小話・ 幼き頃の先輩、そして私と彼のお母さん。

夏休み前、あやめが英恵と二人で会った時の補足話。

ーーーーーーーーーーーーーー


『…亮介、仕方がないだろ、お父さんは仕事なんだ』

『…だって…』

『お前はお父さんみたいになりたいんだろう? なら頑張れって応援しないと』

『…絶対に行くって言ってたのに……』


 幼い弟を宥めるのは幾分か年上のお兄ちゃん。彼は押入れに立てこもっていじける弟をとりあえず外に出そうと説得しているが、弟の方は完全にへそを曲げている状態だ。

 これは絶対に出てこないパターンかもと諦めかけたお兄ちゃんの肩を叩く人物が一人。彼は押入れに近づくと、そっと声を掛けた。


『なら亮介、じいちゃんと行くか? ずっと行きたがっていたもんな。写真をたくさん撮って、お父さんに見せびらかしてやろう』

『でもじいちゃんは、町内会の人と約束があるって…』

『なーに、お隣の佐々さんなら、予定がズレても許してくれるさ。そうと決まれば早く出てきなさい』


 祖父の言葉に従って、のそのそと押し入れから出てきた少年。先程まで泣いていたのか彼の目は赤く充血している。だが大好きな祖父がそう言うのであればと彼は出かける準備を始めた。



☆☆☆


「…それで、恐竜博で撮影したのがこれなの」

「亮介少年…かわいい…」


 お祖父さんと手を繋いで、無邪気に笑う亮介少年(小1)の腕には恐竜・トリケラトプスのフィギュアが抱えられていた。

 彼氏のお母様と一対一でお話をしている時に、彼の昔のアルバムを見せてくれないかとお願いしたら快く見せてくれた。英恵さんの説明付きで写真を眺めていたが…どれもかわいい……しかし、馬鹿やっている写真が一枚もないのが解せない。

 誰だって一枚くらいは黒歴史写真があると思っていたのに…

 

「…昔から、あの子達には我慢ばかりさせて…本当に私は駄目な母親だわ」

「え…」


 私がじっくり写真を見ていると、英恵さんがボソリと何かを呟いた。


「……私ね、自分の両親も検察官だったのよ」

「あ、そうだったんですか」

「だから…私も同じ道を歩むというのは昔から決まっていて、決まったレールの上を親の言うとおりに歩いていたの。それが当然だと思っていたわ。…仕事の関係で予定がなくなるも当たり前だと思って育っていたから……私が世間一般の親と感覚がずれている意識はあるの」

「………」


 どうしたの英恵さん。急に。写真見てたら思い出しちゃったのか? 結構暗い話だったりしますか? それ私に話しても問題ない話ですか?

 私は内心少し焦っていたが、口を挟める空気じゃなかったので、彼女のボヤキのような話を黙って聞いていた。


「恵介が物分りが良すぎる子だったから甘えていたけど……亮介は必死に訴えていたのにね。……あの子が、私達によそよそしくなった時ようやく…私は親には向かない人間なんだわって気づいたわ」

「いやぁ…そんな事は」

「いいのよ…そんな親に、彼女のことを紹介したいだなんて思わないわよね……」


 ずーん、と英恵さんは凹んでしまった。

 私はなんて返せば良いんだろうか。そんな事ないですよとか言っても、私の言葉だと軽すぎるだろうし…


「多分、まだ付き合って日が浅いからだと思いますよ! だってまだ半年にも満たないですもん!」

「…でも、あなたのご両親とは亮介、もう挨拶しているんでしょう?」


 ギクッとした。

 そ、それはそうなんだけど、先輩の要望だったしなぁ。私はまだ挨拶しなくていいって言われてたし。


「…私も親御さんに紹介してもらえないのは何でかなって不安に思ってましたけど…亮介さんきっとお仕事の邪魔をしたくなかったんじゃないですかね!」

「……そうかしら…」

「家族のカタチなんて色々なんですから! 普通なんてないんですよ。どんなことがあったにしても、亮介さんはすごく素敵な人に成長したんですから大丈夫!」


 無理やりそう結論づけた感が否めないけど、結果そうでしょ。

 大丈夫。先輩は小さな子供じゃないんだから。英恵さんが思うよりも先輩は強くなっているはずですよ。


「……ありがとう」


 英恵さんにお礼を言われた。だけど別にお礼を言われるようなことは言えてない気がする。…根本的な解決には至っていないし。

 …きっと英恵さんも悩んできたのだろう。…私の拙い言葉でちょっとでも気が楽になっていたら良いんだけど。


 私は苦笑いを返すと、写真に目を落とした。

 英恵さんがまた写真の説明をしてくれたので、私はそれを聞きながら、幼い先輩の写真を堪能したのである。


 …隅から隅までアルバムの写真を見たけども、先輩の恥ずかしい写真なんて見当たらなかった。

 橘兄弟の泣き叫んでいる写真とかないのかな…と邪な気持ちで見てたのに……残念だ。

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