この程度の脅しに負けていたら社会に出た時やっていけない。とはいうけど十分追い詰められてるから追い打ち止めてください。


 センター入試翌日。

 学校にて自己採点を行った私は結果を見て深い溜め息を吐いていた。


「………はぁ〜」


 自己採点結果は86%だった。なんとか目標は超えたようだ。

 しかし油断はできない。私には二次試験が待っているのだ。

 これから国立大学の志望学部に志願して、2月下旬の二次試験を受験する。そして卒業式の数日後に合格発表があるのだ。

 それが終わるまでは私の緊張は解けない。


 私大希望の人でセンター利用試験で合否が決まる人が喜んだり凹んだりしている中、まだまだ二次試験が待ち構えている人達は、センターの結果に一喜一憂している様子であった。

 特に国公立希望の人はセンターで点数を落とすと致命的だからね。


 これから自由登校に入るが、私のような二次試験を受ける人間や、センター入試で絶望的な点数をとった人は進路を変えて、後期の一般試験を受けるために補講がある。


 明日からまた、勉強漬けの日々が待っているのだ。



 ひとまず、現在勉強中であろう先輩を安心させるために自己採点の結果をメールで報告しておいた。

 先輩は後期試験前だからまたしばらく会えないんだよね。だから試験勉強頑張ってくださいと一言添えておいた。



 ☆★☆



「ん、お土産」


 1月後半に修学旅行に行っていた和真がお土産を買ってきてくれた。行き先は私と同じ京都だ。

 弟に渡されたのは学業守だった。


「あ、お守り! これ北野天満宮のでしょ。私も去年先輩に買って帰ったもん」

「ふたつも学業守があればご利益二倍だろ。無理しないで頑張れよ」

「ありがと」

「それとこれ、橘先輩に会った時に渡しておいて」


 そう言ってビニール袋に入ったおかきを渡される。

 この間相談に乗ってもらったことで先輩には恩を感じているようだ。 和真と先輩は同じ弟の立場だから話が合ったのだろうか?

 それはともかく二人が仲良くなったようで、なんだか嬉しい。


 空手道場に顔出してくると出かけていった弟を見送ると、私は部屋に戻って自分の学生鞄に和真から貰ったお守りを括り付けた。

 ふたつ並んだ学業守を見て頷くと、中断していた勉強を再開したのである。





 翌日の学校で鞄のお守りが増えてることをユカに指摘された私は和真から修学旅行のお土産で貰ったと話すと、どこかで聞き耳を立てていた林道さんが「私には金平糖だったのに!」と頬を膨らませて文句をつけてきた。

 そんな事言われても。…貰ったものをケチつけるのは良くないよ。

 だいたい私は和真の姉だから。血の繋がった姉に嫉妬すんの止めて。と言ったら「でも悔しいんだもん!!」とうるさかった。


 私は国立大に進むけど、ユカと花恋ちゃん、林道さんみんなそれぞれ異なる私大へ進む予定だ。

 ユカは英文科で、私大のほうがカリキュラムが魅力的だから選んだそうな。

 林道さんは女子大へ。彼女は保育関係の仕事に就きたいらしい。なんとなく似合う気がする。

 私学希望の2人は2月上旬に二次試験を控えており、受験後は私より一足先に自由登校に入ることになる。


 友人達とこうして過ごすのはあと僅かなのだなと少し寂しく感じた。就職組のリンは先日内定を貰って、自由登校に入ったので自宅学習をしている。他にも私大のセンター利用試験、推薦入試などで合格をもらった生徒達は軒並み自由登校。

 花恋ちゃんはセンター利用試験で、合格圏に入っていたので彼女も自由登校に入っている。


 そしてクラスの問題児の沢渡君はセンター利用試験で致命的な点数をとった人間で、この後担任と受験について熱く語ることとなるだろう。第一志望の大学は落ちてしまったので、第二志望の後期試験にすべてを賭けるしかない。

 だけど彼ならまた奇跡を起こす、そんな気がしている。


 自由登校に入った生徒がいるため、クラスの中には不在の席が点在しており、少しだけ寂しく感じた。





「いいか? ここで油断して落ちた奴を俺は見てきた。調子こいて油断したら……明日は我が身だぞ」


 帰りのHRで担任が脅しの説教をするのにクラスメイト達は表情をこわばらせていた。

 発破をかけるにしても、他にやり方があると思う。社会に出たらそんな脅しなんていくらでも…と言われるかもしれないけどさ、受験生達は十分追い詰められてるからもう勘弁してほしい…


 勉強より担任の説教でげっそりした私は、これ以上教室にいたくないので早く家に帰ろうと教室を出たのだが、教室の外には満面の笑顔の植草さんがいた。


「あ、植草さん…どうしたの?」

「先輩! ちょっと息抜きして家でご飯食べません!? あたし腕ふるいますよ!!」


 息抜き。ご飯。

 ちょっと前の私ならその誘いをやんわりお断りしていたことだろう。


「あー……うん、そうだね。お言葉に甘えようかな」

 

 しかし、自分を追い詰めてたら悪化するというのは先月ちゃんと学んだので、私は彼女の厚意に乗ることに。

 クラスがピリピリしてるから、割増で彼女の太陽のような笑顔が暖かく感じるわ…


 


 植草家に遊びに行くと植草ママンの熱い歓迎が待ち構えていた。やっぱり私はギクシャクと挨拶をし返す。そして中に案内されると、おもてなしのエスプレッソを頂いて頭がシャキッとする。いつもと同じ。


 勉強してて! と植草さんと植草ママンに言われたのでお言葉に甘える。私はノートとテキストを広げて、今回のセンターで引っかかった問題を問いていた。

 不安になって何回かマークシート直したけど、結局一番最初の答えが合ってたんだよね……あるある。


「あやめちゃんそこ違うよ。教科書に載ってない?」

「……こんにちはお兄さん」  


 問題を黙々問いていたらいつの間にかリビングに入ってきてた植草兄に間違っている所を指摘された。

 ちょっとびっくりして反応が遅れたが、植草兄はテーブルに置いていた私の教科書をパラパラめくり始めた。彼から的確なアドバイスをいただき、その後ご飯が出来上がるまで植草兄は私の受験勉強に付き合ってくれた。

 そういえばこの人理工学部生だった。私の希望している専攻学科とは違うけど、やっぱり理数系が得意分野なんだろうな。


 のり君事件以来本当にこの人、私に対する態度が軟化したな。まるで橘兄のときのようで正直戸惑っている。

 妹に近づかないでと牽制してきたシスコンの影が薄れている気がする。

 


「お待たせー二人共お腹すいたでしょ~?」

「あやめ先輩! 今日はジェノベーゼですよーそれにカプレーゼ、カルツォーネに鮭のマリネ!」

「クレアが殆ど作ってくれたから楽だったわぁ。いつもこうなら良いのに…」

「批評されるから嫌〜」


 料理が出来たと声がかかったので、私は開いていた教材を片付けた。

 植草兄には教えてくれてありがとうございますと言うと、「いーえどういたしまして」と微笑まれた。

 ……その微笑みにちょっとドキッとなんてしてないぞ。気のせいだ。このちょい悪イケメンめ。色気漏らし過ぎだから。

 久松もお色気系だけど、こっちは大人の悪いお兄さんの雰囲気があるからちょっと違うんだよ。

 

 植草さんが腕をふるった料理はどれも美味しかった。

 デザートにはズコットという変わった形のケーキを出された。綺麗だったので思わず撮影してしまったが、これは是非とも自分も挑戦してみたいケーキだ。実に美味だった。

 植草さんと植草ママンの料理に舌鼓を打った私は胃も心も満足して、植草さん同乗の上で植草兄の車で家まで送ってもらった。


「じゃ! 先輩また明日」

「うん。ありがとうね。お兄さんもありがとうございました」

「どういたしまして。受験勉強頑張って」


 エンジンのうるさい小さなイタリア車が走り去るのを見送ると、私は家へと入っていった。


 植草さん達のお陰で明日からまた頑張れそうな気がした。

 とりあえず植草兄に教わった所を忘れないように復習をしっかりしておくことにする。


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