パンク系リケジョと私【7】


 事件はなんてない日常の中で起きた。


「田端せんぱーい、SNS映えするアイスクリーム食べに来ません? 先輩アイス好きでしょ?」

「今ダイエットしてるからパス」

「えー? この間めっちゃパン食べてたじゃないっすか〜パンってカロリー高いんすよ〜」


 わからないか? あんたのお誘いを遠回しに断っているんだよ。大体あんた講義はどうした。夕方から講義があって面倒くさいってぼやいていただろ。大学入ったばかりでサボり癖が付くのって相当やばいと思うんだけど。

 講義に向かえと促しても、長篠君は私についてくる。何故こんなに私に懐くのか。別に同じ学年・学部でもないし、同じサークルなだけ。1年の可愛い女の子がその辺に沢山いるのになんなんだ。

 仕方がないので、長篠君を講義に向かわせるべく、彼の背中を押して強制連行した。私はこれから帰るところだったのに…。頼むから手間かけさせないでくれよ。

 

 なんてない毎日。勉強して、バイトして、サークル活動して、彼氏とデートして、友達とおしゃべりして…平凡な毎日だ。

 そんな平凡が一番幸せなのだが、そんな平凡は長く続かない。


「あれー先輩の彼氏じゃないっすか?」

「え?」

「やっべ泣かせてる。先輩の彼氏さん、女泣かせてますよ」


 私に背中を押されていた長篠君は笑いながらとある方向を指差した。私はその指の先を目で追ったのだが、そこには確かに先輩の姿があった。

 先輩は、あの女の人と一緒だった。柏原さんは泣いていて、先輩はそれを宥めている様子だった。

 それを見た私は目の前が真っ赤になった。2人の問題は2人で解決してくれって頼んだんじゃないのかって。状況はよくわからないが、人の彼氏に泣きつくあの女性に私は腹を立てた。同時にそれを受け止めている先輩にも業を煮やした。

 はやし立てる長篠君の言葉は耳に入ってこない。早歩きでその現場に乱入すると、私は大きな声を出した。


「先輩! これどういうことですか!」

「あやめ…?」


 私の登場に先輩は目を丸くしてぽかんとしていた。いやいや、こっちがぽかんとしたいんですけど!


「あの、こないだから何なんですか? なんで人の彼氏に相談するんですか? 相談なら同性の友達にしてくれませんか? 相談はただの口実で、実は私の彼氏のことを狙っているんですか?」

 

 相手が泣いているとかそんな事わかっていたが、私は抑えきれない嫉妬心を彼女にぶつけた。

 泣いている女性に追い打ちをかけるようで非情かもしれないけど、これって私が我慢しなきゃならないの? なんで先輩に泣きつくんだよこの人は!


「ちが…私…」

「じゃあなんでですか? あなた、私の立場になって考えたことあります? 自分の彼氏が他の女性に相談されて、その上泣きつかれても平気なんですか?」


 柏原さんは私に文句をつけられて狼狽えている様子だった。…それは本気なの? それとも演技なの?

 違うなら何なの。まさか他に友達がいないわけじゃないでしょ? なんで先輩に泣きつくの? 相手の彼女がどう感じるかとかわかんないの?


「あやめ! やめろ、そんな言い方はないだろう!」

「なんですか! 私が悪者なんですか?」

「柏原は湊と別れ話に発展して大変なんだよ! 状況もわかっていないのに頭ごなしに怒鳴るな!」


 別れ話? 彼女が泣いているのは恋人に別れを告げられたから…?

 …それは…大変だけどさ、だからって異性である先輩に泣きつく必要なくない?


「…先輩はいつもそう…スキー旅行でも逆ナンされて鼻伸ばして…こうして美女からの個人的な相談事にも乗ってあげて…まぁお優しいことで…」

「…なにが言いたいんだ」


 私の嫌味に先輩は眉をひそめた。柏原さんは泣くのを止めて、オロオロしている様子だ。この喧嘩はあなたが原因なんだよ…?


「…私は先輩の何なんですか…その人のほうが私よりも優先度が高いんですか?」

「今はそんな話していないだろう」


 そういう話なんだよ、先輩の口ぶりは彼女よりも、そこの美女を優先している口ぶりなんだ。

 柏原さんが別れ話で大変なことには同情するけど、それとこれとは別だ。


「その人が! 彼氏でもない異性に相談なんかしているから、湊さんが不信感を抱いたんじゃないですか?」

「あやめ!」


 なんなら湊さん本人に私が話を聞きに行ってあげようか? 湊さんは先輩を通じた顔見知りで私も何度か話したことがある。聞いたら多分教えてくれるはずだ。

 先輩の友人である、温和で博識なメガネ男子の湊さんは短気を起こして別れを告げるようには見えない。きっと思うところがあったから、彼女に別れを告げたのだろう。それは湊さんと柏原さんが2人で話し合いして決着着けないきゃならないのに、こうして先輩が間に入るから余計にこんがらがるのだ。


「私だって、初めて喧嘩したときに先輩のお兄さんに泣きついたことがありますよ。その時先輩どうでした? 先輩は怒りましたよね? ムカついたでしょ、忘れたんですか? その時私に不信感抱きませんでしたか?」


 忘れもしない、お付き合いして日が浅い頃、初めて大喧嘩した時の話だ。先輩の浮気疑惑に心乱れた私は、偶然会った橘兄の前で大泣きした。…あの時先輩はすごく怒っていたじゃないか。

 それと同じと言うか、ちょっと形は違うけどさ! そもそも私の知らない場所でも、何度も相談に乗っていたんでしょうが!


「俺達のことと、柏原達のことは関係ないだろう! お前、俺のことを信じていないのか!?」

「じゃあ信じさせるような行動取ってくださいよ! 先輩の介入がふたりの間を余計に拗らせているかもしれないって可能性は思いつかないんですか?」


 私の指摘に先輩は怯む様子を見せた。ちょっとは自覚があったみたいだ。


「その人の言っていることを真に受けて、湊さんに余計な注意やアドバイスをしたんじゃないですか?」

「それは…」

「湊さんの話は聞きました? もしかしたら湊さんは先輩に指摘されたことで自分が悪いんじゃないかって、悩んでいたのかもしれません。先輩は友達である湊さんの話はちゃんと聞いたんですか?」


 怒りに心を任せていたら、涙が溢れてきた。なんでこんなことで私達が喧嘩しなきゃいけないの、なんで先輩はわかってくれないの。私は先輩の彼女じゃないのか…?


「あーぁ、泣かせちゃったー。田端先輩の彼氏さんは悪い男ですねぇ」


 私が涙をこぼしたその時、横から忘れかけていた存在の声が聞こえてきた。私達が口論しているのをずっと鑑賞していたらしい長篠君は、あくまで他人事のように話し始めた。

 彼は私達を見てとても楽しそうな顔をしているが、当事者たちはそれどころではない。


「彼氏でもない男に泣きつくって…自分に自信なきゃ出来ないよね〜? 自分が美人だから、略奪出来るって思っていたんじゃないですかぁ? 怖い女〜」


 長篠君の棘のある言葉は柏原さんに向かった。彼女は傷ついた顔をしているが、自分のしている行動をよくわかっていないのであろうか。…悪気がないのもタチが悪いと思うけど。


「田端先輩〜絶対あの2人デキてますってー。あんなに親しげなんですよ? もうすでに身体の関係もあるんじゃないですか〜?」

「おいお前、勝手なことを言うな! そんな訳あるか!」

「えー…そう思われて当然じゃないっすか。彼女がいるのに、他の女の相談に乗って…彼氏さんも下心があるんでしょ?」


 長篠君は挑発するような言い方をしていた。それに対して先輩は怒っていた。それは図星なのか、それとも濡れ衣だから怒っているのか…頭に血が上っている私は冷静な判断が出来なかった。

 だってあの人美人だもん…私は忘れかけていた自分のコンプレックスを思い出してしまった。余計に涙が溢れてきて、嗚咽を漏らしていた。


「別れちゃったほうが先輩のためですって。…先輩には俺がいますよ」

「それはない! 絶対にないから! お前は何だ! 嘘も出任せも程々にしろよ!」


 私の前で先輩が必死に否定している。私の肩を掴んで訴えてくるが、私には響いていこない。

 冷静に考えたら証拠ないじゃんとスルーできるのに、今の状況で言われたら私は…


「私が地味な柴犬だからですか…」

「…え?」

「先輩のバカァ! もう知らない!」


 目の前にいる先輩と、横でうるさい長篠君をドン、ドンと順番に突き飛ばすと、私はその場から逃走した。

 もう先輩なんか知らない!

 

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