攻略対象の風紀副委員長に拾われたけど、柴犬ってなにしたらいいの?【お正月特別編】
『みなさん、新年あけましておめでとうございます!!』
私はこたつを陣取って、特等席で新春番組を眺めていた。
テレビの中では振袖姿の女子アナとお笑い芸人が何やらガチャガチャしている。なんかお正月になってからずっと同じ番組の繰り返しな気がするんだけど……皆飽きないのかな…
私は退屈すぎてウトウトと夢の世界に旅立ちそうになっていた。
「あやめ、眠るなら小屋で寝るんだ」
ご主人がいけずな事を言ってくるが、知らんぷりしてやる。私は決してこのぬくぬくの世界から抜け出したりはしないぞ…!
ぷいっと顔を背けると、ご主人が腕を伸ばして私のはんぺんお耳をつまんできた。
私に構っていないでご主人は勉強するべきだ。大学受験控えているんだろう。
こたつのある場所がここしかないからと勉強道具を持ち込んで勉強していたご主人だが、集中力が途切れたらしく、気分転換で私にちょっかいを掛けてくる。
なによ、勉強勉強で私のことをほったらかしにして。こたつには媚びを売るのね。
私とこたつどっちが大事なのよ!
「ぎゃうう!」
「なんだ、ご機嫌斜めなのか」
私が可憐な前足でその手を振り払うと、ご主人が肩を竦めていた。
私は都合のいいメス犬じゃないのよ! こんな時ばかり優しくして! 許さないから!!
「あやめ、散歩に行くぞ」
散歩!
その単語に反応した私はシュバッとこたつから飛び出すと、きらきら瞳を輝かせた。
目の前にはリードを持ったパパ上の姿が。…なんだけどパパ上は少々お疲れ気味の顔をしていた。そんなパパ上を見たご主人が表情を曇らせる。
「無理しなくても…父さんは夜勤明けじゃないか」
そういえば朝方夜勤から帰ってきたんだよね。年末年始もお仕事とは気が抜けないね。お仕事お疲れさまです。
「目が冴えて眠れないから、散歩がてら少し運動してくる」
そう言ってパパ上が私にニットの洋服を着せてきた。橘家の人々は防寒対策でいつも何かしらの洋服を着せようとするんだ。背中にさくらんぼマークの付いた白地のニット。これはおばあちゃんが編んでくれたニットのセーターだ。器用だよね。
リードを取り付けられた私はパパ上と一緒に家を飛び出した。
ご近所は静かなものだった。お正月だから帰省してるか家でおとなしく過ごしているかのどちらかだろう。……人が住んでいるのかってくらい静かで少し不気味だ。
行きつけのスーパーや商店街は軒並み正月休み。コンビニは開いてるけど、多分お客さんは少ないだろう。
遠出したらショッピングモールが元旦も営業しているが、わざわざ人混みに行きたくない派である橘家の皆は各々家で過ごしていた。
しばらく私の散歩に黙って付き合ってくれていたパパ上だったが、彼がとある場所でピタリと足を止めたので、私も立ち止まった。
道路を挟んだ向こうに神社がある。けして大きい神社ではないが、そこには地元の人達が初詣に訪れており、人混みが出来ている。参道沿いには出店も構えていた。
あぁ、なんか甘い香りがする。ソースの匂いもするな。だけど人間の食べ物は味が濃くて私は食べられないの。残念。
「…あやめ、少し外で待てるか? すぐに戻ってくる」
そう言って神社外の車止めのポールにリードを括り付けると、パパ上は早足で神社の中に入っていった。
どうしたんだろう、初詣に行ったのかな。私は後ろ足で脇腹をカカカッと掻きながらパパ上を見送った。
時折、同じ散歩中のワンちゃんと挨拶を交わしながらひたすら待っていた。
パパ上遅いなぁ、トイレかな。
おすわり体勢疲れたけど、石畳は冷えて冷たいので伏せはできるだけしたくない。立ち上がってその辺りの匂いをふんふんと嗅いでいると、目の前に靴が現れた。ボロボロの使い古した薄汚れたスニーカーだ。
それはパパ上の靴ではない。私がそれを見上げると、野球帽を深くかぶり、マスクを付けた男がいた。感染病予防と言われたら致し方ないが、怪しい。
私はその男の異様な雰囲気にビクリと身体を震わせていた。
身を庇うために後退りしたが、車止めのポールに結ばれたリードがそれを阻害する。……何を思ったのか、男はリードに手をかけて、それを解いたではないか。
その手はこちらにぬっと伸びてきた。
首根っこを掴まれた私は鳴き声をあげられなかった。
周りには沢山の人がいる。だけど誰もこちらを見ていない。皆の目的は参拝だけで、柴犬な私には誰も関心を持たないのだ。
なんで首根っこを掴まれたのかとか、こいつは誰なんだとか色々疑問はあるが、これはまずい流れかと思われる。
私はもがいた。だけど男がそれを抑えるかのように身体を拘束し、私が鳴けないように口元を手のひらで抑えつけてきたのだ。
私をどうするつもりなのだ。
どういう目的を持ってこのようなことをするのだ。
ふと、拾われたあの日にお兄さんが言っていた言葉を思い出した。
『柴犬は巷で人気だろう』
『質の悪い転売屋がいるかもしれない──』
はぁぁぁーっ! 私転売されちゃうよぉ!
戻ってきてパパ上ー! 助けてー!! 私、皮剥いで売られちゃうよぉぉぉ! 柴犬コートの材料にされちゃうぅぅ!
心のなかでこんなに叫んでいるのに、喉の奥でぐるぐる唸るしか出来ない。口元を強く抑えられ、息も封じられている。
私があまりにも可憐で魅力的な柴犬だからってあんまりよ! 生まれて1年程度なのよ、まだまだ犬生謳歌してないんだからーっ!
「あーちゃぁぁん!」
私の声が届いたのか、どこからか聞き慣れた声が耳に届いた。何者かがマスク男を取り押さえようとして、取っ組み合いが始まる。
「な、何だよおっさん! 離せよこらぁ!」
「お前! あーちゃんをどこにつれていくつもりだ!! 可愛い可愛いあーちゃんを返せ!!」
そこにいたのは田端のおじさんだ。
彼はいつものだらしない顔を放棄して、珍しくシリアスな顔をしていた。マスク男の腕をがっしりと掴むと、私を抑え込んでいる腕を外させようと動く。
「あやめ!?」
「橘さん! 誘拐犯です! 現行犯逮捕しちゃってください!」
やっとパパ上が戻ってきた。
とんでもない騒ぎになっていると気づいたパパ上は素早く駆けつけて来てくれた。さすが現役の警察官だけあって、切り替えが早い。マスク男はパパ上に捕獲されていた。プロの拘束からは逃れられないのだろう。無様に何かを叫んでいた。
…めっちゃ怖かったーっ!
苦しいし痛いしで…もうなんなの! 新年早々ついてない!
田端のおじさんに保護された私はキャウキャウと情けない声で鳴いていた。
おじさんは「良かったぁ、あーちゃん」といつものだらしない顔で頬ずりしてくるが、今日は特別に受け入れてやる。命の恩人だからな。
初詣で賑わう神社前にパトカーが一台やって来て、現場検証とか事情聴取とか行われ、私達は目立つ羽目になった。
男は「可愛かったから家で飼おうと思った」と言っていたが、おまわりさんは「転売目的じゃないのか?」と疑惑の眼差しを向けていた。
そのままマスク男はパトカーに連行された。
非番であるはずのパパ上はリラックスのために散歩していたのに、飼い犬を誘拐されかけてショックを受けていた。
まさか自分がと思っていたのだろう。人通りがたくさんあるからと油断していたのかもしれない。
パパ上はおまわりさんなのに、同じおまわりさんに「何されるかわからないから、犬をつないだまま離れないほうがいい」と注意されて自己嫌悪に陥ったらしい。自分で自分の失敗が許せないみたいだ。
パパ上どんまい。こんなこともあるさ。
パパ上が凹んでいたので、特別にパパ上に私のオヤツをあげようとしたら、「要らないのか?」とご主人が袋にしまってしまった。
ちがう! それはパパ上にあげるの! なんでそんな勝手なことするのご主人! 私の気持ちをもっとちゃんと理解してよ!
私がご主人の足に縋り付いて「オヤツ返せ」の申し立てを起こしていると「なんだ、抱っこしてほしいのか」と抱き上げられた。
「身体が大きくなっても甘えっ子だなお前は」
…ナデナデで誤魔化されると思うなよ!
私かこたつかどちらか選ばない限り許さないから!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。