わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【しっくす】


 後ろから「あの…」と鈴のなるような声が聞こえてきた。なんだろうと振り返ると一人の女の子がそこに立っていた。


 その人は今どき珍しい着物姿であった。

 髪はスッキリ後ろで簪でまとめ、着物は上品な小紋柄。若いのに控えめな柄を着るんだな…と思ったのは一瞬で、私はその人を見て息を呑んでしまった。


「あの、教えていただきたいのですが、伊達志信さんのクラスはここで宜しゅうございますか?」

「あ、はい。でも入場制限かかってて…あそこで整理券配ってます」

「まぁご丁寧にありがとうございます」


 私は思わず片言な喋り方をしてしまったのだが、それを気にすることもなく彼女は楚々とした仕草で頭を下げると入場整理券を貰いに行っていた。

 …わぁ和風美人。

 彼女の姿に私は謎にときめいた。

 はじめて会った気がしなかった。誰だろう。とても美しい。

 ……なんでこんなに心惹かれるのか…


 しかし今、和服美女は伊達志信といったか? ……生徒副会長の知り合い…?

 くらり、とめまいのように記憶が流れてきた。それは、テレビ画面に映る絵……彼女の泣き顔を私は知っている……


 ズキン、とひどい頭痛が襲ってきて私はギュッと目を閉じた。傍から見ればケルベロスが頭を抑えて固まっているだけに見えるだろう。

 ──最近ずっとこうだ。

 そう、本橋さんが転入したときからずっと、この違和感が拭えない。本橋さんが原因なのだろうか。


 私は和服美女が列に並んでいる姿を遠目に眺めていた。そこにいるだけで圧倒的存在感を放つ彼女を魂の記憶が覚えているはずなのに、何かが邪魔をして思い出せずにいる。



■□■



 昨日不良たちにボコボコにされた和真も一晩寝込んで熱が下がったので、今日は大人しく一日中クラスの出し物の店番をしていたみたいだ。


 私がケルベロス姿で来店したら、「恥ずかしいからあっちに行って」とチョコバナナクレープを渡されて追い払われた。

 心配して様子を見に来たお姉ちゃんに対する態度とは思えない。チョコバナナクレープは美味しく頂いたけども。



 こうして2日間に渡る文化祭は幕を下ろした。何事もなく…とは言えないが、なんとか終わった。ここ最近なにかと忙しかったのであっという間に感じた。

 文化祭片付けのその後は在校生の集う後夜祭がグラウンドにて開催された。


 ……なのだが、本橋さんの姿が見えない。どこぞの男子生徒が皆の前で決死の告白をしているのに、肝心の本橋さんの不在で流されてしまった。

 彼女の安否が心配になったので、私はケルベロス姿のまま本橋さんを探しに行った。



 告白大会の声がだんだん遠ざかっていく。

 人気の少ない北校舎近くの中庭まで来てみたが、本橋さんがどの辺りにいるのか分からないし、こちらは明かりもなく真っ暗なので私は足元に注意して歩いていた。


 そうしてしばらく歩いていると、何処からかボソボソと人の話し声が聞こえてきたので私は足を止めて耳を澄ましてみた。


「間先輩、今どこかで呼ばれた気がするんですけど…」

「花恋、今は俺を見ろ…」


 目を凝らすと校舎脇の体育館倉庫前で壁ドンしている生徒会長と驚いた様子の本橋さんがいた。顔を近づけ、キス一歩手前の状態である。


 おいおい何してるんだよ……壁ドンってなんとも思ってない相手にされたら恐怖でしかないと思うんだけど、本橋さん大丈夫かな。

 私が引いているのにも気づいていない彼らは今にもぶっちゅうとキスをしてしまいそうな雰囲気である。

 本橋さんが嫌がっているようなら割って入る気でいたが、別に嫌がっていないような…?


 ──タタタッ

 そこに、軽やかな足音が聞こえてきた。


「わんっ」


 人懐っこく吠えたその存在はしっぽを振りながら彼らの側に近寄っていた。

 迷い犬だろうか、野良犬だろうか。もしかしたら食べ物をもらえるかもと思って彼らに近づいたのか…


「うわっ!? 何だよきたねぇなぁ! こっちに寄るな!」

 ドカッ

「ギャン!!」


 私は目の前の光景に衝撃を受けた。

 その子は敵意などなくただ近寄ってきただけ。それなのに。

 犬が嫌いとかそういう理由もあるだろうが、別に噛みつこうとしたわけでもないのに、生徒会長は容赦なく犬を蹴りつけた。

 可哀想な犬は吹っ飛び、地面に叩きつけられる。


 カッと目の前が真っ赤になった。

 犬の敵は私の敵。犬の敵は絶許!!


「こんの…バカタレぇぇー!!」


 私は助走をつけて駆け寄ると、生徒会長の尻目掛けてタイキックをかました。

 ドスッといい感じに蹴りが入る。

 その威力に立っていられなくなった生徒会長は、ずしゃあ…と土に膝をついていた。


「んなっ…ぎゃあああああ!!」

「クソがァァ!! てめぇ今何したぁ!? この子が何をした!」


 奴は私の姿を目にして悲鳴を上げていた。ははは怖いか! 恐怖のケルベロス様がお相手してやんよ!

 噛みつこうとしたとか、敵意を剥き出しにしたとかで身を守るために蹴るのはまだわかる。世の中には犬嫌いの人だっているからね!

 ──だけど今はそうじゃなかった!!


「お前が犬を蹴るなら、私はお前を蹴る!!」

「て、てめっこの犬女…!」

「オラ立てよぉ! 犬の仇じゃあ!」


 蹴り飛ばされた犬は本橋さんが介抱してくれてる。可哀想にキュヒキュヒ鳴いて震えているじゃないか。弱って痩せている。空腹だっただけ。なにか食べ物を求めてやって来ただけだ。

 無責任な人間が放った結果なのに。なんで人間はこんなに身勝手で暴力的なのか。

 私は犬のためならいくらだって血を被ってやる所存だった。あっちがその気なら、会長をボコボコの血祭りにあげるつもりだったのだが、ぐっと握りしめたその手を背後から掴まれて阻止されてしまった。


「やめろ田端!」


 それは橘先輩であった。先輩は私を羽交い締めにして止めたのである。


「私は絶対に会長を許さない! 訴訟も辞さない!」


 私は意味もなく暴力を奮ったんじゃない! 犬にしたことと同じことをやり返してやっただけだ! 人間じゃなければ虐げてもいいと思っているのか! 何しても許されるとでも思っているのか!


「あいつには俺から言っておくから、落ち着け。暴力は良くないぞ。憎しみしか産まない」

「あの暴力会長にも同じこと言ってください!」


 橘先輩はあいつを庇うというのか! 失望したぞ!

 私は烈火のごとく怒り狂った。怒りに任せて自分の思いの丈を吐き出すと、橘先輩はうんうんと頷いていた。本当にわかってる!? 困った人間をなだめるために頷いてるだけじゃないの!?

 話にならん! 私は橘先輩の拘束を暴れて解くと、本橋さんが介抱していたわんちゃんに近づいて羽織っていたカーディガンで身体を優しく包んであげた。


「もしもし母さん? わんちゃん保護したから学校まで迎えに来てくれる?」


 スマホを取り出して母さんにお迎えを頼むと、私はそのまま後夜祭が終わる前に帰宅していったのであった。



 野良犬らしきその子は家に連れて帰って保護した。警察にも届けたが結局、飼い主は見つからず。捨て犬だと認定されたのだ。

 子犬も抱えての保護なので少しばかり大変だったが、私はその子の心と体のケアに力を入れた。あんなひどい目に遭ったのに、人間に心をひらいてくれる、やんちゃな子犬たちの面倒を見てくれる優しい子である。

 彼女と出会えたのはきっと運命なのだ。私が責任を持って彼女を幸せへといざなってみせる…!

 

 しかし、思い出すだけで腹が立つ!

 本橋さんにはあいつ(会長)はやめておいたほうがいいよってメッセージ送って警告していた。

 ああいう人はガラッと人格変わる恐れがある。弱いものには強く出る可能性もあるから避けておいたほうがいい。って意味で。


 陽子さんにもこの事を報告したら、めちゃくちゃヤツのことを怒っていた。彼女は生徒会長との婚約破棄を目論んでいるらしいので、なんとか頑張ってほしい。

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