パンク系リケジョと私【5】

時系列は番外編・柴犬ブルーな1日。後のお話です。

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 寒さも和らぎ、春の訪れを感じる3月下旬。春の日差しがポカポカ暖かくて、こんな日は外を散歩するのが気持ちいいであろう。

 …だが私は外をお散歩することなく、あくせくと働いていた。2月に彼氏とスキー旅行に行った私は、旅行費・その他諸々で沢山のお金が飛んでいってしまったので春休みはガッツリバイトに入っているのだ。新学期が始まったらまた、講義や課題に追われて、あまりシフト入れないから今のうちにガッツリ稼ぐんだ!


「田端さん」

「あっ谷垣さん! 遊びに来てくれたの?」

「気分転換にね」


 私のバイト先に谷垣さんが遊びに来てくれた。

 あんなにプレッシャーを感じていた後期試験であるが、谷垣さんのおかげで私は自分を追い詰めることなく試験に挑むことが出来た。3月に入って成績発表があったが、まぁまぁの成績で無事進級することが出来た。

 谷垣さんには感謝しかない。彼女は大したことはしていないとは言っていたけど、私にとっては大したことである。


 谷垣さんは相変わらずイケイケファッションだ。それを着こなすことが出来る彼女はきっと素顔も美人に違いない。いつか素顔を見てみたい……あ、これギャルメイクしている私が言ってはいけないやつだ、うん。私も素顔を晒す羽目になってしまう。

 私がそんな事を考えていると、彼女は私をまじまじと見つめてきた。


「どうしたの?」

「んー…制服って不思議な感じがしてね。かっこいいね」


 いきなり褒められた私は照れくさくなっちゃった。何言ってるの谷垣さんのほうがカッコいいのに…! 恥ずかしい照れる!


「どうしようかな…なににしよう」


 私が恥じらっていると言うことに気づいていない谷垣さんは、メニュー表をじっと見つめて迷っている。今日は暇だし、お客さんも引けているからゆっくり選んでも大丈夫だよ。


「これとか今の時期限定だからおすすめだよ。今丁度新玉ねぎ、春キャベツが流通しているからそれを使ったメニューなんだけど…」

「へぇ…」


 谷垣さんにどんな味かを聞かれていたのでまずは素材の説明をした。ウチは国内生産・契約農家さんの食材で商品提供しているんだよ。全部が全部じゃないが。社員割引でたまに新商品を食べることがあるけど、これは美味しかったなぁ。

 

「えーっ、その子田端さんの友達? ヤバイね! 田端さんと類友〜」

「…小金井さん、お客様に対して失礼ですよ」

 

 出た。休憩から戻ってこないなーと思ったら、タイミングの悪い時に戻ってきた。入院中のパートのおばちゃんの穴を埋めるために臨時で入ってきた、25歳新婚のパート・小金井さん。

 私が年下だから舐めた発言をしてくるんだろうけど、お客様の前での今の発言はいただけない。顔をしかめて注意したのだけど、小金井さんはキョトンとしている。

 マジかこの人…自分の発言が失礼に当たるってわかってないの?


「えーなに? なに怒ってんの大げさじゃない?」

「…小金井さん、お客様の前です。私語は慎んでください」


 駄目だ。この人は後でキツく注意しておかなきゃ。今まで年上だからあまりきつく言えなかったけど、お客様の前で好き勝手に言われると黙っていられないわ。


「えー大学生?」

「…そうですけど」

「うそーめっちゃ遊んでそうだね~働きたくないから大学に入ったの?」

「小金井さん!」


 なんなのこの人は! 谷垣さんが無表情になっているのに気づいていないの? いくら相手が年下でも言っていいことと悪いことがあるでしょうが!


「彼氏とかいるの〜?」

「…いませんけど」

「へぇ~? そぉだ、ねぇ知ってるぅ? 田端さんの彼氏って…」


 一旦言葉を切ると、小金井さんは私を意味ありげに見て、ププッとバカにするように笑っていた。この人は相変わらず、私と私の彼氏を見下している。見たこともないくせにこの女ァァ…!

 私が歯をギリギリ鳴らして怒鳴るのを堪えているとは気づいていない小金井さんは、私だけでなく谷垣さんまで見下すような発言をした。今、彼氏はいないと答えた谷垣さんを馬鹿にしただろ! 


「田端さんはカッコいいって言っていたけど、実際は地味なんでしょー?」


 百歩譲って、私の彼氏が地味だったとしよう。それが小金井さんになにか関係あるかな? 私が小金井さんの旦那さんをこき下ろしても何も思わない? なんでそんな事言うの? しかも関係ない谷垣さんまで巻き込んで…早くこの人辞めてくれないかな…

 私は悔しいと同時に悲しくなってきた。私はバイト先にお金を稼ぎに来ているのに、なぜこんな風に後輩から馬鹿にされているのだろうかと。一生懸命真面目に働いているのに何故と。ちゃんと指導してきたつもりだ。年上に対して失礼のないようにしてきたつもりなのになんでこんな風に見下されなきゃならないんだ…

 私は積もりに積もったイライラで、切れる寸前のところまで来ていた。

 

「…人を見下す心理って、劣等感から来ているってご存知ですか?」

「え?」


 谷垣さんがポツリと呟いた言葉に、小金井さんは呆けた声を出していた。劣等感。誰しもが持っているそれ。私だって劣等感を持っている。…谷垣さんは何故急にそんな話を始めたんだ?

 今にも小金井さんに対して切れそうだったのに、私まで呆然としていた。


「劣等感は、必ずしも悪いものではありません。向上心に変えられるからです。ですが人がみなそれに勝てるわけではありません…それに負けてしまった人は、成長を止めて、周りのせいにしてしまうのです。…努力をしないのは楽ですが、一時しのぎにしかなりません」


 突然心理学みたいな話が始まったので、小金井さんはポカーンとしている。私も一緒にポカーンとしていた…。

 谷垣さん結構色んな本読んでるもんな…一般教養で心理学専攻していたし…本当に勉強家だ。


「劣等感を持つ人は誰しも自分への不満が溜まっていきます…我慢できなくなった人はその穴埋めをしようとします。それは優越感に浸るという行為に転換されるんです」

 

 谷垣さんは無表情で淡々と話しているが、果たして小金井さんは内容を理解しているのであろうか。私は口を挟まずに谷垣さんの話を聞いていた。

 裏にいた社員さんが恐る恐る顔を出してこっちを窺っている。後で怒られちゃうかもしれないな。


「何すると思います? 簡単ですよ。ただ自慢したり、権力をアピールしたり、威張ればいいのです。それともう一つ。他人を見下すんです。自分の欠点を埋めるためだけに、他人を攻撃し、優越感に浸る。それこそが、人を見下す心理です」


 谷垣さんは小金井さんを憐れむような目で見つめているが、小金井さんは多分理解が追いついていないと思う。ずっとポカーンとしてるもん…

 

「結論としては、人を見下すのは劣等感の裏返しという事ですね。健全な人であれば劣等感を飼いならし、向上心に転換することが出来ます。本当に自信のある人なら、見下しもしないし、自慢もすることはありません。劣等感に負けた人…つまり自分に負けた人は、誇示することで自分の存在をアピールしているに過ぎないのです」


 わかりやすい説明であった。…私も気をつけよう。劣等感に負けないようにせねば。


「あなたがなぜ、田端さんを見下すような発言をしているのかは私にはわかりませんが…私も田端さんも、あなたの友達ではありません。ましてや年下だからといって何を言ってもいいわけではありません。大人なら、もうちょっと考えて発言をしたほうがいいと思いますよ?」


 谷垣さんは首を傾げて微笑んでいたけど、その目は笑っていなかった。

 言いたいことは全て言えたのか、スッキリした顔の谷垣さんはお持ち帰りでおすすめの期間限定セットを購入して帰っていった。

 ああ…折角来てくれた彼女に迷惑を掛けてしまった。気を悪くさせてないかな。さっき帰り際に謝罪したけど「田端さんは悪くないでしょ」と返ってきただけ。


 バイトが終わってから改めて謝罪のメッセージを送ろうとしたら、新着メッセージが届いていた。

 谷垣さんから「おすすめの季節限定バーガー美味しかった」という感想。それと「お店で説教垂れてゴメンね、あの後大丈夫だった?」という気遣いの言葉だった。

 実際に社員さんに怒られたのは小金井さんだけだった。それほど小金井さんの行動は問題視されていた。この間店長が「本社から応援呼ぼうかな…ていうか田端さんの友達で働ける人いない?」って聞いてきたから、小金井さんの短期雇用契約を延長せずに辞めてもらおうと考えているのかも。

 社員さんに怒られた小金井さんは悪態ついていて、やっぱり反省した様子がなかった。あの人本当になんなの?


 私は谷垣さんにお詫びと感謝の言葉を投げかけた。やっぱり彼女は大したことしてないと返してきたけど、大したことなんだってば。

 小金井さんに話していた心理学の内容について質問したら、やっぱり大学の一般教養の心理学講義で紹介されたものだった。面白そうなので、新学期が始まったら谷垣さんに心理学の本を借りることにした。

 やっぱり谷垣さんはカッコいい女の子だ。私もああして毅然とした態度を取らなきゃ駄目だな! 私はもっと強くなろうと心新たに決意した。



 粘着人間ホイホイの異名を持つ私だが、新学期にもまた事件に巻き込まれることになる。

 だがそんな事はまだ誰も知らない…

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