小話・大久保健一郎と消えた同級生。

亮介の親友・大久保君の過去話。

シリアスめです。

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「冷静沈着の男も形無しだな」


 親友がスマートフォンを眺めながらニヤけていたので俺はついついからかいの言葉をかけてしまった。


「…うるさいぞ」

「お前本当に変わったよな。前はそんなに表情豊かじゃなかったじゃん」

「…そうか?」


 意外そうにする亮介の反応を見て俺は笑ってしまった。大方、恋人である田端姉の影響だろうけどな。


 高校で知り合った親友と親しくなったキッカケは武道系の部活動や風紀委員会での接点からである。

 はじめの頃はクソ真面目と言うか、融通の効かない印象の人間だったのだが、親しくなっていくうちに相手の事情を知ることになった。

 それぞれ家の事情はあるが、基本的に好きなことをしてもいいと言ってくれるうちの親とは違って、亮介の所は厳しそうな家だから「大変そうだな」と気の利かない返事をしてしまった覚えがある。

 もうちょっと言葉を捻ればよかったと思うけど、自分が体験していない事情を偉そうに口出すのは言葉に重みがないと言うか…

 例え話になるが、闘病中の人に対して健康な人が上から目線のコメントをしても響かないだろう?


 それを抜きにしても、俺たちはウマがあったのでクラスは違うけども自然と仲良くなっていった。



 そんな中、あいつが更に追い詰められる出来事が起きた。

 あいつが当時付き合っていた彼女が浮気している現場に偶然居合わせてしまった俺は、それをすぐさま亮介に伝えた。だがそれを聞いたあいつは怒るでも嘆くでもなく、ただ諦めた表情をしていた。そんな顔を見てしまった俺はそれ以上何も言えなかった。

 あいつは彼女の不貞を知っていたのだ。


 私立高校の受験に失敗した亮介は彼女に負い目を感じていた。多忙になってしまったが為、十分に時間を作れなかったからと自分を責めていた。

 そうは言っても、あいつは時間ができれば彼女に会いに行っていたし、毎日連絡をとっていたように見えるので、完全に放置していたわけじゃない。


 そもそも相手が忙しいからって浮気をしていい理由にはならないだろう。

 それならきっぱり別れて他の相手と付き合えばいい話じゃないか。


 その後、限界がやって来てようやく、彼女に別れ話を切り出した亮介だったが、浮気をした彼女のほうがそれを拒否。

 彼女が学校にまで押しかけることも多々あった。


 亮介は完全に彼女に嫌悪感を抱いていて、会うのも嫌だと拒否を示していた。

 それを見てて可哀想に思えてきたので、俺は高校の正門で待ち伏せしていた元カノに「亮介は別れたがっているから、いい加減別れてやれ」と言ってやったら、あの女…大勢の前で泣きやがった。

 事情を何も知らない周りの人間から非難の目を向けられたが、一番悪いのこの女だよな!?

 泣けば済むと思ってんのか! だから女は苦手なんだよ!! 


 亮介が拒否をしても、泣いて縋って……ああいう女は一番キライだ。

 共通の友人を使って復縁を迫っているのを見てるだけで亮介が可哀想だった。まるで亮介が悪者みたいに見ている人間もいたから。

 事情を知らないくせに、女の涙に騙されて男の方を非難する。

 ほんと女ってのはめんどくさい生き物だな!


 こういうのを間近で見ていたせいか、周りの同級生が「彼女が欲しい」と騒ぐのに同調できずに、マイナス面ばかり考えていた俺は、枯れた男子高生だったと思う。

 



 風紀委員の仕事は服装違反の取締以外にも学校の風紀…非行や校内の問題を扱うことがある。

 一応進学校で通っているうちの高校だが、進学校だからこそ勉強についていけずに荒れて、不良の道を歩む生徒が一定数いる。そんな生徒達を取り締まるのも風紀の仕事なのだ。

 始めの頃は先輩達に同行してもらって風紀の職務を遂行していたが、一人で見回りをするようになった二学期の半ば頃。俺は音楽室や美術室などが並ぶ南校舎の4階を見て廻っていた。


 今日も異常なしだなとぼんやりしていた俺の耳に、静かな校舎には不似合いな耳をつんざくような悲鳴が響いてきた。



「いやっいやぁぁぁっ! やめてえぇ!!」

「次俺な!」

「…いやぁぁ…」

「おら、暴れんじゃねーよ」


 そのただ事ではない会話に俺は嫌な予感がした。素早く辺りを見渡し、声の出所を特定すると、ある教室の扉を開け放った。

 そこでは全裸にされた女子生徒が複数の生徒達に撮影されながら‥…暴行を受けていた。


「…お前達! 一体何をしてるんだ!!」


 一瞬頭が真っ白になって声を出すのが一拍遅れたが、俺は現行犯で奴らを捕まえようと動き出した。

 奴らの顔は覚えている。同じ学年の見たことのある顔だったから。

 加害者達は不良と言うよりも、その辺にいそうな一般生徒が暴力に加担していた。


 教室を封鎖して逃亡を防ぐと、他の風紀委員の応援を呼んだ。

 すぐに駆けつけた風紀委員等によって奴らを捕縛したところで被害者を保護しようとしたが、彼女は怯えきってしまって泣き叫んでいた。

 男子生徒が近づくとそれなので、女性教諭を呼んで彼女を保護してもらった。


 その翌日から彼女は登校拒否をし始めた。


 被害者は同じ一年の、大人しそうな女子生徒だった。

 彼女と同じクラスの人間がいうには、一学期後半辺りからクラスの一部の生徒にいじめられていたらしい。

 それが段々エスカレートしていったというのだが……いじめなんてしたほうが悪い。

 被害者にいじめられる要素があるにしても、圧倒的に行動に移した加害者が悪いに決まっている。

 気に入らないからって人を傷つけ、害することは許されない。そんなんただの傷害罪と名誉毀損だ。

 殺人だってそうだろう? 殺したほうが許されるなんて余程のことじゃないか。



 しかも今回の場合、いじめをした理由が「勉強がうまく行かずにむしゃくしゃした」からだという。

 被害が被害なだけあって、学校内だけの問題じゃなくなった。

 被害者側の両親は警察に被害届を出して、加害者側と徹底抗戦する姿勢を見せていた。


 …もしも、俺はもう少し早く到着していたら彼女はあんな被害を遭わずに済んだのじゃないか? と俺は長いこと悩んだ。

 彼女が泣き叫んでいたあの姿がいつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。



「あの、これノートのコピーです。池野さんに渡しておいてもらえますか?」

「…わざわざありがとう」


 被害女子生徒・池野の母親は疲れた様子だった。

 あれから3か月経過したが、彼女は未だに登校拒否したまま。


 加害者生徒達は実行犯らが自主退学して行き、その他はのうのうと学校生活を送っていた。

 だけど風紀の面々が目を光らせているので、今後ふざけた真似をしたらアイツらだって同じ憂き目に遭うはずだ。


 俺は罪滅ぼしのように、定期的に授業のノートのコピーを彼女の家まで届けていた。自己満足なのかもしれないが、何もせずにはいられなかったから。

 だけど彼女とは会えぬまま。



 帰ろうと踵を返した時、どこからか視線を感じた。

 その方向を見上げるとカーテンの隙間からやつれた様子の池野がこちらを見ており、俺と目が合った瞬間カーテンが閉められてしまった。


 …俺は男だから、池野が受けた傷を理解しきれない。だけど精神の殺人と言われるような事をされた彼女はこれからどうなっていくのだろうか。

 彼女が前を見て歩むことは出来るのだろうかと他人事ながらに心配してしまった。


 


 2年に上がったある日、その日もノートを届けに行ったのだが、池野の母親にあることを言われた。


「大久保君、今までありがとうね。…でももういいのよ。あなたがウチの娘を傷つけたわけじゃないのだから」

「ですが…」

「…あの子のために、ここを離れようと思うの」

「え…」


 気分転換に外出した先で同じ高校の制服を見ると彼女は情緒不安定に陥るらしい。

 犯人と同年代の生徒を見ると尚更。

 半年近く経過しても彼女の心の傷は癒えないままだった。このままでは娘は立ち直れないと判断したそうだ。


「…池野さんにお元気で、と伝えておいてもらえますか?」

「えぇ、わかったわ」


 でもその方が彼女の為なのかもしれない。

 誰も知らない土地で、怯えないで暮らしたほうが彼女は幸せなのかもしれない。



 彼女は人知れず高校を退学していった。

 生徒達はみんな彼女という生徒の存在を忘れ去っていき、事件は風化していく。


 俺は自分の無力さ加減に嫌気がさしていた。

 だからそれから目を逸らすために部活と委員会の仕事にのめり込んだ。

 



☆★☆



「せんぱーい! おまたせしました! あれっ大久保先輩もいた。こんにちは」

「おう。…すごい荷物だな田端姉」


 なにかが入った紙袋と、スーパーで買ったらしい食材の数々。

 いや、これからこいつらがこれから会う事は知ってたけどさ、なんでネギとかキャベツとか小麦粉とか持って来てんだよ田端姉。

 デートじゃねぇのかよ。


「そうだ! どうせなら大久保先輩も食べません? 私達これからたこパーティするんですよ!」

「たこ…パーティ?」

「そうです! 家からたこ焼き器持ってきたんですよー。でも具材足りるかな」

「足りなくなれば買いに行けばいいだろ」

 

 亮介は田端姉の手から紙袋とスーパーの袋を受け取ると、紙袋の方を俺に寄越してきた。これにたこ焼き器が入っているようだ。

 どうやら俺は強制参加らしい。

 良いのかよ、二人きりになりたいんじゃないのかよお前。


 その後亮介の家でたこ焼きを食べたが、目の前でナチュラルにいちゃつくバカップルを見て俺は食傷気味になった。

 たこ焼きはうまいけどさぁ、なんかこう、アウェイな気分。「はいあーん」とかいつもそんな事してんの? 田端姉……亮介お前…俺の存在忘れてないか? 俺ここにいるんだけど。俺は透明人間か何かなのか?

 ……たらふく食ったらさっさと帰ろ。


 …だけどこの二人見てたら、ちょっと羨ましいなと思ったのも事実。

 人間同士だからぶつかり合うこともあるし、傷つけ合うこともある。

 だけどそれを加算しても、二人はお互いを想い合っていて幸せそうに見えるから。


 …俺もいい加減に前を見ないといけないのかもしれないな。


 



 その日の夜、実家の母ちゃんから「あんた宛にエアメールが来てるから今度取りに来なさい」と電話があった。

 

「…エアメール? 誰から?」

『うーん…池野って書かれてるよ』

「………!」



 手紙には、あの時よりも大人になった池野が生き生きと留学先で過ごしている写真が添付されてあった。彼女は多国籍な友人たちに囲まれて笑っていた。

 彼女はあの後父親の海外転勤に着いていき、現地のカウンセラーとマンツーマンでトラウマに向き合いながら転校先の高校で頑張ってきたらしい。

 今は大学で心理学を勉強するために受験勉強に没頭しているらしく、将来カウンセラーになるのが夢なんだと手紙に書かれていた。


 三年前のあの時のお礼と、助けてくれたのに怖がって、失礼な態度をとってごめんなさいと書かれていた。

 そんな事ない。そんな事気にしたことなかった。

 だけどそうか。池野は戦ったのだな。

 今も尚戦い続けて、自分の人生を切り開いているのだな。


 それを見た俺は、今までしてきたことが無駄じゃなかったんだと勝手に救われた気分になっていた。

 彼女はもう既に前を見据えて自分の人生を歩む努力を始めていたのだ。

 …自分も彼女を見習わねば。


 目頭が熱くなったのを無視してその手紙を何度も見直していた。


 手紙の最後にはメールアドレスが記載されており、俺はすぐにメールを送った。


 

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