テスト目前だがテストどころじゃない。嵐の予感しかしない。

 私は避けられている。何を隠そう植草さんに。

 あぁぁ…下手こいたァァァ…


 あの後、学校帰りに急いで一年の教室に行ったけども植草さんはもう帰った後だという。

 私は仕方無しに翌日再チャレンジしようと思ったのだが、植草さんも私が来ると察知したのかうまいこと撒かれた。帰りもしかり。その更に翌日も同じ結果だ。

 ちなみにメッセージアプリは未読スルーされまくってます。今まで光の速さの返信だったので結構ショックです。

 …あの日から早くも4日経過していた。


 もしかして私がのり君のこと悪く言ったから嫌われちゃったのかなぁ。

 

 なんてこったい。

 ちなみに今日の帰りも逃げられちゃった……

 私は肩をがっくり落としてトボトボと帰宅の途に着いていた。



【パパッ】

「…? …あ」

「あやめちゃん、今からちょっといい?」

「…私が指定する場所でなら良いですよ」


 クラクションが短く鳴らされ、顔を上げるとそこには小型の外車。運転席には色気のあるイケメン…シスコン植草兄が乗っていた。

 彼の目的は悩まずともわかったので、彼の車には乗らずに私は場所を指定した。

 そこは雅ちゃんとの行きつけの喫茶店である。


「いらっしゃい」

「何だ、ねーちゃん! 随分イケメンな彼氏だなぁ!」

「違います。彼氏は別の人です!」


 マスターと常連のおじさんに出迎えられた際に、植草兄が彼氏だと誤解されたのでそこは力いっぱい否定させていただいた。

 テーブルに着くと、飲み物が到着する前に植草兄の目的であろう本題を切り出した。


「…用件は紅愛ちゃんのことですよね。……この間ちょっと話したんですけど駄目でした。今日も逃げられてしまって」

 

 植草兄は予想していたのか、私の報告に大きな反応をすることはなかった。

 私が植草ママンに定期報告してるから、植草兄もママンから状況を聞いていたのかもしれない。

 その事になにかコメントするわけでもなく、植草兄は憂いの表情をして私に問いかけてきた。


「……あやめちゃん、紅愛の化粧が濃くなっているのに気づいてる?」

「…はい」


 のり君に叩かれたと話してたから、もしかしたら怪我を隠すためにファンデ厚塗りしてるのかな? と思ったんだけど……泣き腫らした目元を隠すためかもしれないけどさ。

 植草兄は顔を苦悶に歪め、テーブルに載せた手をギリギリ握りしめていた。彼の肩がブルブル震えており、荒ぶる感情がこっちまで伝わってきそうだ。


「…昨日、紅愛が泣き腫らした顔で帰ってきたんだよ。……髪の毛もグチャクチャにしてさ…」

「え……怪我は?」

「聞こうにも部屋に逃げ帰られちゃったよ……なんで、あんな奴を紅愛は……」


 それは私にもわからない。

 植草さんにとってはそんな彼でも魅力を感じるのだろう。

 惚れた弱みなのか…。それとも愛されていると感じるのだろうか……

 

 だけどなんか……私の目から見たらなんか違う気がする。

 相手を支配しようとするそれは、愛なんかじゃない。ただ自分が優位に立ちたいという自分勝手な感情だと思う。

 のり君は植草さんを支配して、自分の心を満たしているだけなんじゃないだろうか。

 こういうの何ていうんだっけ……


「…DVって言うんですかね」

「…え?」

「テレビでたまに出てくるじゃないですか。…紅愛ちゃんの言っている事が被害者のそれと似てるなぁと思って。家庭内暴力とはちょっと違いますけど」


 確証はないけど似ていると思う。

 叩いた後に泣いて謝るとか、自分を優先しないと怒るとか、脅して相手を支配しようとしてる所が。


 私がうーんと唸っていると、植草兄はテーブルにバシーン! と千円札二枚を叩きつけて「ちょっと用事思い出したから帰る。これお代!」と叫んで飛び出していった。

 私はあのイタリア車が爆音鳴らして発車していくのを客席の窓からポカーンと見送る形で残された。

 コーヒーまだ来てないのに…

 …あの、お釣りはどうしたら良いの?


 勿体無いので注文済のコーヒー二杯をガブガブ飲んで帰宅した。

 お釣りはいつか会ったときにでも渡すか。





 その日の夜、テスト勉強をしていた私は伸びをして、そろそろ寝ようかなと壁にかかった時計を見上げた。時刻は23時すぎ。


 寝る準備をしているとスマホの通知音がポコポコと二度三度繰り返し鳴り響いた。こんな時間に誰だろうかとスマホの電源をつけると、待受画面のポップアップ通知に【どうしよう赤ちゃん出来たかも】と目を疑うようなメッセージが表示された。

 さっきまで眠かったのに一瞬で私の眠気は覚めてしまった。


 送り主は植草さんだ。

 慌ててアプリを起動すると彼女に電話をかけた。


『……もしもし…せんぱい…?』

「植草さん、どうしたの何があったの? …いま、どこにいるの?」


 植草さんはすぐに電話に出た。

 電話の向こうでは賑やかな…駅のアナウンスのような音声が聞こえる。


『ど、どうしようあたし…』

「落ち着いて、今どこ?」

『……駅…』

「どこの駅? とにかくもう遅いから…家に帰れる?」

『…うっ…』


 もう高校生がうろついていい時間ではない。私は彼女に家に帰るように説得しようと思ったのだが、彼女は電話口で嗚咽を漏らし始めた。

 もう言葉にならないようだ。

 私はもどかしくなり「今から迎えに行くから、そこから動かないで」と電話の向こうの植草さんに告げると、薄手のパーカーを羽織って部屋を飛び出した。


「あやめ!? こんな時間にどこに行くの!?」

「後輩が大変なの! ちょっと迎えに行ってくる!」

「後輩!? こら、待ちなさい! 車出してあげるから!」


 しかし玄関で母さんに止められた。私の必死な様子を見た母さんが咄嗟の判断で車を出してくれたので、車で植草さんがいるという駅まで向かった。

 車なので15分くらいで到着したかと思う。駅のロータリーに母の運転する車が停車するなり、私は車のドアを開けて飛び出した。


 植草さんは駅前バス停のベンチでガタガタ震えていた。もう7月になるというのに青ざめて、まるで冬の凍るような寒さに震えてるが如く。


「植草さん!」

「…田端せんぱい…」


 彼女の頬は赤く腫れ上がっていた。それだけじゃない。口端は切れて血が滲んており痛々しい。

 それを見た私はギクッとしたが、このまま放置することは出来ないと思って彼女に車に乗るように促した。

 車に乗ると運転席に座っていた母さんも植草さんの惨状を見てぎょっとしていた。


「何があったの? …それやったのって彼氏くん?」

「…嫌だって、言ったのに…うっ…赤ちゃん、出来てたらどうしよう。あたし、高校やめないといけないの…?」

「え…」

「…あやめ、その子の親御さんに連絡取れる?」

「う、うん」

「だめ! パパとママには言わないで!」


 植草ママンと連絡先を交換していた私は、スマホのアドレス帳から電話番号を呼び出そうとしたのだが、植草さんにガシッと腕を掴まれてしまった。


「植草さん、でもね」

「怒られる。ママはあんなに止めてたのに、あたしが逆らったりするからこんなことに……あたし、ママに顔向けできない…」


 そう言って植草さんは泣きじゃくり始めた。

 私は母さんと目で会話していたのだが、母さんも埒が明かないと判断したのか一旦家に連れて帰ることにした。


 家に帰ると私は母さんにスマホを渡した。植草ママンに連絡しないということは流石にできないから大人同士・母親同士で話してもらうことにしたのだ。


 私は家族が使い終えたお風呂を洗い直して、浴槽にお湯を張ると植草さんにお風呂に入るように勧めた。

 なのだが妙に怯えて固まっていたので、私は服を着用したままになるが彼女と一緒にお風呂に入り、背中を流してあげた。

 制服を着ているとわからないけど、植草さんの身体には新しいものから古いものまで痣があちこちに広がっていた。手首には手形のような跡があるし、相当乱暴されたのだろう。

 …あいつ、本当とんでもないことしでかしてくれたな…


「……っ」

「あ、ごめん沁みる?」

「ごめ…なさ…あたし、あたし…!」

「泣かなくていいから。大丈夫大丈夫」


 植草さんの背中を撫でて泣くな泣くなと宥めて、とっておきの美肌になれる入浴剤を入れた湯船に浸からせると私は先に上がった。

 脱衣所に出た時お風呂で植草さんが泣く声が聞こえたが、そっとしておいてあげた。

 私の色気のないパジャマで申し訳ないがバスタオルと一緒に置いておく。

 


 リビングに入ると母さんは何かを作っていた。

 牛乳と…甘い香りがするので蜂蜜ミルクかな。


「…電話した?」

「うん。今日はこのまま家で預かることにして、明日朝イチで植草さんが婦人科に連れて行くって。あやめは普段どおり学校に行きなさいね。それとデリケートな問題だから口外しないように」

「…それはもちろん」

 

 同じ女として許せない。

 しかし私にできることなんてたかが知れてる。

 精々のり君とやらとの接触を妨害するくらいだろう。正門で待ってたらシッシッと追い払ってやるわ。

 …警察とかに被害届は出さないのかって母に聞いたのだが、そういうのは被害者が余計に傷つくパターンが多いんだって。だから植草ママンが保留にしてくれって言ってたそうな。

 内容が内容だもんな。和真拉致暴行事件のときもネットリ事情聴取されたし、被害を繰り返し語るのもしんどいよ。

 …私は無力だな。先輩なのに何も力になれない。


 お風呂から上がった植草さんに蜂蜜ミルクを飲ませると、私の部屋にお客様用の布団を敷いて同じ部屋で一緒に眠ることにした。だけど植草さんは眠れないようで何度も寝返りを打っていた。 

 それが気になった私はベッドから降りると、小さい子を寝付けるかのように植草さんのお腹ぽんぽんして添い寝していたのだが、そのまま睡魔に負けて眠っていた。



 朝目が覚めると目の前に美少女の寝顔があって心臓が止まるかと思った。

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