パンク系リケジョと私【3】
「付き合ってくれてありがと」
「こっちこそ誘ってくれてありがとう! すごかったねぇー。小さな会場のライブは臨場感が半端ないね!」
ライブ終了後、私達はファミレスで夕ご飯を一緒にとっていた。
初参加のライブだったけど、三千円でそれ以上のパフォーマンスを見ることが出来たと思う。なんたってメンバーたちがカッコ可愛かった。あれは憧れる。そりゃ同じ格好をしたがるよ。
私は注文したオムハヤシを頬張りながら一人でウンウンと納得していた。たまにはライブもいいかも。いい汗かいてなんかスッキリしたし。
「私ね、高校までは校則をきっちり守っていたんだ。ずっと親に言われるがままに勉強ばかりしていたから、他のことに興味持つことも出来なくて…」
谷垣さんは、季節の野菜ときのこのチーズドリアを食べる手を一旦止めて、昔話を始めた。
「一時成績が伸び悩んだ時期があってね、どんなに頑張っても駄目で…親にきつく当たられた時期があったんだ…」
その時の谷垣さんは親の期待と結果が全てで、うまく行かない現状に心病み始めたらしい。私の受験前のようだけど、多分谷垣さんの場合はもっと状況が厳しかったのかもしれない。
「その時の私は趣味もなくて、発散する方法もわからずにひたすら自分を追い込んでた。そんな時に、デビューしたての
駆け出しのInvincibleはまだまだ知名度もなく、赤字覚悟で集客するためにチケットを配っていたらしい。それに気まぐれで参加した谷垣さんはライブを目の当たりにして一気にファンになったそうだ。
「ライブで発散して、スッキリしたその後勉強すると調子が戻ったの。…こうしてリオとお揃いの格好していると自分が強くなれる気分になるんだ」
「あ、それ気持ちわかるかも。そっかぁ。ライブ参加が谷垣さんのやる気の源なんだね」
憧れの人に近づきたいと格好を似せるのはわかる。自分なりの発散法を持つのは大切なことだよ。コレがあるから、谷垣さんは頑張れるのだな。ひとつ、彼女のことが詳しくなったぞ。
「勉強しかなかった私の世界が広がった気がして嬉しかったなぁ」
「好きな事があるのは大切なことだよ」
勉強に夢中になれるのもある意味趣味のようなものなんだろうけど、息抜きできるようなものが他にあったほうが尚いい。
「…田端さんは変わってるよね」
「え?」
変わってる? えぇ、それ谷垣さんが言っちゃうの?
「私はこの格好が好きだから、変える気はないけど、皆怖がって遠巻きにするじゃない。なのに田端さんは…」
「そんなことないよ!? そりゃちょっとは、とっつきにくい雰囲気があるけど、私は谷垣さんのパンク衣装いいと思うよ? みんながみんな同じ格好する必要はないし、学生のうちはいいんじゃない?」
自分がそれでいいなら、その人が好きな格好をしたらいいのだ。だって周りがどうこう言おうとその人の人生なのだから。
「…ありがと」
はにかんだ谷垣さんはとても可愛かった。もっと彼女の話が聞きたいと思った私は質問した。
「他に好きなものはあるの?」
「今度は田端さんが答えてよ。何が好きなの?」
谷垣さんに逆質問された私はしばし考え込んだ。好きなことかぁ。自分の趣味らしい趣味はやっぱり料理なんだよなぁ。
「…料理することかなぁ。それで相手の喜んだ顔を見るのが好き」
「そうなんだ。…栄養士とか調理師を目指そうとは思わなかったの?」
「うん…将来的なことを考えると厳しいかなって」
候補に入れたけど、なかなか厳しい業界だから断念したんだったなぁ。その上私学しか選択肢がなさげだったもの。
「それに私には一個下の弟もいるから、どうしても国立に行きたかったんだ」
「…弟いるんだ?」
「今度の受験で合格すれば、来年同じ大学に通う予定だよ」
今まさに追い込みの時期に入っている和真は、同じ国立大の工学部を志望している。以前は何もしたいことないけどとりあえず大学入るみたいなことを言っていたが、弟はしたいことを見つけたらしい。
私に弟がいることに反応した谷垣さんが私に羨望の眼差しを向けてきた。
「兄弟いるのいいね。羨ましい」
「大変なこともあるよ? 私は一人っ子いいなと思うけど。私の友達は下に弟二人いるから進学を断念してて、一人っ子だったらなって言っていたし」
兄弟がいるとけっこう我慢させられることもあるのよ。どこの家でもあることだと思うけど…
私の友人のリンは兄弟のことを気遣って進学しなかった。ボソッと「あたしもキャンパスライフ送ってみたかったな」とぼやいていたことがあったので、本音は大学に行きたかったのだと思う。
大学はお金がかかる。兄弟がいたら尚更家計を逼迫するとわかっていた。奨学金だって言ってしまえば借金である。…リンは真剣に考えた結果、就職の道を選んだ。リンは立派だ。
私がリンのことを思い出している間、微妙な顔をしてドリアを咀嚼していた谷垣さんは沈んだ声を出した。
「…まぁ、そうだけど…自分にだけ親の注目が集まるから…私は息苦しいかな」
「そっか…期待が集中するってことかな?」
期待が集中しちゃうのはきついかもな。兄弟がいない分、期待を一心に受けることになっちゃうのか…
谷垣さんは自嘲するかのように苦笑いしながら、お冷を口にした。
「昔は親に認めてもらいたくて頑張っていたけど、今では親から離れたくて頑張っているものだもん。…兄弟がいたら、この気持を共有できるのになって思って」
「うーん…」
兄弟仲が良ければいいけど、その親が依怙贔屓するような親だと余計につらい状況になっちゃうんだよな…もしもな話はここでは藪蛇だから何も言わないけど。
「精神的自立してるってことじゃないかな?」
「…経済的に依存はしてるけどね。…情けないよ」
「それを言っちゃだめだ。それなら私もだよ」
その恩は社会人になってから返していけばいいだけの話でしょう。やっぱり谷垣さんは真面目な子だな。見た目は派手だけど。
食事を終えた私達は駅で解散した。
谷垣さんは一人暮らしで、大学傍に部屋を借りているらしい。親の目から離れることができて気が楽だとは口では言っていたけど、私には強がっているようにも見えた。
明日また大学で会ったら、谷垣さんに声を掛けてみよう。そう心に決めた私は、家までの道のりを歩いて帰っていった。
■□■
ふたりでライブに行って、食事をした事をきっかけに、私は谷垣さんによく声をかけるようになった。その流れで谷垣さんと一緒に講義を受けたり、実験に参加したりと接する機会が増えた。
谷垣さんは基本クールで落ち着いている。だけど時折見せてくれる笑顔がとても可愛い。私はもっともっと彼女と仲良くなりたいと思っていた。
「谷垣さん! 今帰り?」
「うん。今日はこのまま真っ直ぐ帰る予定」
「あ、良かったらさぁ、ウチのサークルに遊びこない? 今日はお菓子を作るんだ。一緒に作ってみようよ」
参加費が材料費込みで1500円かかるけどと前置きしておく。最近原材料が高騰しているから参加費が値上がりしちゃったんだ。今日はモンブランを作ります! 和栗のモンブランと、紫芋のモンブランタルトだよ!
谷垣さんがお菓子作りに興味があるからどうかはわからなかったが、ダメ元で誘ってみた。谷垣さんは「モンブラン…」と呟き、ちょっと考えてから頷いた。
「お菓子作りしたことがないんだけど、私でも作れるかな?」
「大丈夫! 皆が教えてくれるから!」
それなら…と誘いに乗ってくれた谷垣さんを誘って、サークルの活動場所に向かうと、部員に彼女のことを紹介して一緒にお菓子作りをした。
和栗のモンブランではスポンジケーキが土台、紫芋のモンブランタルトにはタルト生地が土台だ。二班に分かれて制作することになった。
私は谷垣さんと一緒に紫芋のモンブランタルトを制作した。派手な谷垣さんに引けていたサークルメンバーもいたけど、一緒にお菓子作りをしている内に馴染んできた。紫芋の色と谷垣さんのラベンダー色のヘアカラーが同じだねと冗談を飛ばす人もいたが、そんなに赤味強くないと思う。谷垣さんは笑っていたけど。
谷垣さんはちゃんと指示通りにテキパキと制作していた。筋が良いぞこの子。学科の実習のごとくサクサク器用にこなしている…料理の才能がある…是非うちのサークルに入って欲しい。
皆で作り上げたお菓子は試食会で評論しながら美味しくいただきました。余ったものはお持ち帰りで各自持って帰ることになった。
「田端さん、誘ってくれてありがとう。楽しかった」
「よかったよかった」
「お土産も貰っちゃったし、得した気分」
これを機にうちのサークルに入会してくれてもいいのよ。無理強いはしないけど。同じ学部の同じ学年の子がいなくて私は寂しいんだ! 谷垣さん入ってくれないかな!
私は大学近くに住んでいる谷垣さんと途中まで一緒に帰宅していた。時刻は19時前。そこまで遅い時間じゃないけれど、完全に日が暮れてしまっている。
もうすぐ12月になるし、どんどん冷え込んでいくな。寒いけど谷垣さんは元気におへそを出している。寒くはないのであろうか。谷垣さんおへそにもピアス開けているのね。洋服が引っかかったりしないのだろうか…
「また今度、参加してもいいかな…?」
「! うんうん、大歓迎! いつでも参加して! たまにサークルメンバー達と美味しいお店に食べに行くこともあるから、その時は一緒に行こう!」
谷垣さんからまた参加したいというお言葉を頂いた私は過剰反応をしていた。だって嬉しいんだもん! サークルに興味を持ってくれたんだ!
彼女は私の勢いにちょっと驚いた様子だったけど、おかしそうに笑っていた。
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