私は確信した。二人は気が合うであろうと。

「あやめ先輩! ハッピーバレンタイーン♪ あたし頑張ってお菓子作ってきました〜」

「ありがとう植草さん。何のお菓子? 香ばしい匂いがする」


 バレンタイン翌日の2月15日。二次試験前最後の登校日である今日、三年の教室までわざわざ差し入れを届けてくれた植草さん。

 彼女の明るい笑顔に私まで頬が緩んだ。


「イタリアのスフォッリャテッラっていうお菓子なんです。外はサクサクで中はクリームがたっぷりでとっても美味しいんですよ」

「へぇ~初めて聞いた。ありがとう。私もこれあげる。フォンダンショコラなんだけど」


 今年はあまり量を多く作れてない残り少ないフォンダンショコラ(義理チョコ用)だが、友人たちは学校に来ないから渡せないし、ちょうどいいくらいだと思う。

 そのうちの一つを植草さんに差し出した。


「やったぁ! ありがとうございます! 先輩、後もうちょっとで二次試験ですけど、踏ん張ってくださいね!!」

「うんありがと」


 植草さんは私に激励を贈ると両手をブンブン振って三年のクラスから離れていった。

 今年のバレンタインは何だか寂しいな。

 うちのクラスは静かだし…受験生だし、人数が少ないから仕方がないんだろうけど。


 教室にはもう国公立志望、後期試験受験の生徒しかおらず、ガランとしている。

 私の友人たちはほぼ試験を終えて自由登校に切り替わっており、今現在クラスに残っている仲のいい友人は崖っぷち状態の沢渡君くらいである

 彼にお裾分けの義理チョコを渡すと喜んでいたが、毎年義理チョコをくれる同じ学年の女の子達が軒並み自由登校な為にもらえる量が少ないことに凹んでいたようだ。



 帰り際に保健室に寄って眞田先生に義理チョコ渡して、帰りには…あ、そうだ。柿山君にも渡しておこう。今年も和真の件でお世話になったし。


 午後の補講を終えた私は荷物を持って、隣のクラスに直行した。うちの担任の話が長かったので、もしかしたらすでに帰ってしまっているかもと思ったが、柿山君はまだ教室に残っていた。


「柿山君! おーい!」

「? なんだよ田端」

「これこれ。友チョコあげる。今年は卒業しちゃうし、お返し本当にいいから。和真がお世話になったお礼だよ」

「お、おう…悪いな」

「柿山君も試験頑張ってね! それじゃバイバイ!」


 柿山君へ渡したら、お次は眞田先生だ。

 保健室にまだいると思うんだけど……




「ほれっ、取ってこい!」

「キャフッ、キャワワワワン!」

「あっマロン!?」


 中庭をショートカットしようとしたらマロンちゃんに飛びつかれた。

 まさかここにマロンちゃんがいるとは思わずに、私は彼女の突撃にたたらを踏んでしまった。

 …マロンちゃんがここにいるってことは…


「…陽子さん…どうもお久しぶりです」

「ごきげんようあやめさん」

「コロ、どうした帰らないのか?」


 陽子様のトレードマークである真紅のコートが学校の地味な風景ではミスマッチに映る。

 …この二人本当にどうなってんの? もう既にお付き合いしてるわけ? めちゃめちゃ質問したいけどそれを我慢して、私は眞田先生に紙袋を手渡す。


「先生に去年渡せなかった義理チョコ渡しておこうと思って」

「あぁ、コロは律儀だな。ありがとよ」


 眞田先生にワシャワシャ撫でられた。これが最後のワシャワシャになるだろうから出血大サービスだ。我慢してやろう。


「あら奇遇ね。私も眞田さんに義理チョコを渡しに来たのよ」

「…義理チョコ…?」


 え……てことはお友達ってこと?

 私は陽子様を見て、眞田先生に視線を向けた。


「すごいんだぞ。マロンの写真がプリントされたチョコレートを貰ったんだ。もったいなくて食べられなさそうなんだよ〜」

「眞田さんのように柴犬愛の強いお友達が出来て、私とても嬉しく思ってますのよ」


 眞田先生に陽子様からのチョコを見せてもらったらマロンちゃんの写真プリントされたチョコや彫刻されたようなマロンちゃんチョコが入っていた。

 え。これ作ったの? ……それとも作らせたの?


「よ、よかったっすね…」


 なんかよくわからんが二人はお友達らしいよ。

 だけどとにかくこの二人は気が合うらしい。目の前でペラペラと柴犬談義を始めている。

 …私にはこれ以上申し上げることは何一つない。

 柴犬教の布教が始まる前に二人に挨拶を済ませると、そそくさと昇降口に向かった。



「あやめさん!」

「雅ちゃん! ゴメンね待たせた?」

「まだ約束のお時間じゃありませんもの。私が勝手に早く着きすぎただけです」


 正門前にはお嬢様学校指定のコートを身にまとった雅ちゃんが鼻を赤くさせて私を待っていた。

 今年はバレンタインにお互い友チョコを交換しようと約束していたのだ。何処かで待ち合わせても良かったけど、雅ちゃんがこっちに来てくれると言ってくれたので放課後に学校の正門で待ち合わせていたの。


「はい私からはフォンダンショコラだよ。温めて食べてね」

「ありがとうございます。私からはスノーボールです。お勉強の合間に摘める物をと思って」

「わぁ嬉しい! 美味しくいただくね」


 私達はお互いのバレンタインギフトを交換した。

 去年雅ちゃんに貰ったブラウニーも美味しかったから絶対これも美味しいに決まっている。

 勉強頑張ったご褒美に食べちゃおう。


「あの、あやめさん。お時間に余裕があるならいつものところでお茶でもいたしませんこと? 息抜きも兼ねて」

「あ、いいね」

「あやめちゃん!」

「! …花恋ちゃん、どうしたの? 学校になにか用事?」

「ううん! あやめちゃんに用事があって!」


 バレンタインギフトを交換し終えた雅ちゃんに行きつけの喫茶店に誘われたので、息抜きがてらその誘いに乗ろうとしたら、ここにはいないはずの花恋ちゃんに声を掛けられた。

 自由登校に切り替わった彼女は制服ではなく、彼女のお気に入りである白いコート姿だった。


 私に用事?

 なんだろう。二次試験の激励をわざわざしに来てくれたのかな。何も連絡がなかったから彼女の用事がわからずに私は首を傾げる。

 花恋ちゃんは私を見てえへへと微笑むと、「はい!」と紙袋を差し出してきた。


「あやめちゃんにバレンタインのお菓子作ってきたからあげる!」

「…あ、ありがと……」

「今年はね、マカロンに挑戦したんだ! 受験勉強の合間にでも食べてね!」


 あぁ…それか……

 ………やばい。交換しようなんて言われてなかったから花恋ちゃんの分の友チョコ残してないよ!

 

「…花恋ちゃんごめん…もう友チョコ配りきって残ってないんだ……」

「いいよ! 私が勝手に来たんだし!」

「本当にごめん……その代わりホワイトデーにお返しするね」

「気にしなくていいってぇ!」


 私としたことが抜かった。

 植草さんにお菓子をもらった直後にクラスの男子がこっちを恨めしそうに見てたから、自分が作った分を恵んでやったのだが……それが仇となったか…!


「……あやめさん、その方が前もって連絡してこなかったんでしょ? お気になさることないかと思いますよ?」

「雅ちゃん……」

「私はちゃんとあやめさんとお約束した上で交換しましたもの。事前に連絡をとって相手の予定を確認するのは大事ですものね?」


 ふふん…と雅ちゃんは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべている。そんな顔しても美少女だけど、何でいきなりそんなことを……

 ほらほら花恋ちゃんがムッとした顔してるし…!

 

 伊達先輩の失言事件から二人の関係は友好的になったかなと思ったのは気のせいだった。

 顔を合わせたら何かに付けて競い合うんだから! 


「……あやめちゃん、やっぱりホワイトデーにお返ししてくれる?」

「え、あ…うん。もちろん」

「私と田中さんでドッグカフェにいこ? それがいいな」

「…いいよ、うんわかった」


 私がドッグカフェに行くとわんわんパラダイスになるけどいい?

 以前花恋ちゃんとドッグカフェに行ったことあるんだけど、花恋ちゃんと喋ろうとすると嫉妬するワンちゃんが出てきて、相手するのが大変だったからあまり会話できなかった覚えがあるんだけど……


 ホワイトデーなら受験も終わった後だし、ドッグカフェなら全然。最近田中さん(花恋ちゃんの愛犬コーギー♂)とも会ってないしたまにはね。


「……ご用はお済みかしら? 私達今から行きつけの喫茶店に参りますのでここで失礼いたしますね」

「…行きつけの喫茶店…!? ちょっと、あやめちゃんは二次試験を控えてるんだよ? 少しは気を遣ったら?」

「……息抜きするくらいがちょうどいいでしょう。あやめさんは今まで頑張ってきましたもの。きっと大丈夫ですわ」


 二人共、お願いだから争わないで。

 ほらほら下校中の生徒がこっちに注目してるじゃないの。


「ふ、二人共落ち着いて…」

「あやめさんはどっちの味方ですの!?」

「あやめちゃんはどっちの味方なの!?」


 選べるわけがないじゃないの。二人共仲良くしておくれよ。


「…二人共大好きだから選べないよ……」


 困り果ててそんな返事しかできなかった私だが、わかったことが一つある。

 この二人、結構気が合うんじゃないかって。

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