永遠の愛というのは存在するのだろうか。叶うならこの先もずっとあなたと一緒にいたい。

「あー惜しいね残念」

「………」


 お祭り会場をぶらついていると射的ゲームを見つけた。久々にやってみたくなって挑戦したが、浴衣なのが悪かったのか全然商品に当たらなかった。


「もう一回!」


 射的ゲームの店主に500円渡すと私は浴衣の邪魔な長い袖を腕まくりした。

 したんだけど、隣にいた先輩に元に戻された。


「袖が邪魔で撃ちにくいんです! 後で直しますから」

「…どれが欲しいんだ。ぬいぐるみか?」

「自分でGETしないと意味ないんで大丈夫です」


 先輩が射的を代行してあげようと声を掛けてくれたが、そうじゃないんだ。自分で取ることに意味があるのだ。

 腕まくりをし直して、射撃の名人みたいに身をかがめて獲物に狙いを定めた。



「全然取れなかった…腕落ちたなぁ…」

「だから代わると言ったのに」

「自分で取らないと達成感を味わえないんです!」


 あの後やっぱり命中できなかった射的ゲームを早々にリタイヤした私はがっかりしていた。

 あの射的、失敗するように仕掛けられていたんじゃないのか? 前はもっと簡単に落ちたのに。

 射的屋の不法行為を疑う私だったが、通りすがりに型抜き屋が目に入った。中では小学生が群がってワイワイと型抜きを楽しんでいる様子が伺える。

 その中に混じって身体の大きな子供が一生懸命小さな絵を壊れないように型抜きしようとしている姿があって私は吹き出してしまった。


「どうしたあやめ」

「あれ」

「…あぁ山浦か…あいつ一体何枚挑戦してるんだ?」

「箕島さんも一緒に熱中してますね…楽しそうだから良いんじゃないですか?」


 先輩の指摘どおり、山ぴょんの手元には失敗作の残骸の山が出来上がっている。いくらつぎ込んだのかは定かではないが、二人共無言ながら楽しんでいるようだ。


「…そう言えば山浦は以前別の女子と付き合っていた気がするんだが」

「あぁ去年文化祭前に別れたんですよ。箕島さんは前の前の彼女なんですけど、復縁希望なんですって」

「そうだったのか」

 

 二人の邪魔はしたくないので私達はそのまま通り過ぎようとしたのだが、その二人の前に背の高い女の子が近寄っているのが見えたので私は足を止めた。


「…大志」

「ん? …あ、真優…」

「箕島さんと…お祭りに来たの?」


 山ぴょんの元カノ真優ちゃんの登場である。山ぴょんは真優ちゃんの登場に目を丸くして驚いていた。私も驚いたけど。…タイミングが良いのか悪いのか。

 元カノと山ぴょんと元カノの三角関係が目の前に広がり、元カノコンビが水面下で睨み合っているのが見えてしまった私は他人事ながらにソワソワしてしまう。

 修羅場? 修羅場なの??


「まぁな。型抜きしようって誘われてさ。…でもこいつめっちゃ下手くそなんだよな」

「仕方ないじゃない! 初めてなんだから!」

「…したことないのに誘ってきたのお前」

「う……だって大志の好きなことだって聞いたから…そしたら気分転換なると思ったのよ」


 箕島さんは恥ずかしそうに頬を赤らめてもじもじしていた。

 健気で可愛いなぁ。普段がきつそうな雰囲気な分、ギャップ萌えでいけそうな気がする。


「…杏」

「…お、おじちゃん3枚頂戴!」


 山ぴょんからの視線に頬を赤らめた箕島さん。照れ隠しなのか山ぴょんから目をそらすと、新しい型抜きの絵を店番のおじさんから購入していた。

 それを見ていた真優ちゃんはと言うと「…私も一緒に型抜きしちゃおっかな」と言って、型抜きの絵を購入していた。


 元カノコンビは山ぴょんにバレないように睨み合い、競うようにして型抜きを始めていた。

 年頃の男女が型抜きに熱中。子供に混じって恋のバトルと型抜き。


 提案した私が言うのはなんだけど色気がないな。

 

「良かれと思って型抜きを勧めたんですけど…私は間違ってましたかね?」

「…まぁ、喧嘩になるよりは良いんじゃないか?」


 一緒に一連の流れを眺めていた先輩はそう締めくくって、私の手を引くとその場から立ち去るように促してきた。

 夏休み明けにあの三人の関係になにか変化があるのかな。ちょっと気になるんだけど。



★☆★



 花火の打ち上げ時間間近になったので、とっておきの観覧スポットに先輩を誘導した。花火会場のある神社のお社につながる石段に私達は腰を掛けて花火の打ち上げを待っていた。

 この辺は人通りも少なく、私達と同じように石段に座っている人はいない。観覧客はお祭り会場の花火観覧スポットにいるのだろう。去年私もそこで友達と花火を観たし。

 ここに辿り着くと先輩は訝しげに辺りを見渡していたので、先輩もここから花火が見えることは知らなかったみたいだ。


「…ここから花火が見えるのか?」

「ここからだと花火が小さくなりますけど、ゆっくり見られるんですよ」


 先輩と二人でゆっくり見たいから多少花火が小さく見えてもいいかなと思ったんだ。

 向こうの会場は人混みも熱気もすごくて、いい加減人酔いしそうだったし。ここは人も少ないから少し涼しい気がする。


「ここを発見したのは中3の時で、先輩のお祖父さんに助けてもらったのはそこの鳥居の下なんです。ここで鼻緒がちぎれて途方に暮れてたんですよ私」


 ふふふ、と懐かしい思い出に笑っていると先輩がムッスリした顔をしていた。

 お祖父さんにヤキモチを妬いても仕方がないのに。その縁でお祖父さん達と仲良く出来てるんだから良いじゃないの。

 

 あの時先輩のお祖父さんが鼻緒を直してくれた時、私はきっとほのかな恋をした。年齢とかそんなのは置いておいて、先輩のお祖父さんの親切心から来る優しさに恋をしたんだ。

 確かに年の差はすごいけど、恋をするのに理由なんていらないと思うんだよね。

 その後先輩に恋をしたのは完全に偶然だけど、初恋とは比べ物にならない位、先輩が好きだ。大好きだ。

 …だからヤキモチ妬く必要ないんだけどな。


「…先輩のお祖父さんに再会した時に私は納得しましたよ? …だって先輩がおじいさんになっても絶対また恋する自信がありますもん」

「…俺が年をとっても?」

「きっと先輩もあんな素敵な老紳士になるはずです。絶対に格好いいんだろうなぁ……あ、今の発言引きました? すいません」


 先輩の未来の姿を妄想してうっとりしていると、目の前の先輩はぽかんとしていた。

 …まずい。今の発言は流石に重すぎただろうか。

 いかんいかん。いくら本音でも言ったらまずいこともあるのに口が滑ってしまったわ。

 私がこれ以上失言をしないように自分の口を手のひらで抑えていたのだが、その手を先輩に掴まれた。


 なんだ? 


 私が彼を見上げたら、先輩は熱のこもった瞳で私を見つめていた。それにドキッとして彼から目を離せずにいると、先輩の腕が私の背中に回ってきた。

 街灯の明かりしかないとはいえ、人がいつ通るかわからないこの場所。なのだけど…私には先輩の手を振り払うことはできなかった。


 先輩は私の身体を抱き寄せると、私の頬を手のひらで撫でてきた。剣道をしている先輩の手の皮は厚くて硬い。私は先輩のその手が大好きだ。

 人を守る手。私を守ってくれる手だから。

 すり寄るようにして先輩の手の感触を楽しんでいると、先輩の唇がおでこに、頬に、鼻の頭へと降りてくる。

 それがくすぐったくて私が笑っていると、彼も笑った気配がした。だけど先輩の熱い唇が私のそれに重なると笑ってはいられなかった。

 息継ぎも出来ないくらいの激しい口づけに酸欠になりながら必死に応えていると、先輩の唇が一旦離された。

 そして先輩は囁くようにして、私に尋ねてきた。


「……俺がシワシワのじいさんになっても傍に居てくれるのか?」

「…傍にいられたらいいなと思ってます」


 未来のことなんてわからない。

 だってどんなに愛し合った恋人も夫婦も別れることがあるんだもの。神に永遠の愛を誓った所で人の心は移り変わってしまう。

 ……だけど今の私はずっと先輩の傍にいたい。彼が夢を叶えたその後もずっと隣に立っていたいと真剣に思っている。

 

 私のこの想いは変わらないと信じたい。


 私の答えに先輩は更に強く抱きしめてきた。

 …言葉に出さずとも、先輩も同じ気持ちなんだと感じた。

 口下手だからと普段あまり「好き」とか言ってくれない先輩だけど、最近行動で示してくれるようになった。だからわかるんだ。

 先輩もきっと私と同じ気持ちなんだって。


 私も先輩にぎゅうと抱きついてキスを強請った。




 花火を観に来たはずなんだけど、花火が打ち上がる前に先輩に手を引かれてお祭り会場を出るとそのまま先輩の家へ向かった。


 流石の私もこの状況で「花火見ないんですか?」なんてムードのないことを口に出すわけがない。タイミングを逃しに逃していたが、ようやくである。

 部屋にたどり着くと、先輩は私が怖がらないように何度もキスをしてくれた。私を包むように優しく抱きしめてくれた。

 その間、私の心臓は過去最高レベルに活動してて、きっと先輩にはバレバレであっただろう。


 先輩が私の浴衣を脱がせるのに手間取っていたので、自分で帯を解こうとしたら「自分がやる」と言って聞かなくて……ちょっと笑ってしまった。それもあってか緊張が少しほぐれた気がする。

 先輩が私の髪を飾っていたかんざしをそっと抜き取ると、支えを失った髪の毛が私の肩に流れ落ちてきた。

 先輩によってゆっくりベッドに押し倒された私は、彼に身を任せた。


 その日私は初めて先輩と結ばれた。

 好きな人にこんなにも大切にされて…幸せな気持ちでいっぱいで、私はなんて幸せものなんだろうかと先輩の腕の中で涙を流してしまった。






 ウチの門限には間に合ったけど、家で出迎えた父さんの目が見れなかった。


 うん。やましいことは何も…ない。

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