私にはこういったやり方しか出来ない。だけどやりきってみせる!


 亮介先輩と喧嘩して2週間が経過した。

 大学で会ったときはお互い知らないふりをしているが、元々学部が違うのでそうそう会うこともない。

 今までこんなに長いこと話さなかったのは初めてな気がする。時間が経過するにつれ、自分もカッとして、自分の落ち度を棚に上げた発言をしていたなと反省した。

 が、それでも先輩の普段の行動(サークルの飲み会参加)には不満があるので、こちらから謝りたくなかった。


 先輩は私をいつまでも女子高生のままだと思いこんでいる。私だってもう大人だ。自分のことは自分で対処できるようになったんだ。

 私の行動を自分の思い通りにコントロールできるだなんて思わないで欲しい…!


 私はグッと拳を握り、今一度気合を入れ直した。先輩がいなくても、私は大丈夫なんだってことを証明してやる…!




「ねっ? すごく面白いところだから」

「悪いけど…親が心配するから…」

「大丈夫だよ! そんなに遅くならないし」

「…本当にごめん」


 今日は午前だけ講義だったので、その後の空き時間を有効活用して大学の図書館でレポート制作をしていた。キリのいいところまでまとめて、休憩をとろうと移動していた時のことだった。

 図書館がある建物を出てすぐの遊歩道で、見覚えのある人が女子学生を勧誘していたのだ。


 幸い、声を掛けられていた女子学生は彼女の必死の形相に警戒しており、誘いをキッパリ断ると足早に立ち去っていった。

 その場に残された彼女…幸本さんはガクリと項垂れていた。ナナも言っていたけど、まだ勧誘していたんだ。大学内での勧誘自体禁止のはずなんだけど…実際守られていないんだけどねぇ…


「…幸本さん」

「……田端さん」


 なんとなく声を掛けたのだけど、私の声に反応してゆっくり振り返った彼女は、目の下に色濃くクマができており、顔色が悪かった。そのやつれ具合に私はぎょっとした。


「…ど、どうしたの…その顔……」

「……田端さんには関係ないでしょ。…私、行かなきゃ…」

「えっ!? 幸本さん、講義は? それにあのホストクラブにまだ行っているの?」


 とてもじゃないが、今の彼女は全く幸せそうに見えない。2週間前のあのウキウキと恋していた彼女はどこに行ったというのだ。

 大体あんなのにお金使うなんてどうかしてるよ。幸せになんてなれない、残るのは負債だけだろう。

 …下手したら、彼女は…


「うるさいなぁ! …仕方ないじゃないの! …お金払わなきゃ…私は…」


 幸本さんは泣きそうな声で怒鳴ってきた。やはり様子がおかしい。

 もうホストクラブには関わらないと決めた私だが、どうも彼女のそれが引っかかった。 

 

「…なにか、あったんだね?」


 問いの形で質問はしたけども、私は察していた。あのホストクラブ関連で何かがあったのであると。それがあまり良くないことであると。

 幸本さんは目を大きく見開くと、ぐしゃっと顔を歪めた。


「……ユウヤ…ユウヤは私だけだって言っていたのに…!」


 手のひらで顔を覆って泣き出した幸本さん。私は彼女を引っ張って、グラウンド横のベンチに座らせた。

 カバンに入れていた未開封のペットボトルのお茶とハンカチを彼女に渡すと、彼女はそれらを握りしめたまましばらく泣きじゃくっていた。

 彼女は興奮しており、冷静に話せない状態だったから、わかりやすく話をかいつまんで説明すると、あのホストクラブに通うためにツケてきたけど、金額が膨れ上がってしまってとてもじゃないが支払えないこと。割のいい仕事と言われて面接を受けたのが性風俗のお店であったこと。そして指名してきたホストがプライベートで彼女らしき女性に高級カバンを購入してあげている姿を目撃してしまったことを教えてくれた。


 自分に残されたのは250万円の借金で、今日中に払えなかったら、紹介された店で身体を売らないといけなくなると。今日は“研修”という名の実践をすると、風俗店の店長に言われたそうだ。それが嫌で仕方がなかった。だからホストクラブへ新規客紹介で女の子を連れていけば、もうちょっと返済を待っててくれるかもしれないと思って、さっきの女子学生に声を掛けていたとか。

 それには私も半眼にならずにはいられなかった。


「…あのさぁ、自分と同じ地獄に巻き込もうとするのやめない? そもそもなんで自分で払えないのにツケてったんだよ」

「だって、ユウヤに会いたかったから…お店の人もユウヤが私と会いたがっているって教えてくれて…店に通わないと彼が他の子にとられちゃうと思って…」

「…あのさぁ…」


 恋は盲目とは言ったものの…お金で愛を買うというのは虚しくならないか?

 確かにお金がないとできないことのほうが多いけど、愛という不確定な形のないもののために湯水のようにお金を使うというのは…いかがなものなのかな。

 キャリアウーマンでめっちゃお金持ってて余裕あって、懐が傷まない程度で遊ぶのはいいだろうけど、幸本さんはそうじゃないじゃない。


「もしもさ、相手が本当に自分のことを好いてくれているならお金を貢がせようなんてしないよ? 幸本さんもさ…いくら好きでも、お金で振り向かせようとするなんて…虚しくならない?」

「…私の話を一生懸命聞いてくれたの。頭いいし、かっこいいし、マメに連絡くれて……必要とされて嬉しかったの…」


 …寂しかったということ?

 高校の後輩である紅愛ちゃんのことが一瞬頭によぎったが、こちらもこちらで中々ディープな……

 しかしここでグダグダ悩んでいても仕方がない。私はなんとか解決方法を模索しようとスマホでインターネット検索をした。


「近くの警察に電話して相談しよう!」

「えっ!? やだ! 親にバレたら怒られちゃう!」

「バカじゃないの!? 娘が知らない所で不特定多数の男に体を売っている事実を知ったほうがショックに決まっているでしょうが! そんなこともわからないの!?」


 こんな時まで何をバカなことを言っているんだ! 親に知られるくらいなら身体売ったほうがマシだとでも言いたいの!? 


「迷惑かけたくないの! 私は無理を言って一人暮らしさせてもらってるの。親からの仕送り使い果たして、大学にも通わなくなったと知られたら…がっかりされちゃうよぅ…」

「…あ、もしもしすみません相談したいんですけど、ホストクラブでぼったくりされて、風俗に売られそうになっている子がいるんですけど…」

「きゃーっ!」


 幸本さんは電話をしている私を阻止しようとしてくるが、私は華麗にそれを避けてやる。

 あなたは痛い目にあったほうが良い。親や警察にお世話になって自分がしでかした浅はかな行動を反省したほうが良い。

 がっかりされちゃう? 身から出た錆だ。


 電話口の警察官から「直接話を聞いたほうがいいから、最寄りの警察署に来れますか」と聞かれたので、これから被害者を連れて伺うと電話を切って振り返ると、幸本さんの背後にスーツ姿の男がいた。気障ったらしいスーツのデザインや着崩した着方が大学にはそぐわない出で立ちだ。

 …そいつは、ホストクラブで見かけたホストだった。今の電話相談内容を聞かれていたかもしれない。…まずい。

 私は幸本さんの腕を掴むと叫んだ。


「…走るよ!」

「えっ!?」


 幸本さんを風俗店に売り飛ばす為に、大学までやってきたんかい! マジか! ガチじゃないですか!

 幸本さんは目を白黒させていたが、説明している猶予はない。逃げなくては!


「おい! 待て逃げるな!!」

「待てと言われて誰が待ちますか!」


 大学の中にまでホストクラブの人間がやってくるとは想定していなかった。このホストはあの日私の隣でしきりに高いボトルを入れようとさせていたホストじゃないか!

 ホストが幸本さんを捕獲しようとしてきたので、私は彼女の身体を引っぱって避けながら逃げた。

 状況を把握した幸本さんは顔面蒼白にさせている。


「たばっ田端さん!?」

「身体を売りたくなければ死ぬ気で走れ!」


 私は死に物狂いで最寄りの交番を目指していた。だってここから一番近い警察署に行っていたら間に合わない。絶対に捕まる! そうなれば男の力には絶対敵わないから、幸本さんを連れさらわれてしまうこと必須である。 

 とりあえず交番に駆け込んで保護してもらおう!!


 ちなみに大学の事務局はトラブルごとではあまり役に立たないから、こんなときは国家権力に助けを求めるべきだと思うの!!


「待て! このクソアマァァ!!」

「嫌でーす!」


 私達と黒スーツのホストが大学構内で本気の追いかけっこしている姿を、先輩が目撃していたとかそんな事全く気づかなかった。


「田端さんっ足が痛い!」

「おだまり! ゴールはまだ先だよ!」


 こんなに走ったのは久々な気がする。私はひたすら、交番に向かって駆けていた。

 ホストに溺れて、恋に破れた憐れな彼女の腕をしっかり握ったまま。


 だってあそこで連れさらわれるのを見送るのって寝覚め悪いじゃないの。 


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