パンク系リケジョと私【4】


「久しぶりー…谷垣さん…」


 年を越して新年が明けた。冬休みが終わり、テスト前の講義で谷垣さんと久々に再会した私は少々テンションの低いご挨拶をした。


「…どうしたの? 目が赤いけど」

「ちょっと…勉強してて…」


 進級もかかっている後期のテストだ。私は少々神経質になっていた。なんたって頑張らないと。勉強する習慣はつけているけども、それでも私は焦っていた。悪い点数をとってしまったらどうしようって。


「…田端さんはちゃんと講義に出席しているし、提出物も出しているから、余程のことがなければ大丈夫だと思うよ?」

「うーん…」

「小テストだって壊滅的な点数をとっているわけじゃないでしょ?」

「そうなんだけどねぇ」


 自分でもわかっている。去年の受験のときと同じ流れになりつつあると。だけどなんだか落ち着かない上に眠れなくてね…つい夜通し勉強しちゃう。

 谷垣さんはなにも憂いはない様子だ。いつもどおり落ち着き払って堂々としていらっしゃる。


「春休みに彼氏とスキー旅行に行くの…だからどうしても落としたくないんだ…」

「…結果出るの3月だけど…その頃には雪溶けてない?」

「あ、行くのは春休みに入ってすぐなの。それは大丈夫…ただ自分が安心して旅行したいだけなの…」


 試験の結果はすぐには出ない。だからこそ焦っているとも言える。もう宿泊先や夜行バスの予約もとってあるし、日程も決まっている。その旅行中だけでなく、春休み期間中不安を抱えて過ごすのだけはゴメンなのだ。

 谷垣さんは私の話を聞いて首を捻っていた。


「…過去問は解いた?」

「う、うん」

「田端さんは先輩に去年の傾向や対策を確認しているって言っていたから、情報収集は完璧だよね…じゃあ後は講義のノートを見直して、テキストを熟読するしかないかな」

「えっ!?」


 彼女のアドバイスに私はギョッとした。それだけでいいの? もっと他に…問題を解くとか…。私の焦りなどなんのその、谷垣さんはいつも通り、冷静に落ち着き払った様子で淡々と説明し始めた。


「前期の試験の事思い出して。教授によっては変化球な問題を出していたでしょ? 講義に出ていない内容が出たら私達学生はお手上げよ。もう無駄なあがきでしかない」

「そ、そんなぁ…」


 確かに前期試験の時に習っていない内容が試験問題として出たこともある。私は高校の時同様に、講義で習った内容を中心に勉強していたが、実際の試験では講義で習ってない部分…しかしテキストには載っている場所がテストに出現した。…大学ではそういう反則技が有効なのだと初めて知った。

 ちゃんと勉強しても、的はずれな問題が出てしまったら絶望的である。彼女は諦めろというのか。 


「もしもそうなっても、田端さんは普段から真面目に講義に参加しているから大丈夫だって」


 確かに出席や提出物も単位に加算されるけどさぁ…

 実際に試験の時にわかんない問題と遭遇したら飛ばして、他の問題で点数稼げば落第点は免れるでしょうと話を締めくくると、谷垣さんは「講義に遅れるから行こう」と私の先を歩き始めた。


「大事なのは、大学で学んだ内容が身につくかどうかだから。たとえヤマが外れたとしても、一生懸命勉強した内容はちゃんと自分のためになるでしょう? あまり気を張る必要はないよ」

「うう…リケジョな谷垣さん余裕すぎる…」

「田端さんは自分を追い詰めすぎなの」


 これで体調崩したりしたら元も子もないよと言われた私は項垂れた。


「…わからないところがあるなら、教えるけど…?」

「ううん…谷垣さんの迷惑にはなりたくないの…」

「大丈夫。私も復習になるし、困った時はお互い様でしょ?」


 私は弱っていた。

 彼氏も試験前なので、どうにも弱音を吐きにくく、友人たちも試験前でピリピリしていた。自分だけが大変じゃないのだからと自分を叱咤していたけども、弱っていた。

 そんな時に谷垣さんの優しさ。身に染みる。私もこんな余裕と落ち着きが欲しい…!


「あなたは女神か…!」

「…大げさだよ。私は比較的余裕があるだけ」


 あまり甘えすぎて彼女を困らせるわけには行かないので、今日だけという条件をつけて、その日の講義が終わった後に、大学の食堂の一角にて彼女に色々とアドバイスを貰った。それと過去問や講義の内容から試験の傾向をお互いに分析した結果を話し合ったりもした。

 やっぱり頭のいい人は教え方が上手だな。お話していたら、なんだか自分まで頭が良くなってきた気がする。それに不安だった気分も落ち着いた。


「あ…もうこんな時間」

「ごめん私が引き留めたせいだね。急いで帰る用事があった?」


 いつの間にか時刻は19時になっていた。今日は午後からの講義に参加した後にここで勉強会をしていたので、思ったよりも遅くなってしまった。


「それは大丈夫。一人暮らしだから門限とかないし。そろそろ帰ろうか」

「…谷垣さん、急いで帰る必要がないなら、ウチ来ない?」

「…え?」


 貴重な時間を使って教えてもらったお礼だ。夕飯をごちそうさせてくれ。

 数人の男の胃袋を掴んだ唐揚げを谷垣さんに振る舞ったら、彼女を虜にできるであろうか?


 

■□■



 帰り際に母さんへ電話して友だちを連れて帰ると伝えたのだけど、今日の夕御飯は水炊きだそうだ。唐揚げの出番はなさそうだ。…仕方がないのでそれは今度の機会に作って彼女に召し上がってもらうこととしよう。

 

「お邪魔します…」

「いらっしゃい。よくあやめからお話は伺ってるわ。狭い家だけどどうぞ上がって」


 谷垣さんは恐縮した様子で家に上がると、物珍しそうにキョロキョロ見渡していた。…珍しいものはなにもないよ?

 家には母さんと弟の和真がいたが、父さんはいつものように残業で帰ってきていない。

 受験生の和真は大学の入学試験に向けて追い込みに入っており、ちょびっとお疲れ気味だが、去年の私よりは余裕がありそうにも見える。そんでもって初対面の谷垣さんに人見知りを発症させていた。谷垣さんも人見知りするけど、和真ほどじゃないんだよね。2人は軽く挨拶を交わすだけだった。


「谷垣さんはとても優秀なんですってね。あやめがよく話していたのよ〜」

「いえ、そんな」

「頭が固くて気難しいって有名な教授に気に入られているんだよ。すごいよ」

「…常田教授は父の友人なの。だから昔から私のこと知っていて」

「あ、そうだったんだ。初耳」


 お父さんの知り合いで昔からの知人だったのか。それでも谷垣さんが優秀なのは間違いないが。…あの教授の知り合い…谷垣さんのお父さんは一体何者なんだ?

 

「大したものじゃないけれどたくさん食べてね」

「ありがとうございます。いただきます」


 うちの母さんはおしゃべり好きだ。私の彼氏に対してもだけど、誰に対してもグイグイ話しかけていく。とはいえ失礼な事は聞かないようにはしているようだけどね。谷垣さんは受け答えするだけだったけど、夕食を終える頃には笑顔をみせてくれるようになった。楽しく食事が出来たようで私はホッとした。

 女の子が1人で帰宅するのは危ないからと帰りは母さんが車を出して谷垣さんを家まで送ってくれることに。同乗した私は谷垣さんにお礼を言われた。


「田端さん、誘ってくれてありがと」

「ううん、こっちも色々お世話になったんだもん。私こそありがとう!」

「田端さんがどうして田端さんなのかよくわかった。優しい家族に囲まれているからなんだね」

「えっ?」


 田端さんがどうして田端さん…え、どういう事なの? 褒め言葉? 褒め言葉なの? 私は私でしかないよ?

 谷垣さんはおかしそうに笑っていた。


「…ちょっとの時間だったけど、私も家族の一員になれたようで楽しかったよ」


 笑っていたけれど、谷垣さんの目は寂しそうだった。

 親から早く独立したい、とは口にしていたけれど…本音を言えば谷垣さんは、親と仲良くしたいのかな? と私は勝手に推理していた。

 だけどそこに足を踏み込むには、私は谷垣さんのことを知らなすぎる。第一仲良くても踏み入れてはいけない場所があるというものだ。

 だから私はこう言うしか出来なかった。


「…また、食べにおいでよ。私ね、唐揚げ作るの得意なんだ。今度は私が料理を振る舞うね」

「本当? 楽しみにしてるね」


 ミステリアスな彼女のことで私が知っているのはほんの一部。大学入学直後から親しくしているナナ程親しくなりきれていない部分がある。彼女の前にはまだ薄い壁があって、完全には心を許していない。それは仕方のないことなのだろうけど、少し寂しい。


 けして彼女の全てを暴きたいわけではない。だけど、私はもっと彼女と親しくなりたい。 

 …どうしたら、彼女ともっと仲良くなれるのだろうか?



 

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