パンク系リケジョと私【6】
「谷垣さん、おはよ」
「おはよう田端さん」
私は無事大学2年生になることが出来た。先日新一年生が入学してきて…我が弟も今年から大学生となったのだ。相変わらず唐揚げをせびってくるが、ピカピカの新一年生である。
…弟の自分で唐揚げ作るって宣言は嘘だったのか…? あれは幻聴だったのかな?
「今日新入生がサークル体験しに来る日だよね? ケーキは予約した?」
「うん大丈夫。その前に取りに行くよ」
あの後私は彼女をサークルに引きずり込むことに成功した。食べ物を作るのは楽しい、美味しいものは正義だと彼女を洗脳すれば容易いことであった。彼女はサークル活動でその才能を発揮している。
「そうだ、次の講義だ。ナナが席とってくれているから行こうか」
私の友人とも打ち解けた今では、以前よりも多く一緒に行動している。パンク系な谷垣さんだが、人と一緒に楽しそうに話している姿を見せていると、親しみがもてるのか、声を掛けてくる人が増えた。
笑顔が増えて、私以外の人とも交流を持つ谷垣さんを見ていると嬉しくなる。
彼女と私が前よりも仲良くなった気がするのは多分気のせいではないと思う。
「えー先輩彼氏いるんすかー? ざんね~ん」
「あはは…ごめんね…」
何だコイツは。
新入生歓迎会でささやかなお茶会を開催したのだが、ここのサークルにはあまり合わなそうな新1年生の男子学生に絡まれた。うちのサークルの趣旨とか理解してるのかな? ナンパサークルじゃないんですけど…。
チャラいなぁ…沢渡君みたいだけど、彼は引き際がわかっているし、人の嫌がることしないからちょっと違うな。
私のギャル系な見た目が軽そうに見えるのか、1年坊主にロックオンされてしまったが、私は毅然とした態度でお断りした。
私も谷垣さんのようにキリッと凛々しい態度で臨むのだ! そして粘着人間ホイホイの異名を払拭するのだ…!
「いつから付き合ってるんすかー?」
「…高校2年の終わり頃かな」
「えーっ3年目ですか! ヤバイっすね! 倦怠期突入じゃないですか!」
…そんな事ないよ! 私と彼氏様は今でも超仲良しだもんね! け、倦怠期なんかあるはずがない…ふざけたことを抜かすでないよ!
「どんな人なんですかー? 年上? イケメンですかー?」
「それ、君に関係ないよね?」
「えー言えないくらい、彼氏ブサイクなんすかー?」
この野郎…!
ここで私が反論してもムキになっているだけにしか見えないだろう。ムカつく! なんだよこの1年! バイト先の小金井さんみたいな事言ってきて!!
「…田端さんの彼氏はかっこいい人だよ。今は3年で法学部の人。わかったら田端さんにつきまとうの止めたら?」
「谷垣さん!」
「参加費の五百円、君だけ回収されてなかったから、今貰ってもいいかな?」
参加費回収ついでに助けてくれた谷垣さん。その凛とした姿はやはりカッコいい。…なぜ私が彼女と同じ様に毅然としてもこう、相手にナメられてしまうのだろうか…
1年坊主は谷垣さんに圧倒され、渋々財布から五百円を取り出していた。この1年本気でうちのサークル入るのかな? 去年の須藤さん(番外編・承認欲求の行方参照)みたいにサークルを引っ掻き回すだけなんじゃないの…?
お金を回収した谷垣さんはもう1年坊主に用はないらしく、部長に参加費を届けに向かっていた。私もその隙に1年坊主から離れる。
他にも女の子いるし、彼氏がいない子をナンパすればいいのに、この後も何故か私はこの1年坊主の
■□■
「先輩、田端せんぱーい、見ましたよ、先輩の彼氏超イケメンすよね!」
新入生歓迎会から早2ヶ月が過ぎた。どんなに冷たく突き放そうと、長篠君は私に絡んできた。何処かで私の彼氏の名前を調べてわざわざその御尊顔を見てきたらしい。なにが彼をそうさせるのであろうか…
「俺が見に行った時、先輩の彼氏さん美女と楽しそうに話してましたよー。浮気されてるんじゃないですか〜?」
「…同じ学部の人じゃないの? 憶測で物を言うの良くないよ」
美女、という単語に私は反応してしまった。でもまさか先輩がと思った私は長篠君を胡乱に見上げて一蹴した。
「えー? でも俺ならクラッとすると思うんだけどなー。もしもフラレたら俺がいつでもお相手してあげますね」
「それはないから大丈夫。あったとしても結構。口よりも手を動かしてくれない?」
「えー? 俺作るよりも食べる専門なんすー」
「じゃあこのサークル辞めて別のサークルに入れば?」
あー鬱陶しい。須藤さんとは違う意味で鬱陶しい。言えば渋々作業するけど、言わなきゃなにもしない。私に全部投げ出そうとする素振りさえ見せつけてくる…私はあんたのお母さんでもお姉さんでもないんだよ! 自分でやれよ!
「…長篠君、生地を捏ねる作業お願いね」
「えっ? 俺が?」
困っていると言うかイライラしている私を見兼ねた谷垣さんが間に入ってきて、長篠君に重労働を課した。本日のメニューはパン作りである。
「発酵する必要があるから、大急ぎでよろしくね。田端さん手伝おうか?」
「ありがとう」
私はカレーパンを作るつもりだ。甘いものが苦手な亮介先輩に差し入れする為に、甘くないパンを作ることにしたの。
私は現在カレーの具材を細かく刻んでいた。なので刻む作業を谷垣さんにお任せして、温めたフライパンにひき肉を投入して火を通し始めた。
先輩喜んでくれるかな。練習後ならお腹空いているはずだ。今日会う約束はしていないけど、渡すだけだったらお邪魔してもいいよね? どうせ連絡しても練習中だから返事は来ないだろうし。
ずっと私の隣でうるさかった長篠君は大人しく生地を捏ねている。どうやら彼は谷垣さんのことを苦手に感じているようだ。谷垣さんは別に意地悪はしていないんだけど…多分彼女には隙がないからかな?
彼の頑張りで出来上がった生地を発酵し…そしてそれぞれが制作したパンは出来上がった。
「どうですか! 俺が汗水たらして捏ねた生地は!」
ドヤ顔で捏ねたパン生地を自慢している長篠君をはいはいすごいすごいとおだてておいた。面倒くさいなぁこの子。
テーブルに並んだのはメロンパン、クロワッサン、ウインナーロールにカレーパン。どれも美味しそうで調理室いっぱいにいい匂いが広がる。焼きたてのパンってどうしてこんなにいい匂いなんだろう。ヨダレが出てきそう。
「コーヒー入ったよ〜」
そこに挽きたて淹れたてのコーヒーが出てきて、試食会は始まった。パン屋で買ったものとは違って、ちょっと発酵が足りなかったかな? と感じる部分もあったが、サクサクふわもちなパンはどれも美味しかった。
「差し入れしたらきっと彼氏さん喜ぶよ」
谷垣さんにもカレーパンの味のお墨付きを頂いた。温かいうちに先輩に届けてあげたいと私はワクワクしていた。
部員みんなで品評会を行い、片付け後にサークル活動はお開きになった。帰り際に「田端先輩一緒に帰りましょ」と長篠君がうるさかったけど、なんとか撒いてきた。
先輩に差し入れするパンを入れた袋を持って、私は足早に武道場に向かった。目的地に近づくと、中から気合の声が聞こえてくる。先輩も今頃サークル活動中なのだろう。
忙しそうだったら、暇そうな部員に渡してもらおうかな。武道場の中をそっと覗き込むと、私は固まった。
なぜなら、先輩が女性と一緒にいたからだ。それはサークル部員のお姉様ではない。武道とは無縁そうな、きれいな女の人だったから。どことなく先輩の元カノを思い出させる、清楚でスラリとした女性と先輩は何やら話をしているようだった。
その親しそうな雰囲気に私はショックを受けていた。浮気現場を見つけたわけじゃないけれど、長篠君の話を思い出したのだ。話を聞いていた時はただの友達だろうだと思っていたのだけど、実際に見たら想像以上に親しげだったからショックを受けたのだ。
まさか倦怠期…え、ほんとに…?
「あやめちゃん、橘に用?」
「あ、えっと」
顔見知りの剣道サークル生に声を掛けられた私はとっさに言葉を発することが出来ずに吃ってしまった。
「おーい橘ー!」
「あのっいいです! …忙しそうだし、私帰りますから」
大声で先輩を呼ぼうとする部員の彼を私は止めた。だが、止める間もなかった。剣道で鍛えた彼の声はよく通った。部員全員の注目がこちらに集中してしまい、先輩の視線もこちらに向かってきた。先輩の隣にいたきれいな女の人もキョトンとした顔でこちらを見てきている。
私はこの場から去りたい気分に陥っていた。だが先輩は女の人になにかを告げると、1人でこちらに向かって歩いてきた。
「あやめ、どうした?」
「…パン、作ったんで差し入れに持ってきました…」
本当はここで問い詰めたかった。だけど他のサークルメンバーが居る前だったので
「…あやめ?」
「頑張ってくださいね」
後で電話か何かで聞こう。そう決めて私は踵を返したのだが、「橘君」と後ろから女の人の声が聞こえてきた為、私の足は立ち止まった。
「
「ごめんね、相談に乗ってくれてありがとう。私帰るね」
「あぁ…
「いいの。私もちょっと頭冷やしてみる」
2人の会話に割り込むことは出来ずに私はそれを眺めるしか出来なかった。先輩から柏原と呼ばれた女の人は私と目が合うと、なんだか申し訳無さそうな顔をしていた。今まで先輩を狙う女性陣はいたが、そのどれとも違う。
…彼女と先輩の間柄も気になるけど、相談ってなにを? と私の中で疑念が湧いた。異性である先輩にしなきゃいけないような相談って一体何? と私はモヤモヤする。
私はその感情を隠すことは出来なかった。間違いなく渋い表情になっていたであろう。その顔のまま、先輩を見上げた。
「…後で連絡しますんで、その時詳しくお話聞かせてください」
「…まさか柏原のことを疑っているのか? 柏原には付き合っている奴がいるからな?」
「…とにかく弁解は後で聞きます」
私が二十歳になって以降、飲み会のお誘いがある度に保護者ヅラして着いてくる彼氏様。
私が他の男性と仲良くしていたら嫉妬して束縛してくる彼氏様。
…私だって嫉妬するし、束縛したいんですよ?
電話して事情聴取するからと宣言をした私は、先輩の返事を待たずに踵を返した。先輩は私の怒っている雰囲気を察知したのか、退出しようとした私の腕を掴んで引き止めてきた。
「あやめ、待てどうした。なにを怒っているんだ?」
人が大勢いるこの場で言及するのは止めておこうと思ったけど、向こうが何事かと聞いてくるなら仕方がない。
「美女を前にして鼻を伸ばして…私というものがありながら、いいご身分ですねぇ?」
私が嫌味を言うと、先輩は眉をひそめていた。彼女は先輩と同じ学部の友達である湊さんという男子学生の彼女らしい。だけどその彼氏と最近不仲になってきて…ちょっとした行き違いが原因だったのだが、誤解が解けないままギクシャクしているとのこと。
それで相談役に白羽の矢が立ったのが先輩というわけらしい。
「なんで相談相手が先輩なんですか!? おかしいでしょう!」
「湊の奴からも相談を受けているんだよ。俺が板挟みになっている形だから…柏原の相談だけを断るなんて出来ないんだよ」
「普通は同性の友達に相談するでしょうが! 先輩は自分がイケメンだってこと自覚してください! 女性に狙われてるって気づいてください!」
私は怒った。不満なことをぶちまけた。いつも私に危機感がないとか、無防備とか言っているけど、先輩だってそうだからね!
「柏原はそういう奴じゃない。そんな言い方するな」
思えば、2月の春休みに行ったスキー旅行の時も……先輩は到着してすぐに逆ナンされたのだ。お誘いをやんわり断った先輩は逆ナン女性たちによって腕に抱きつかれていて、それを目撃した私はヤキモチを妬いたのだ。…私達は旅行先で喧嘩をした。せっかくの旅行だったのにだ。
怒ってそのままバスに乗り込んで帰ってしまおうとする私を引き止める先輩とまた一悶着あったのは想像に難くないだろう。
昔よりは私を優先してくれるようになったけど…友人と関係ある女性相手だとやっぱり尽力するのだ。基本的にお人好しだから。
「先輩がそんなんなら、私も言い寄ってくる後輩に優しくしますからね!? いいんですね!?」
「言い寄ってくる後輩? どういうことだ」
本気の言葉ではなかったが、つい口から飛び出していた。
私の言葉を受けた先輩は私を尋問しようとしたが、私はそれ以上語らなかった。引き止めてくる先輩の手を振りほどくと、叫んだ。
「それが嫌なら、先輩も友達だからって女の人の相談に乗るのは止めてください!」
「まぁまぁ、あやめちゃん、私も側で二人が会話してるの見てたけど、本当に相談だけだったから、ね?」
私と先輩が喧嘩しているのを見兼ねて、剣道サークルのお姉様達が割って入ってきた。私を落ち着かせるためにポンポンと肩を叩いて来る。彼女達が現れたことで私は少しだけクールダウンした。
「橘もさ、彼女の気持ち汲み取ってやんなよ。…相談する体で、誑かそうとする女だって存在するんだから。あやめちゃんが不安になるのは当然だよ?」
「友達がどうのって言うけど、そんなの当人同士が解決する問題なんだから放っておきなって。あんたって本当にお人好しよね」
お姉様方が私の味方になってくれたことで先輩もこれ以上は言えなかったらしく、私の不安な気持ちを改めて聞いて考え直してくれたみたいだ。
例の二人には明日ちゃんと話してみるとは言っていた。
あの女の人にしても彼氏の友達だからって、個人的に異性に相談するのは本当に止めて欲しい。普通に学業の話をするとか、天気の話をするのとは訳が違うじゃないか。
私達は喧嘩別れしそうになっていたが、お姉様方のおかげで仲直りできた。なので一旦先輩に差し入れしたパンをお姉様方にもお裾分けをした。お姉様方は喜んで美味しい美味しいと食べていた。
先輩は自分の食い扶持が減ってちょっと残念そうだったが、自業自得だと思って欲しい。
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