わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【ふぁいぶ】
「コロは素顔のままで良かったんじゃないか? マスクいらないだろ」
「あやめさんなんて可愛らしいの! あぁマロンちゃんを連れて来られたら良かったのに!」
引き合わせてはいけない2人を会わせてしまった気がする。私の仮装を褒め称え、先程から両者のスマホが火を吹く勢いでカシャカシャし続けている。マスクをしているはずなのにフラッシュが眩しい。
私の高校で文化祭が行われる、という情報をどこかで仕入れてきた陽子さんは私のクラスに遊びに来てくれた。そこでバッティングしたのが保健室の眞田先生である。
両者から可愛いと褒められたが、私のクラスの出し物はお化け屋敷であり、私は三つ頭のケルベロスに仮装している。犬耳を付けたのではなく、リアルな犬マスクを付け、首の周りに二頭の犬の作り物をくっつけている。
どこからどう見ても恐怖のケルベロス(柴犬ベース)なのに、可愛いって……眞田先生に至ってはとても失礼な発言をしている。
誰が素顔が柴犬か。
顔はでてないから写真とってもいいけどさ。誰かわかんないでしょ。その後、2人とツーショット…いや、作り物の犬合わせて4ショット? を撮らされた。
2人は犬好きという共通点を見出し、何やら話が盛り上がってそのままお化け屋敷を後にしていた。……全然怖がってくれなかった。お化け屋敷なのに。ケルベロス、力作なのに。
悔しかったので気合いを入れて、次にやって来た客を脅かした。
「がおぉぉお!!」
「ぎぇえええっ!」
そしたら、ものすごい雄叫びを上げて驚かれた。その悲鳴に私まで驚く。
「大丈夫ですか、克也」
驚きすぎて尻餅をついたその人物を連れのひとりが手を貸そうとしている。おや。今日までの生徒会長と副会長じゃないか。
「君、驚かしすぎですよ」
「いや、ここお化け屋敷なんで…」
副会長に注意された。
まさかのクレームである。怖いもの苦手ならお化け屋敷に入ってこないで欲しい。私はマスクの中でムッとした。
うちの学校の生徒会は顔で選んだのかってくらい顔がいい人が揃っている。だが人望とか人気で選ばれたわけじゃなく、前任者の推薦で選ばれた人たちである。
「間先輩! 大丈夫ですか!?」
「か、花恋っ」
「あぁ花恋…とても可愛らしい格好ですね」
うちのクラスの出し物はお化け屋敷なので、クラスメイト全員仮装している。本橋さんはブラッディナースで、とてもセクシーな格好をして男子たちの目を楽しませている。結構大胆だよね、本橋さん。
生徒副会長に褒められた本橋さんは笑顔でお礼を言っている。
まただ。本橋さんは特定の目立つ男子と絡んでいる。半年前に編入してそれから徐々に親しくなったにしては妙に距離が近い……
いや、違うな。
相手が本橋さんに好意を抱いているのか…? …確かに本橋さんは美人だ。校内一の美女と言っても過言ではない。そんな彼女に言い寄る男がいるのは当然のことである。
ただ…噂によると、この生徒会長、副会長ともにお金持ちの息子で各々婚約者がいるということなのだが…。そこのところはどうなのだろうか。流石に不誠実だよね。
「うちのクラスにもぜひ遊びに来てくださいね。花恋なら歓迎しますよ」
「伊達先輩のクラスは確かカジノでしたよね、後で遊びに行きますね!」
カジノって。
高校生がカジノとかしていいんですか?
「あの、次のお客さんが詰まってるので、前に進んでもらっていいですかー?」
誘導役の生徒に注意されると、彼らは少し顔をしかめていたが、本橋さんの前では取り繕って「じゃあまた後で」と別れを告げていた。
片隅で静かに突っ立っていた私を見た生徒会長がまた「ギャッ」とビビっていたが、今度は脅かしてないぞ、ただそこに存在して、息をしていただけだ。
■□■
文化祭で賑わう校内でチラシを配りながら私は自由時間を満喫していた。広告になるから仮装は解かずに移動しろとうちのクラスのメガネ委員長に厳命されたので、ケルベロス形態でその辺を移動していると、どこからともなくカメラのフラッシュを浴びる。
なにか勘違いしているのか、私に絡んで度胸試しをしようとする輩もいた。悪乗りした男子からヘッドロックをかまされそうになる。
…こっちが反撃しないとでも思っているのかもしれないが、私は華麗に避けてやる。
「こら、悪ふざけはやめろ」
私が戦闘態勢に入ると、そこに割って入る姿が。ひらりと優雅に広がる濃い色のロングスカートとエプロンドレスが揺れる。
「見てわからないか、仮装しているのは女子だぞ。男なのに女に手をあげようとするなんて恥ずかしくないのか」
誰かと思えば橘先輩じゃないですか。……メイド服で女装しているが。
橘先輩の圧倒的女子力(笑)にKOされた男子生徒はこわばった顔で後ずさっていた。どこのクラスか知らんが、お前の顔覚えたからな。絶対許さん。
「橘先輩」
「田端、何も言うな、言うんじゃない」
ちょうど彼のクラスの前だったらしい。私が絡まれているのを見兼ねて接客を抜けて助けてくれたらしい。
ものすごく目立っている女装メイド。彼のクラス前に飾られている看板には逆転メイド喫茶の文字。あぁ、そういう…
「…可愛いですよ」
「心にもないことを言うな」
本人の心が男のままなので、全然女に見えないけど。オネェタレントみたいにノリノリになったら笑えるんだけど、今の彼の前で笑ったら怒られそうである。
もう行け、と促されたので、私はチラチラ振り返りながら移動した。橘先輩は妙に疲れているように見えた。女装で精神的に疲れているのか、文化祭の仕事で疲れているのか…どっちだ。
しかし、今日は在校生のみの文化祭だから安心していたが、悪乗りするやつもいるなぁ。明日は更に危険かもしれない。チラシ配りは客になりそうな人に当たったほうが良さそうだな。
パシャリ、とシャッター音が鳴り響く。私は振り返ると、スマホを掲げた生徒にチラシを押し付けた。見世物になるのはいいが、お化け屋敷に来い。
ジリジリと近づいて圧をかけていると、相手が「ヒェ…」とか細い悲鳴を漏らしていた。
■□■
お花を摘みたくてトイレにいくと、女子トイレは大渋滞を起こしていた。仕方がないので、少し離れた別校舎トイレに向かった。用を済ませたら文化祭で盛り上がっている場所に戻って、どっかのお店で軽くなにか食べよう、そう思っていた。
「──…」
だが、何処からか人の話し声が聞こえた私はその声に引き寄せられるように歩を進めた。
関係者以外立ち入り禁止区域の人気のない木々が茂った裏庭にちょっと柄の宜しくない男子生徒らがたむろっていた。
大方サボりなのだろう。
うわ、見つかると面倒くさそうだしさっさと立ち去ろ…
音を立てないようにそぉっと足を踏み出したのだが、ある名前を聞いて私は足を止めた。
「最近付き合い悪いじゃねーか、和真」
私は弟の名前を耳にしてまさかと思いつつ、男子達のやり取りをこそっと覗く。
……そこには案の定、弟・和真の姿があった。反抗的な態度は少しずつ収まってきてここ数日は夜遊びを控えるようになったのだが……
「…すいません。ちょっともう付き合えなくて」
「おいおい何言ってんだよ! お前がいたほうが女が寄ってくるんだよ。お前がいねーと困るの。そんな冷てぇ事言うなって」
「いやマジで無理なんで」
「…は?」
和真の拒否に相手の態度が一変。
ぐわっしと和真の胸ぐらを掴んだのはリーダー格の男だ。……あれが、橘先輩が言っていた悪いオトモダチか。
「ぅっ…」
苦しそうに呻く和真にその男が凄む。
和真にぬっと顔を近づけ、優しい声を出す。やっていることが暴力的なので余計に怖い。
私はいきなりの修羅場に体が固まってしまった。弟の危機なのに呆然と眺めてしまっていた。
「お前、ちょっと甘い顔してやったら生意気言いやがって。…調子のんなよ? 今なら許してやる。考え直せ」
「……」
和真は怯みそうな表情をしていたが、震える口ではっきり言った。
「…無理っす…」
その言葉にタカギの顔は無表情に変わり、空いた手で和真の鳩尾に拳を叩き込んだ。
ドッと殴打音が大きく響いた気がする。
「ぐっ…!」
衝撃に目を大きく見開き、和真はそのまま地面にどさりと伏した。
周りで見ているだけだった男たちがゆらゆらと和真のもとに近づくのを見て、私はようやく体のこわばりが解けた。その間にも和真は蹴りを喰らって袋叩きに遭っている。
──和真がリンチされている…!
目の前の光景に頭にカッと血がのぼった。私の弟に、何をするんだ…!
「くぉら、うちの弟に何しとんのかー!」
勢いよく怒鳴りつけると、窓枠を踏みしめ、そこから高々とジャンプしてみせる。
和真を袋叩きにしていた男たちは闖入者に唖然とした顔をしていたが、それが三つ頭のケルベロスだと気づくなり、震え上がった。
私がリーダー格の男にタックルを仕掛けようと突進すると、奴は悲鳴を上げる。
「バケモンだー!」
散り散りになって逃げていく小悪党ども。不良が聞いて呆れる。
悪ぶってるくせに小物だな。
私は鼻を鳴らすと、土に汚れた弟を助け出した。
「大丈夫!?」
「ねぇちゃ…」
「待っててね! 先生呼ぶから!」
私は中庭を突っ切って、反対側の校舎に向かうと、保健室の扉をドンドン叩いた。保健室に駐在していた眞田先生が怪訝な顔をして出てきたので、彼の腕を掴んで和真のいる場所に誘導する。
私が運べたらいいけど、今じゃ和真は私よりも大きい。流石に運ぼうとしたら共倒れしそうだったので、先生の力が必要なのだ。
「こりゃ酷いな、なにがあったんだ」
「弟が悪い友達との付き合いをやめると宣言したら不良達に袋叩きにされてました」
先生は何があったか聞きながらも適切に冷静に処置してくれた。怪我が怪我なので、見えない部分が折れている可能性がある。電話して母さんを呼ぶと和真を病院に連れて行ってもらった。
その日の夜、和真は怪我が原因の発熱を起こして辛そうだった。
それを見ながら私は思った。
あの不良、一発くらい殴っておけばよかったな、って。
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