先輩との初詣デート。とある方々との遭遇。


「うわぁすごい行列」

「昨日よりは減っているとは思ったけど…やっぱり人が多いな」


 1月2日の今日、私は先輩と神社に来ていた。

 受験勉強の息抜きも兼ねて、先輩が初詣に誘ってくれたのである。

 だけど毎年目にする参拝客の行列を見て私はウッとなった。皆考えることは同じってことか。


「取り敢えず並ぶか」

「はい…」


 行列に並ぶのはしんどかったけど隣に先輩がいるし、お喋りしていたら待っている時間が短く感じた。それが錯覚なのはわかってるんだけどね。

 ようやく自分たちの番になった時、私はここぞとばかりに千円札を財布から取り出す。

 ちょっとだけ躊躇ったけど今年は奮発だ。

 壱万円じゃないのかというツッコミは受け付けない。千円でも大金なのに壱万円なんて賽銭できるわけ無いでしょ。


 千円札を賽銭箱に投げると、私は念を込めて大学合格を祈った。大事なのは自分の実力と運なんだけど、こういう時は神に縋りたくなるのだよ。

 長々と祈っていたのだが、先輩に後ろの人が待ってるからと促されてしまったので仕方なくお祈りを終えた。


 その後社務所に行っておみくじを引いたのだが、私は吉だった。可もなく不可もなくである。でもまあこんな時期に凶を引いたりしなくてよかったよ。ちなみに先輩は中吉だ。

 おみくじには特にめぼしいことも書いていないので、そのおみくじを神社の木に括り付けておいた。

 


「…亮介」

「! 父さんも来てたのか」

「あ…明けましておめでとうございます」


 おお、こんなところで再会か橘父。ここが家から一番近いもんね。

 私は橘父に向けて頭を軽く下げると新年の挨拶をした。

 

 先輩は大晦日と元旦に実家へ帰ったそうだが…最近お父さんとはどうなのだろう。先輩こういう事あまり話さないからなぁ。だからこっちも聞きにくくて。


「……君は確か…あやめさんか。明けましておめでとう…髪を黒くしたのだな」

「根本が目立ってきましたし、もうすぐ受験なので」

「…先日も思ったのだが君は少々化粧が濃いんじゃないかな」

「……すいません。化粧をしないと人様にお見せ出来るような顔じゃないので…」


 この人…先輩とやっぱり親子だな。同じこと言ってるよ!

 今でこそ先輩は私の化粧に口出ししないけど、たまにすっぴんを見られると顔面にめっちゃキスされる。想定するにあまり化粧は好きじゃないらしい。

 ……それを狙ってうちで勉強する時、わざとすっぴんでいることもなくはない。


「…造形は悪くないと思うが…化粧なんて肌に悪影響なだけじゃないのか…」

「女性ならいつか通る道ですよ…スキンケアはちゃんとしてますんで…」


 これが橘兄なら適当にあしらえるのに、お父様だとそんな事できないわぁ。

 橘父は私の顔をマジマジ眺めていたが、諦めたようにため息を吐いた。


「…入試はいつなんだ?」

「え。あ、一次のセンターが今月の15と16で、二次は来月下旬に…」

「そうか。…この時期インフルエンザや風邪が蔓延しているから多少苦しくてもマスクを装着していたほうが良いぞ」

「あ、どうも…」


 なんか体調の心配された。

 そうね。感染症は怖いよね。帰ったらうがい手洗いちゃんとします。


「じゃあな。…亮介も体調崩すんじゃないぞ」

「あぁ…」


 橘父は先輩にそう声をかけると神社の境内に歩いて向かっていた。初詣に一人で来たのだろうか。

 先輩は緊張していた体を弛緩するように大きく息を吐きだしていた。

 父親を前に緊張していたのか。

 …親子間のギクシャクはそう簡単に解消はしないか。


 お父さんの背中を見送ってぼんやりとしている先輩の手を掴んで社務所のお守り売り場を指差した。


「先輩、お守り見に行ってもいいですか? 私、学業のお守りが欲しいんですよ!」


 気休めにしかならないと思うが、お守りを買っておこうと思っていたんだよ。

 学業守の中から一つお守りを手に取ると先輩に「それがいいのか?」と尋ねられた。

 お守りだから可愛いのがないんだよね。目についた青紫色のお守りをたまたま手に取っただけなんだけどこれも学業のお守りだから別にこれでも良いか。


「そうですね、これにしようかな」

「じゃあ買ってやる。去年俺もお前に買ってもらったからな」

「いいんですか? ありがとうございます!」


 去年の修学旅行でのお土産のお守りのお返しで先輩がお守りを買ってくれた。

 …これは…来年になっても神社に返納できないかもしれないな…

 取り敢えずこの人混みの中で買ってもらったお守りを失くさないように鞄の中にしっかり収めておいた。


 お目当てのものは入手できたので、私達は人混みではぐれないようにしっかり手を繋ぎ、神社の境内に繋がる道に並ぶ屋台を冷やかしながら歩いた。

 朝早くに出かけたから小腹がすいたな。先輩にお腹空いていないか尋ねると、先輩もお腹すいたそうだから朝ごはんがてら何か食べようかという話になった。


 お正月といえば海外でも有名なサイレントキラーお餅が屋台に出回る。

 家でも母さんがお雑煮を作ってくれたけど、折角だからここでもお餅が食べたい。メジャーなお汁粉にお団子、揚げ餅に磯辺焼き、あっちにはモッフルがある。

 何にしよう。


 先輩は餅ではなくて肉まんと温かい汁物を買っていた。餅は昨日たくさん食べたからいいんだって。

 私は磯辺焼きともちポテトを選んだ。


 空いていた席に座ってふたりで朝ごはんを食べていると、キョロキョロと何かを探している英恵さんの姿を見つけた。

 ……あれ、もしかして橘父と一緒に来てたのかな。だけど一人でいるみたいだ。

 先輩もお母さんの英恵さんがいることに気がついて、座っていた椅子から腰を浮かせると彼女に声を掛けた。


「母さん? 父さんとはぐれたのか?」

「亮介、それにあやめさん」

「どうもお久しぶりです。新年明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう」


 私も席を立って英恵さんに挨拶したのだが、彼女の手元が気になってそっちに目が行った。

 英恵さんの両手には沢山、屋台で買ったでのあろう食べ物があった。

 それ一人で全部食べるつもりなのだろうか。


「屋台で買い物をしてたから、お父さん一人で先に行っちゃって…亮介、お父さん見なかった?」

「20分前くらいに境内近くで会ったが…」

「…もう…いつも一人で勝手に行くんだから…」


 英恵さんは諦め半分の溜息を吐いていた。

 分かる。うちの父さんも買い物に行った時、一人でマイペースにスタスタ行くから荷物持ちにもなりゃしないと母さんが愚痴っていたもの。なのに高いお菓子とかおつまみを勝手にカゴに入れようとするから一緒に買い物に行きたくないと言っていた。


 橘父をずっと探していたらしいが、この混雑で電話も繋がりにくいそうで。

 このまま探しても非効率だから、ここで座って待っていないかと提案した。


「…母さん…買いすぎじゃないのか」

「こ、これは…恵介達にお土産を」

「それでも買い過ぎだろう…母さん、甘いものを摂るのは良いけど限度があるだろう?」


 英恵さんの甘い物好きを知ってしまった先輩は英恵さんが購入した甘味の数々を見てため息を吐いていた。

 彼女の手にはお汁粉、提げられたビニール袋にはカステラ焼き、たいやき、団子、サーターアンダギー、甘栗、いちご飴など沢山のおやつ系屋台名物が入っていた。

 どんだけ食べるつもりなの英恵さん……


「いやだからお土産…」

「隠さなくてもいい。もう知ってるから」


 英恵さんの食い意地を知ってしまった先輩は少しだけ、英恵さんとの距離が埋まっている気がする。親近感でも湧いたのかな。

 しかし今の今までお母さんの甘い物好きに気づかなかったのはすごいな。英恵さん、隠していたのだろうか。


「屋台に行く機会ってたまにしかないから買い過ぎちゃうの分かります。カステラ焼きとか美味しいですよね」


 私は英恵さんをフォローしようとしたのだが、先輩は手厳しかった。

 私のフォローを難なく流してしまった。


「健康診断で引っかかったの知ってるんだぞ。ばぁちゃんが心配してたんだからな」

「大丈夫よ。お薬飲んでるから…」

「薬に頼るのは良くない」

「まぁまぁ先輩…」

「病気になってからじゃ遅い」


 宥めようとする私まで睨まれてしまった。サーセン。

 あららあんなにギクシャクしていたはずのお母さんに説教できるくらいになったのね。

 息子に説教されている英恵さんは気の毒だけど、先輩とのギクシャクが少し解消されたのを知って私は嬉しくなった。

 

 うーん、でも糖分とり過ぎは良くないよね。私もカフェインとり過ぎで体おかしくなったし、何事も程々が大事だ。

 バレンタインに先輩にあげるついでに、英恵さんにもおすそ分けしようと思ってたけどやめておいたほうが良いかな。


「じゃあ…バレンタインのお菓子も渡さないほうが英恵さんのためですかね」

「えっ」

「…あやめは受験前なんだから今年は用意しなくてもいいが…」

「いえいえ、なにか作っていると頭の中整理できるんで気分転換になるんですよ私。ずっと机に向かっているとまた情緒不安定になりそうなんで息抜きも兼ねてるんで」

「…そうか?」


 お菓子作りに丸一日潰れるわけじゃないし、心配しないで欲しい。

 頭がいっぱいな時に掃除とか料理してると冷静になるんだよ。全く無理はしてないから。


「今年はフォンダンショコラに挑戦します! 大丈夫ですよ今年もビターチョコレート使用しますんで」

「楽しみにしてる。…だが本当にきつかったら無理しなくていいから」

「大丈夫ですって」


 こないだのような情緒不安定にならないように息抜きも必要なの。自分を追い詰めない手段だ。

 目前にセンター入試が迫っているが、私はバレンタインが待ち遠しくて仕方がなかった。


「あの…」

「母さんは兄さんや父さんの分まで食べてしまうだろう。だから駄目だ」

「そんな…」


 英恵さんが目に見えてショックを受けている。

 ちょっと可哀想だけど仕方ないな。


 その後先輩が英恵さんに甘いもの摂りすぎるの良くないとくどくど説教しているのをしばらく眺め、英恵さんがすっごい凹んでいるところで橘父が再登場した。

 橘父は凹んでいる英恵さんを見て訝しげにしていたが、彼女の荷物を見てなにか察したようだ。


「…亮介、無駄だぞ。英恵は何を言っても聞かない。結婚する前からそうだったから」


 橘父は諦めきった様子で息子にそう告げていた。

 先輩はお父さんのその投げやりな態度に少し苛ついたようで橘父を軽く睨みつけていた。


「父さんは母さんが病気になってもいいのか」

「…よくはないが、聞かないんだから仕方がないだろうが」


 ほんの少しの変化だったけど、息子の反論に対して橘父は驚いた顔をしていた。

 ……目の前で親子喧嘩の気配がするな。

 …なんだよ。なんだかんだ言って喧嘩できるほど仲いいんじゃないかこの親子。


 私の前ではしょんぼりしながらカステラ焼きをもぐもぐしている英恵さんがいる。

 …言ってる傍から甘い物食べてますけど放っておいていいの?


 私は新年早々彼氏とその父親の討論【母親の甘味多量摂取問題】を眺めることとなったのである。


 

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