歌舞伎町、音羽屋は花道通りの風に揺れて

立花巫子が突然姿を消した。




入学式の日に弓矢で私の右肩を打ち抜きソルトの肩甲骨を打ち砕いた、あの一件で検察側は少年鑑別所行きが相当と求刑。

けれど裁判のなかで被害者であるこちら側の行状にも問題があった

とする事実も示され、情状酌量の余地もあるとの判断で自宅謹慎での保護観察処分が決まった。


その直後のことだった、彼女の姿が消えたのは。



当然その嫌疑は私に向けられた。叩けば際限なく誇りの出る京都の北白川家。その唯一の跡取り娘北白川雅。

もちろん、我々にはもう立花巫子への怨恨は欠片もない。

姉の立花理子は未だに入院中、こちらが末端を抑えきれなかった負い目もあった。ヤクザの世界じゃないけどこれで手打ちが相当。

当初は殺気だっていた京都極上会の子飼の半ぐれも親爺さんが抑え込んで燻っていた火は消えた。


ただ警察にすればそんなもんは知ったことではないらしい。

黒と見ればそれが限りなくホワイトに近いグレーでも追い込んでくる。

夜も昼も関係なく、学園の前にはいつもパトカーが張り付き監視の目が強化された。


実家の京極上会にも再三に渡るがさ入れが繰りかえされているという。




「このままでは立ち行かない」


そんな父の嘆き節が毎朝のようにライン上に踊っている。


ただこの一件については見当はついていた。

おそらく後ろ楯は古くから歌舞伎町界隈を根城にする関東侠生会。


極上会が東進してこの界隈を足場に関東制圧を狙っているのは誰もが知るところ。




何らかの形で巫子に接触。合意の上か拉致か強奪かそれはわからない


けれど、こちら側を貶めるという点では彼らの力に寄り添うのは巫子にも理はあると推測するのが自然。


警察の捜査に任せればそのうち誰が白で黒かははっきりさせてくれるだろうけど


なにせ私達には時間がない。




これ以上追い込みがかかれば極上会も私達執行部も三月と持たないのは目に見えている。

そこで私達が取りうるたったひとつの選択、それは少々粗っぽいかもしれないけど

いわゆる極道がいうところの炙り出し。


誘き寄せて事を起こし後は桜田門の連中に任せる。

リスクはあるけどこれが一番、手っ取り早い。












指笛の甲高い耳障りな音色が辺りに響く。

嬌声を上げ手を打ちならし、この街を根城にするいかにもな連中が周りに屯する。



「どこ触ってんだよっ、このじじい!・・」


「ジュラ、ほたえなや」


「けど、みやびさん・・」


何もできるわけがない。

もうすでにこの状況はカメラが察知して、お上の知るところのはず。

こいつらができうる事と言えば、こうやって卑猥な言葉を並べたり、

身体を舐め回すように見るか、せいぜいお尻を撫でていくことぐらい。


「ほっといたらええんや。それ以上でけへんのはこいつらが一番良う知ってる」


ここは深夜の歌舞伎町、

数にしては二十人ほど、徒党を組んで周りに眼をつけながら道のまん真ん中を歩いていたらどうなるかぐらいはそんなことは猿にでもわかる。

それもその集団がセーラー服姿の出で立ちのヤンキー娘達なら尚更だ。


花道通りを歌舞伎町一番街から西へ、区役所通りまで来たらまた一番街まで戻る。それをだらだらと花見行列のように繰り返す。


海外からの観光客も増え世界にもエンターテイナーの街として知名度をあげている歌舞伎町界隈。至るところに監視カメラも設置され昔ほど身の危険は感じられない。


ただ、午前0時を回って花道通りを中心部まで進むとさすがに様相は変わってくる。





通りを往復すること一往復目。

酔っぱらい二、三組に絡まれるぐらい。ホストや風俗店の呼び込みは薄笑いを浮かべながら遠巻きから静観するだけだ。

まだ春も浅いというのに吹く風がやけに生暖かい。


二往復目。

路地の間からいかにも怪しげな目線を無数に感じる。

SNSで拡散されたのかそれとも誰かからの召集がかかったのか。

とにかく、ネオンの光の届かない暗闇の中にモゾモゾと人が蠢き出したのは確かなようだ。


三往復目。

一人の黒人が行く道に大の字に立ちふさがる。




「What`re you doing here、ha? This place is・・・・」


身の丈は二メートル超はあろうかという大男。まるで迷子の幼稚園児を覗き込むようにその鼻面を擦り付けんばかりに私に向ける。どぶの底のような臭いに思わず顔を背ける。

ボブサップとボビーオロゴン、未だにどちらが誰だかさっぱり判別はつかないが目の前にいる男はそのどちらかに似ている。



「何て言うてるか解るかこいつ?ジュラ」


「ここが何処だか分かってるのか。お前達みたいなbabyの来るとこじゃない。


・・・・それとも・・朝まで俺たちと・・・遊んでくれると言うのか」


「ふふっ」


私の傍らにいつもいるこのジュラはいわゆる帰国子女。

親爺さんの仕事の関係で小さい頃から日本と海外を行ったり来たりの生活を強いられた過去を持つ。

大手商社を取り仕切る重役の娘という恵まれた環境で育った彼女だけど

家庭の温もりだとか家族の団欒というものを知らずに育つ。

みやびさんは私と同じ匂いがする、それがセイラの口癖。

私にとって唯一心が許せる相手でもある。


「ソフトに訳さんでもええで、ジュラ」


こっちはこう見えても極道セレブの端くれ。

幼いころは春夏秋冬、季節の変わり目にはハワイの別荘でバケーションを取ることが多かった。

そんな異国の地でも父の周りに集まってくるのは見るからに世間の正道からは外れていそうな人間ばかり。

周りには口汚く罵るスラング英語が溢れていた。

小綺麗で洒落たクイーンズイングリッシュなんかは分からない。

けど泥臭いブラックイングリッシュなら聞きなれた耳が脳内で勝手に再生してくれる。


「それとも俺の◌◌◌を一晩中◌◻◯◻◯くれるとでも言うのか、

直訳すればそんなところやろ」


セイラの頬がぽっと紅を差したようにピンク色に染まる。

元お嬢のセレブヤンキーがここにも居る。



「Big John、ha?If you don´t want to cut it ,Gangaway」

(ちょん切られたくなかったら、さっさと消えな)


「Do it if you can」

(やれるもんならやってみな)


この手の輩のおきまりの返しに思わず表情が緩む。

やれるもんを躊躇なくやって来た世界に育った私にそんな言葉はなんの意味も持たないのに。


「しゃあない、これも何かの縁や」


「みやびさん・・・」


呆れるほど長い地面に擦れるほどのスカート。それは何もカッコだけのものじゃない。それはくるぶしまで伸びている長どすを隠すため。

代々北白川家に伝わる白ざやの名刀菊一文字則宗。本来は京都の博物館の蔵の中に眠っていてもおかしくないほどの国宝級の名刀。


(使ってなんぼのもんやろ、そないなもんは)


そんな親爺さんの言葉を真に受けて持ち歩いてる私もどうかと思うけど、


とりあえずその切れ味はそれこそ極上。




「みやびさん」


ジュラのごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。




スカートの裾と地面の間の僅かな隙間に銀色の鈍い光がぎらりと艶かしい光を放つ。


けれど、その刃先のきらめきがスカートの間から覗いたのはほんの一瞬だけだった。




「Shits!What a hell!」


男の苦悶に満ちた叫び声が通りに響く。


「このままその足、地面に張り付けたろか、ウン?」


通りを行く誰にも気づかれることも無く、スカートを隠れ蓑にその切っ先が黒人の足の甲をホーキンスのブーツの上から音も無く貫いていた。


「Guuuu--」


今度は雅がその男の鼻面に顔を寄せる。

その苦悶の表情を楽しむかのように薄笑いを浮かべながら。


「兄さん、花の色は綺麗ほど毒々しいもんや。そんなことも分からんと無闇に触ったら、辺りを真っ赤な血の色に染めるだけや」


身動きひとつできず、しゃがみ込んだ男の頭を抑えて雅が則宗をそっと抜きスカートの中に納める。

みるみる内に男の廻りにはまるで薔薇の花びらのように真っ赤な血溜まりが拡がっていく。






「ほうら、連中のお出ましや」


「ということは、こいつ侠生会?」


「用心棒かなんかやろ。息のかかってるのは確かや」






横の路地から二人三人四人と通行人を装ったチンピラが顔を出す。監視カメラの死角を伺いながらこちらの距離をじわじわと詰めにかかる


これから起こる何かを察知してか通りを行く人影がぱたりと途絶える。


眩いネオンの間から顔を覗かせる十六夜の月が春霞に曇って見えた。




風が止む。


辺りに立ち込める盛り場特有の酒とタバコの匂いが澱む空気を尚更妖しく変えていく。


前に5,6人、後ろに7,8人、両サイドに3人づつ。


取り囲んで力づくで抑え込む、そんな図式が見え隠れする。




「なめられたもんやな、うちらも」




そんな私の囁きにも誰も反応しない。誰かの合図を待っているのだろう、


通りの群衆を装いながらこちらの出方を伺う、薄笑いを浮かべた喰えない顔がここそこに並ぶ。



「そっちがその気やったらこっちが行くまでや。いくでジュラ、ヒットアンドウエイや」




「承知」




「ジュラさん、これ」




後ろ手にピンクのヌンチャクをタイミング良く手渡したのはコジー。


この春に入学して一ヶ月も経たないうちに雅の取り巻きに加えられた。


笑うと無邪気な笑窪が幼さをいっそう引き立てどう見てもJKには見えないが、


スイッチが入ると何をしでかすかわからない人間凶器とも言える一面を持つ。


特に同級のソルトには異様とも言える敵愾心を見せ「いつかは私が殺る」が彼女の口癖。


得意技はオールラウンドで、カミソリ、チェーン、ヌンチャク、金属バット、その華奢な体からは想像できないほどの早業を繰り出す。




「手加減しいや、コジー」




「承知~~♪」


すっとぼけて雅に反応する彼女だが、その目の色はもう次第に赤みを帯び狂気の一面を覗かせる。そんなこちらの気配を察知してか取り巻く相手の陣形が変わる。


ナイフか短刀かそれぞれの手には光るものが見える。




来る、そう感じて身構えたときだった





「待ちや!」


甲高い割にはハスキーな良く通る声があたりに響く。


今にもはち切れそうだったその空間に一瞬の待ったがかかる。




「みやび姉さん、侠生会が巫子を担いでる思てんねんやったら、それはえらいお門違いやわ」




「音羽屋・・・」




「アントン彩羅!?」




アントン彩羅。本名音羽彩羅、喧嘩の立ち回りの華やかさから畏怖を込めて音羽屋とも呼ばれる。侠生会会長の孫娘にして埼玉のトンボリ高校の裏番。






「何の話や、音羽屋」




「あらあら姐さん、これだけ騒がしといて、とぼけられてもなぁ」


彩羅が足元のまだうづくまったままの黒人に冷ややかな微笑みを浮かべながら目を落とす。




「うちの客人にしでかしたこのおとし前はまぁのちのちに頂くとして、


巫子の件は全くの濡れ衣や、姐さん」




遠くでサイレンが聞えた。距離にして500メートル、もうここまで二分と掛からない。




「ほたえなや!」




後ずさりする男衆の背中を彩羅の声が一喝する。




「うちらはなーんも疚しいことはない。都合の悪いのはこの前にずらりとお並びのおあ姉さんたちや」




「音羽屋」




「はいはい、みやび姐さん」




「このまま行ったら共倒れや。それでもええねんな、あんたらは?」




「さぁ・・、元々ともに生きてるなんてこれっぽち思たことないから、今更、そないな事言われてもなぁ」




「全面戦争や・・」




「・・・・」




「ええな、彩羅。帰ったら親父さんに伝えるんや。これは私等の戦いや。極上会も娘のいざこざには一切手を出さへん。そやからそちらも仁義は通し、わかったな、彩羅」




「・・・・・」




「ええな彩羅?」




「ソルトはどっちにつくんや・・・あんたらの敵か・・それとも・・・・」







「みやびさん!警察が!」




見張り役の一人が叫ぶ。


サイレンの音と共に真っ赤な赤色等の帯がビルの谷間に乱反射する。


通りの向こうに目をやると、五台六台、連なって近づいてくるパトカーの行列が見えた。




顔を戻すともう彩羅とその取り巻きの姿はなかった。


風の音さえ連れて行く、その立ち回りの速さはまさに音羽屋と言われる所以。




「これで第四発動や。警戒レベルも5にまで引き上げや」


走り始めた雅にジュラ以下が続きながら大きく頷く。




「これからは地獄の釜の蓋、一つや二つ空けるだけですまんでジュラ」




「元より承知」




小走りで駆け抜ける深夜の風が心地よかった。


北白川雅の微かな息遣いを耳元で聞きながらジュラは思った。


この人となら私は何処までも行けると。




「ソルトを殺るのは私だかんね、ジュラさん」




後ろ振り返るとコジーがそう言って無邪気に笑っていた。




(ソルトはどちらにつくのか)




みやびの脳内には彩羅が自分の心に呟くように言ったその言葉が繰り返し再生されていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソルトアライブ新章 マナ @sakuran48

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ