいでんに召し出した。息子は半眼となりきわめて落ち着いた表情で拝跪したが、何かの包みを手にしているのに父親は眼をとめた。


「これからの朝議でそなたの話が出ること必定ゆえ、内々に呼んだのだ。今朝、私のもとに急ぎの上啓文じょうけいぶんが届いた。送り主は明楽の婚家だ。……桂舜、そなたを呼んだ理由はわかっているな?」

 不肖の息子は一揖して口を開いた。彼は父の机上に自分の香袋が載っているのに気が付き、背を冷たいものが走り抜けたが、いまさら取り繕いようもない。

「おそらく、私が予想しているものと同じかと存じます。そして主上、私も見ていただきたいものがあります」

 言いしな、包みをほどく。中からいくつかの書類が現れ、気を利かせた近侍が盆に載せて主上に差し出す。


「物は何だ?」

「ご一読くださればおわかりかと」

「普通、私はこのように、正式な手続きを踏まぬ書類は一切読まぬことにしている。そなたも存じていよう?」

「はい、ですが私はこれに命をかけております。そして劉星衛も」

 主上はしばらく無言だったが、一番上の書状に手を伸ばして開いた。二枚、三枚……。彼の書面を追う眼、紙を繰る手がだんだん早くなってくる。


「これはどこから手に入れた?」

 全てに眼を通し終わった父親は、女官の差し出す茶で唇を湿らせた。

質舗しちほにございます。夜市からさほど遠からぬ……明楽の乳母に教えられました」

「質舗? 明楽の乳母?……よくは解せぬが」

 そこで息子は昨夜のことを正直に洗いざらい話し、父親は顔色も変えずに聞いていた。

「なるほど、確かに書状の筆跡は明楽のものだが?」


「欧陽哲は工曹こうそうすなわち、土木のことを司ります。そして私が佩玉を与えた母子のいた橋、すなわち秋泉橋しゅうせんきょうは崩れておりましたが、あそこは早くに王命により修繕の準備を進めていたはず。だが、欧陽が巧妙に工事費の上前をはね、さまざまな迂回路を用いて蓄財しておりました。長男の敬が控えていた覚書の写しを明楽が密かに作り、いつかの時のために乳母を通じて質舗に預けていたのです」


「私にこれを早急に調べよと? これを疑獄として扱えと?」

 桂舜は小さく息をついた。

「それは主上のお心のままに」

「私を試すつもりか? 桂舜。これを使って朝臣と駆け引きをせよと?」

「滅相もない、畏れ多いことを仰せになります。児臣わたくし、これをいかように扱われようと……たとえこれを主上がなかったことになさいましても、そして私をいかように処断なさっても、決して恨みはいたしませぬ。ただし、明楽がこれをどのような気持ちで写したか……」


 親子の間に沈黙が落ちる。やがて、主上は半ば独り言のごとく呟いた。

は、幸せそうであったか?」

 父の問いに桂舜は顔を伏せ、しばらく答えなかった。

「……私は主上に、嘘は申したくはありません」

 そう小声で言いながらも、彼は心のうちに潮のようなものが満ちていくのを感じた。


――ああ、父上。やはり愛娘には変わりがないのだ。


「そうか」

 父は息子が眼前にいることも忘れ、遠いところで心を遊ばせているかのようだったが、やがて咳払いを一つすると桂舜に退出を命じた。

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