高校最後の夏が終わる。部活も勉強も恋も悔いのないようにしないとね。
「…マジウザい。調子のんなっての」
「………」
あれだけ反論したのに、ゼミで会う度に蛯原は私に聞こえるように悪態をついてきた。
私はもう気にしないようにすることにした。ムキになっても私が疲れるだけであるし、先輩も言っていた通り時間の無駄だと悟ったのだ。
灰色受験生の夏休みも半ばを過ぎて、お盆も終わった。お盆期間は私は受験もあるので祖父母の家には行かなかったのだが、今年は母さんもこっちに残るとのことで父さんと和真だけが親戚の集まりに行ってた。
…両親がいなければ門限に縛られないので先輩のお家にお泊まりしたいなぁと画策していたのがバレたのだろうか。
…もうお盆終わっただから良いけどさ…。
まぁそれはそうと今年の夏は去年と違って本当に勉強漬けだ。呑気でいられない。呑気にしてるとあっという間に置いていかれてしまうから。
こっちは必死なのに蛯原はあの調子で大丈夫なのかな。私と違って余裕なのだろうか。
「先輩!」
「あやめ。お疲れ」
「先輩もお疲れ様です。…先輩、随分日に焼けましたね」
「ガソリンスタンドで車誘導する時によく日光浴びるからな」
「先輩、日焼けはシミのもとなんですよ。日焼け止め塗ったほうが…」
「女子か」
大体いつもゼミ後にお勉強デートをしている私達。今日も先輩がゼミの前で待っててくれて、先輩の姿を見た瞬間私の疲れは吹っ飛んだ。
「今日はうち来ません? 母さんが連れてこいってうるさくって」
「いつも夕飯ごちそうになってるから悪いな…」
「いいんですよ。母さんもてなすのが好きな人だから」
遠慮する彼の手を取って、家へ行こう行こうとグイグイ引っ張って誘導していく。
ゼミは最寄り駅の二駅先にある。帰りの電車に乗ると丁度お勤め帰りの人でいっぱいだったので私達は電車の窓際に立って乗ることに。
「そうだ、来週の夏祭りの日は夕方から休みが取れたから夕方家まで迎えに行く」
「え? 二度手間ですし、現地集合でいいですよ?」
「遅くまで連れ回すことになるから先におじさんおばさんに挨拶しておきたいんだよ」
「……もー先輩真面目ー……好き」
先輩の右手を両手でギュウと握って、最後の言葉は先輩にだけ聞こえる大きさで囁いた。
…もうなんでそんな誠実なの…好き。
そうなのだ。去年同様今年の夏祭りの門限も22時までを確約してもらったのだ。
今年は彼氏と一緒だから安全だと言うのに父さんと門限について言い争ったのは記憶に新しい。
こんな時まで真面目な先輩に惚れ直すチョロい私。あぁ、ここが二人きりの空間ならもっとイチャイチャできるのに悔しい。
出来るのは先輩の手を握るだけ。それで我慢していた私だったが、停車駅から乗り込んできたとある同級生を見つけてその相手に声を掛けた。
「箕島さん!」
「あ、田端さん…それに橘先輩こんばんは」
「こんばんは」
箕島杏。山ぴょんの前の前の彼女で私のクラスメイトである彼女は私と同じ制服姿だった。
夏休み中に制服を着ているのは学校の部活かゼミ通いの二通りだと思うんだけど…箕島さんは部活に入ってないしな。
「箕島さんも予備校に通ってるの?」
「ううん、今日は大志のバスケの試合を観に行ってたの」
「山ぴょんの?」
というと引退試合なのかな。そうか今日は試合だったのか。
「勝ってた?」
「…ううん負けてた。…大志落ち込んでて…声掛けられずに帰ってきちゃったわ」
「…そっかぁ」
聞いておいてなんだが、予想はしていた。
うちの高校の体育会系部活はお世辞にも成績優秀ではない。文化系部活ではたまに賞もらったりしてるし、陸上部短距離走みたいな個人種目なら三栗谷さんみたいに表彰されてるけど、団体競技はからっきしだ。
どうしても進学校ということで勉学が優先となるからあまり部活に力を入れられていないんだよね。仕方ないことなんだけど。
山ぴょん、小学校の時からバスケ好きだったもんな。山ぴょんのバスケ好きは筋金入り。元はと言えば山ぴょんの従兄がバスケ好きだからそれに影響されたみたいなんだけど。
私はと言えば子供の頃、山ぴょんとバスケをして遊んでいたことはあるものの、別に熱中することはなかったんだよね。
ちなみに高一の時の球技大会ではじゃんけんに負けてバスケだったんだけど、男女混合だから男子に囲まれた時はもう絶望しかなかった。こちとら女子の平均身長なんだよ。頭一個分大きな男子に囲まれてご覧なさい。怖いわ。
仕方無しに敵の股下からパスすると対戦相手の二年男子に怒られたんだ。
……私のことはどうでもいいんだよ。
山ぴょんは基本的にポジティブ思考だけどバスケに関しては別である。
心配だな。今度見かけたら声でも掛けてやろうかな。
………あ。
「そうだ箕島さん、来週の夏祭りに山ぴょん誘ってみたら?」
「…え?」
「あいつ子供っぽいところがあってさ、型抜きが好きなんだよ。去年もそれやってたらしいから今も好きだと思う」
「型抜き…?」
「小学生の時、私と弟と山ぴょんで型抜き競争したりしてたんだけど、あいつ型抜きに関してはプロっててさぁ。やってみたら結構楽しいから二人で行ってみるのも良いかもしれないよ?」
もしかしたら既に友達と行く約束してるかもしれないけど。
私の提案にぽかんとしていた箕島さんだったが、無言でスマホを取り出すと高速タップをし始めた。そして打ち終えたかと思えばしばらく画面を睨みつけていた。
山ぴょんにメッセージでも送っているんだろうか。
「先輩も型抜きやります?」
「いい。ああいう繊細な作業は苦手なんだ」
「でしょうね。包丁の扱いを見てたらそんな気がします」
隣にいる先輩に夏祭りで型抜きをやるか聞いたら断られた。先輩に型抜きさせると針で指を刺しかねないから止めといたほうが良いな。
これでも大分包丁で手を切ることは無くなったけどね。
★☆★
「それじゃあやめさんをお借りします。必ず22時には送り届けますので」
「行ってらっしゃい。楽しんできてね」
夏祭り当日。ゼミから帰った私は大急ぎで支度をした。
先輩を浴衣で悩殺するためにうなじを意識して髪を結ったのだが、ちゃんと悩殺出来ただろうか。
「あっ…! あやめっ、父さんなんだかお腹が痛いんだけど…」
「薬飲んで休んでなよ。じゃあいってきま~す」
父さんが私が出かけるのを最後まで渋って、最終的に三文芝居を始めたけどスルーしておいた。
今日は門限が2時間伸びて22時まで!
明日は日曜でゼミが休みだから少し気が楽だし、なんたって先輩とお祭りデートだ。ついついはしゃいでしまう。
先輩は浴衣姿の私に気遣ってゆっくり歩いてくれる。お祭り会場まで電車に乗って下車後は徒歩で向かった。会場に近づくにつれて人が増えていき、一気に気温が上がった気がする。
まだ完全に日は落ちていないが、最近日の落ちる時間が早くなってきたので、辺りは少しずつ薄暗くなっている。
お祭り会場は屋台の人工的な光や提灯の明かりで煌々としていていた。
お母さんにお願いして屋台でくじ引きをする小学生くらいの男の子、お面が欲しいと駄々こねている幼い女の子。
懐かしいな。私もそんな頃があったと追想にふけっていると、私の手を先輩が引っ張った。
「人が多いから逸れるなよ」
「離しません!」
確かにこの人混みではぐれたら大変だ。
私は先輩の手をしっかり握って出店の並ぶ通りに入っていった。
「先輩、はいあーん」
「……」
「美味しいですか?」
こういった祭りでは毎度購入するさつまスティックを先輩の口元に持ってくと、先輩は食べてくれた。私のバカップルな行動に照れながらも応じてくれる先輩好き。
「和真くんっはいっはいっあーん! ほらほら美味しいよ!! あーんして!」
「いいって」
先輩のテレ顔にニヤけていると背後でそんな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには嫌がる和真に唐揚げを食べさせようとする林道さんの姿があった。
そこにいたのは二人だけでない。どこかで見たような人たち…空手道場の門下生たちと一緒に夏祭りに来ていたのだろうか。
「あやめちゃーん! 彼氏君と来たの?」
「波良さんこんばんは。お久しぶりです」
空手黒帯フツメン大学生の波良さんに声を掛けられたので挨拶をすると、彼は爽やかに笑って私を上から下までマジマジ観察するように見てきた。
「んーいいねぇ。女の子の浴衣姿ってそそるよねぇ」
「セクハラ止めてくれませんか」
おいおい、出会い頭の発言にしては失礼すぎないか?
私が警戒して一歩後ずさると、先輩の腕が回ってきて腰を抱かれた。そして庇うように彼の背中に隠されたので、私は波良さんの視界から消えた。
「ごめんごめんそんな怒らなくてもいいじゃない〜」
「………」
先輩の無言の抗議に波良さんはヘラヘラ笑っていた。
そう言えば先輩と波良さんって会話らしい会話をしたことないな。いつも先輩無言で睨んでるだけだし。話したくもないってことなのだろうか。
「和真くん! あーんってば!」
「自分で食うから…」
一方、二人はまだ唐揚げ攻防を繰り広げていた。
もしかして林道さんは私と先輩のバカップルな行動を見ていて触発されたのかな。
なんだか最近和真は林道さんに慣れてきたように見えるのは私だけだろうか。一種の諦めなのかわかんないけど最初のような苦手意識が薄れてきているように見える。
あまりにもしつこい林道さんに折れて、和真が林道さんが差し出す唐揚げを食べた瞬間、林道さんが頬を真っ赤にしてパアアアッと感激していた。
「あやめちゃん今の見た!? 和真くんが私の手から唐揚げを食べてくれたの!」
見てたから別に報告しなくていいよ。
「…良かったね」
「この爪楊枝持って帰ろう!」
「本人目の前にしてそういう事言わないほうが良いよ」
林道さんは通常運転らしい。林道さんの発言に和真はドン引きした顔をしていた。
この後二人がどうなるか少し気になるけど、正直他人の恋路よりも私は先輩とのデートを優先したいので、彼らに別れを告げて先輩と夏祭りを楽しむことにした。
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