わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【せぶん】
文化祭が終わっていつもの日常が戻ってきた。それなのに、平穏を奪うかのように嵐は突然向こう側からやって来た。
「大変です、田端先輩!」
それは1年男子によってもたらされた情報だった。知らない男子生徒が私の教室にやってきたと思えば、血相変えたその彼は息を整える間もなく、こう言ったのだ。
「和真と本橋先輩がアイツらに連れさらわれた!」
「…え?」
和真と、本橋さん? はて、アイツらとは。
「正門前で、和真と本橋先輩が犬のことで話をしていたんだ。外に野良犬がいて、それで」
「……連れさらわれたのはわかったけど、誰に、どこに?」
「2年のタカギだよ! 以前まで和真が絡んでた不良の…!」
タカギ…どこのどいつかわからないが、文化祭の時私が特攻仕掛けた際に逃げたあのリーダー格のことであろうか…。
彼いわく、突然正門前に車が止まったと思えば2人が拉致されたのを目撃したという。どこに向かったかはわからないとか……
私は黙ってポケットからスマホを取り出すとGPSを起動させた。和真の現在位置を確認するためである。
私は居ても立ってもいられず足を動かした。向かう先は保健室である。後ろで和真のクラスメイトがオロオロしているのを無視して、ガラリッと保健室の扉を開く。
「眞田先生! 自転車を貸してください!」
自転車通勤の眞田先生に自転車をお借りするためにである。
鍵をお借りして自転車置き場でガチャガチャしていると、「田端先輩ひとりで向かう気ですか!?」とクラスメイト君が騒いでたが、のんきにしている間に2人に危害が加えられる可能性だってあるんだ。ちんたらしている暇はない。
「君は先生と警察に通報! じゃ、ちょっくら救出活動に行ってくるね!」
私は自転車にまたがると、ペダルを力強く踏み込んだ。
「田端! 待て、お前どこに」
ヌッと橘先輩が目の前に現れたので避けると、ギャッとタイヤが悲鳴を上げた。走ってる自転車の前に飛び込んでこないでほしい。危うく轢く所だったじゃないか。
「弟と友達がさらわれたので救出に行ってきます!」
「それは知っているが、お前1人で行くのは無茶だ!」
無茶? やってみなきゃ何事もどう転ぶかわからないでしょうが…!
私は自転車を急発進して橘先輩の横を通り抜けた。後ろで「待てー!」と呼び止める声が聞こえたが聞こえないふりをした。
待てと言われて待つバカがどこにいると言うのだ!
私が超速急で立ちこぎしていると、後ろからチャカチャカと地面を蹴る音が聞こえてきた。ちらっと後ろを見ると、首輪をしていない薄汚れた犬が自転車に乗る私と並走していた。
もしかしたら、正門前で和真と本橋さんが相手していた野良犬かな?
「君も行く? 乗って!」
通学用リュックサックに詰めていた運動着を自転車のカゴ底に詰めると、わんちゃんを抱っこして載せる。「行くぜ!」とわんちゃんに呼びかけると、わんちゃんは「わぉん!」と返事をし返してくれた。
途中で停まってGPSで居場所を確認して、車道を走っての繰り返しをして……最後に辿り着いたのは高校から少し離れた先にある旧歓楽街と言われる寂れた街であった。
フンフンフンと地面の匂いをかぐわんちゃん。私は自転車を隅っこに止めて、わんちゃんの誘導に従う。きっと彼は和真と本橋さんの匂いを辿っているのだ。
なんて賢いわんちゃんなのだろうか。
「わんっ!」
「…ここ?」
彼が特定したのは、昭和の匂いが漂う古びたゲームセンターである。営業しているのか定かではない、入ってもいいのかためらってしまいそうな佇まいである。
「すぅー…」
私は息を吸い込み、開閉式の扉を押した。
「たのもーっ!!」
近隣に聞こえるくらいの大声で叫ぶと、中にいた如何にも不良って感じの男たちが目を丸くして固まっていた。
「うちの弟と友達、返してもらおうか…!」
私は歯を食いしばって奴らを睨みつけた。
そしてダンッと地面を蹴りつけると、野良犬君とともに強行突破を図った。
「おいっ」
「なんだこの女!」
どこだ、どこにいるんだ。和真、本橋さん!
「和真ーッ! 本橋さーん! どこだーっ!」
迫りくる男たちの腕を避けながら、店の奥に進んでいく。するとトイレの入口、そして事務所っぽいところに辿り着いた。
そこまで大きなゲームセンターじゃない。虱潰しに開けていけば、彼らは見つかるはず。そう思って、事務所の扉をぶち壊す勢いで蹴り飛ばした。
バキャッと扉に穴が開いたのは見なかったことにする。きっと老朽化。
突然扉がぶち破られたことに驚いた中の人間たちは全員目を丸くして固まっていた。
ドアを開けて中の状況を把握した私も同時に目を見開いて固まっていた。
中には不良が3人ほどいた。壁際にはボコボコにされてぐったりした和真が床に転がっている。
そして、古びたソファの上で制服のシャツを引きちぎられて乱暴されかかった本橋さんの姿があったのだ。薄ピンクのブラジャーのついた彼女の白い胸が丸見えである。
ホロリ、と彼女の白い頬を雫が伝い落ちたのを見てしまった私は──プチッと頭のどこかで何かが切れた。
「突撃ィィィー!!」
「ワォォォオン!」
私の咆哮に野良犬君は反応した。
彼の遠吠えと私の決死の形相にビビっていた不良共は一撃二撃と私の蹴りをモロに食らっていた。不良のひとりはいい具合にみぞおちへ入った蹴りに悶絶している。
だが、残りの不良たちはすぐさま防御に転じ、ひとりが私を羽交い締めにしようと動きはじめた。
「このっクソあまぁぁ!」
伸びてきた腕。不良の咆哮。そんな物に怯えてなどやらぬ!
私はその腕に思いっきり噛み付いてやった。
「ぎゃああああああ!!」
「ワンッ! ワォォォオン!」
リーダー格の悲鳴に共鳴するかのように野良犬君が遠吠えをする。私は奴の腕に更に歯を喰いこませた。肉を引き千切ってやる勢いでだ。
情けは無用!
お前は私を怒らせた!! よって、許さん! 私は果敢に戦った。不良共を殲滅する勢いで。野良犬君は力強く吠えて、私を応援してくれていた。
「ウォオーン!」
「キャンキャンキャン!」
「ガウッグルルルー!」
すると、私達の危機を察知して近隣のわんちゃんたちが駆けつけてくれたのか、ゲーセンの前でわんちゃんの大合唱が起きる。お散歩中の飼い主さんが「どうしたの!?」「コラやめなさい!」と愛犬に声を掛けてる声がここまで聞こえてきた。
「離せ!」
「グッ…!」
ガッと力いっぱい殴られた私は地面に叩きつけられた。しかしそこで怯む私ではない!
すぐさま立ち上がると、私はリーダー格の男に飛びついた。文字通り、取っくみ合いである。男の上に乗り上がってマウントを取ると、私を殴ったその拳を引き寄せて、再度噛み付いた!
「イッテェェエ! おい、何だこの女、気が狂ってんじゃないのか!」
不良は悲痛な声を上げているが、この拳で私の弟を殴り、私の友達に乱暴を働こうとしたのだろう! こんな手、なくなってしまえばよいのだ!
ぎりぎりと音を立てて噛みしめると、不良の瞳に涙が滲んでいた。
「この犬引き剥がしてくれぇぇえ!」
「ゥグルルル…」
私の妨害をしようとしたのだろう不良を、野良犬君が飛びついて阻止してくれたようだ。わんちゃんにマウント取られた不良はヒィヒィ騒いでいる。
分が悪いのはこちらだが、勢いがあるのもこちらである。このまま力でゴリ押しして私が勝つつもりでいた。
「何だこりゃ!」
「ギャワギャワ!」
「ァオーン!」
ゲームセンター内での異変を感じ取った一人の通行人が中の惨状を見て間抜けな声を漏らしている。開かれた扉からわんちゃん達がなだれ込み、他の不良共のズボンに噛み付いたり、飛びついたりして私の援護をしてくれた。
「なんだよこの犬の群れは!」
「うちのコに何すんのよーっ!」
「グエッ」
私の援護をしてくれているわんちゃん達を不良が蹴り飛ばそうとするもんだから、飼い主さんが逆ギレして不良を蹴り飛ばすという事態も起きていた。
カオスである。現場は大混乱である。
「お前は犬か! いい加減に離せっ」
ブォンと大きく腕を振られて、私はその勢いで引き剥がされた。床に倒れ込んだ私はすぐに起き上がり、不良を睨みつけた。
私の口の中に血の味が広がる。殴られて口の中を切ったのと、不良の手や腕に噛み付いて出血させたのでどちらかの味だろう。
「私の弟と友達に危害を加えたお前が悪い…」
ニヤリ…と笑うと、相手はドン引きした顔をしていた。戦意喪失と言ってもいい。奴は私を恐れている目で見下ろしていたのだ。
通行人が通報してくれたらしく、警察が到着すると、「狂犬女に手を噛まれた」と奴は私をキチガイ扱いして、自分は被害者だと訴えていた。
しかし、それ以上に和真はボコボコにされてるし、本橋さんへの暴行未遂の件もあった。私も無傷じゃないのでどっちもどっちといった感じで終わった。
警察とか駆けつけた眞田先生、両親にはしっかり絞られたけどね。
翌日、名誉の傷跡に湿布を貼り付けて登校してきた私は、正門前で待ち伏せしていた橘先輩に元気よく模範的な挨拶を差し上げた。
「橘先輩、おはようございます! いい朝ですね!」
「田端…話は聞いたぞ。弟と本橋を救おうと単身乗り込んだと」
「いいえ、勇敢なわんちゃんも一緒でした!」
「話の腰を折るな」
真面目に答えたのに、おちょくられてると思ったのか、橘先輩に叱られた。
「お前は狂犬か。…怪我してるじゃないか」
「すいません! あまりにもひどい状況だったので。警察を待ってる間に、2人は更にひどい目に遭っていたかもしれませんもん!」
私が反論すると、橘先輩は怖い顔をした。
「ここは、弟想いの私に免じて見逃してください!」
もうひと押しすると、彼は深いため息を吐き出していた。
「…わかってるとは思うが、犬をけしかけるな。あんまりやると殺処分になるぞ…いくら人間が悪かったとしても、人間を害してしまった犬の立場は弱い」
「わかってます。もしも責任追及を受けた場合は責任持って私が代わりに処分されます!」
私は胸をドンと強く叩いて宣言した。私はそれだけの覚悟である。
それに野良犬君が参戦してくれなくては、私は負けていたはず。今回の件で彼は人間に怪我をさせてない。大目に見てほしい。むしろ私の方が相手に噛み付いて血みどろにさせたからね……その件は過剰防衛だと叱られたよ。
私は力強く意思表示したのだが、橘先輩は疲れた表情で、仕方のない奴を見るような瞳を向けてきた。
「なぜそうなる」
「犬は私の命。犬の幸せが私の幸せなんです!」
そのためなら自分の命すら惜しくない。その覚悟で活動をやってるのだ。
何を言っても無駄だと思われたのか、橘先輩は踵を返して、「遅刻するから行くぞ」と私を促してきた。
「それで、その勇敢な犬はどうした?」
先輩の問いかけに私はにっこり笑った。
「緊急保護しました。今はお家で仲間たちとゆっくり過ごしているはずです。後夜祭のときの子が幸ちゃんで、新たに迎えたのは陸くんって名前なんですよ」
とてもいい子たちですよ。今晩動画上げるので観てくださいね。と宣伝すると、先輩は苦笑いを浮かべて、わしゃりと私の頭を撫でてきたのである。
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