約束の優先順位って人によるよね。人によっては恋人優先だったり先約優先だったり。

 テスト期間1週間前に入った。

 テスト前だよテスト前。7月の頭に期末テストがあるから誘うのもちょっと気がひけるんだけど、昼休みを告げるチャイムが鳴るなりお弁当を持って一年の教室のある4階へと向かった。


 植草さんのクラスを覗き込むと、まだまだピチピチの一年生たちで賑わっていた。

 私にもこんな時代があったなぁと少々オバサン臭いことを考えながら近くにいた女子生徒に話しかけてみる。


「ねぇ、悪いんだけど……植草さん呼んでくれないかな」

「え? 植草さん? はぁ…」


 なんだかキョトンとした反応された。

 だけど嫌そうな顔をするわけでもなく、彼女は植草さんに話しかけに行ってくれた。

 植草さんの姿はここから見えていた。

 食事をするわけでもなく、席に着いたまま俯いてスマホを見つめている姿がそこにあった。


 クラスメイトの女の子が植草さんに声を掛けた時、彼女はビクリ! と大袈裟なほど肩を揺らした。

 私はその様子を訝しんだが、女友達がいないからただ単にびっくりしただけかなと思ったんだけど……植草さんは教室の出入り口に私がいるのに気づくと、なんだか泣きそうな顔をしていた。 


 ……それにいつもは薄化粧なのに、今日の植草さんはファンデーションを厚塗りしているように見えたのが気になった。



 私は植草さんにお昼一緒に食べない? と誘ってみた。大事な話もあるしね。

 いつもの食事スポットとなっている中庭にて食事を始めたのだが、植草さんは普段よりも格段に口数が少ない。俯いて頻りにスマートフォンを気にしている。

 私は彼女の様子がおかしいのに気づいていた。昨日のこととなにか関係があるのだろうか。植草ママンに頼まれたというのもあるけど、私自身も気になっていた。

 口の中のものを咀嚼し終えて飲み込むと一息置いて、単刀直入に尋ねてみた。


「…彼氏君からの連絡を待っているの?」

「えっ…」

「昨日、喧嘩してるみたいだったから……仲違いしたの?」

「……いえ…それは……」


 ギョッとした植草さんは一瞬だけ私の目を見たが、直ぐに視線を彷徨わせてゆっくり俯いた。

 喧嘩か……私もこの間亮介先輩と喧嘩した時、かなり落ち込んだもんなぁ。本気で別れの危機かもと思ったし。


「ちゃんと話した? 意外とお互いに誤解しているだけかもしれないよ?」

「……あたし、あたしが悪いんです……あたしが、馬鹿だから……」

「………え?」


 馬鹿? 馬鹿だから悪い? どういうこと?


「……なにがあったの?」

「………怒らせちゃったんです。のり君のこと大事なのに、何よりも優先しないといけないのに、あたし……先輩との約束を優先しようとしちゃったから…のり君が、あたしのこと嫌いになるって…あたし、どうしたら」


 植草さんの話を私は一瞬理解できなかった。

 ……うーん? リンとかユカも彼氏を優先するけど、たまーに約束ブッチされるけど……先に約束した方を優先したら怒る…?

 いやいや、私の彼氏はそんな事無いよ。

 むしろ先輩は余程のこと(大学の先輩に呼び出されたとか)がない限り先約優先だし。

 私もそうだよ。友達と先に約束してたら先輩のお誘いを断ることあるし。その代わり他の日に約束して調節してる。お互いそんなもんだと思っているんだけど。


 …先約を守ろうとしたそれを怒った上に、嫌いになると脅すなんてねぇ?

 まぁ考え方は人による、カップルによるんだろうけどさ……今は良くても大人になってもそんなんじゃやっていけないぞ?


「……恋人は大事だけど、物事には順序があると思うんだけど…まぁ考え方は人それぞれだからねぇ…。でも、自分の思い通りにいかないからって脅すのは人として駄目だと思うな。それは彼氏君が悪いよ」

「いいえ! のり君は普段とっても優しいんです。ついカッとなって叩いても、後でちゃんと謝ってくれるし」

「………ん?」

「私のこと愛してくれてるんです! …そうなんですきっと…」


 ちょっと待て待て。今不穏な言葉を聞いた気がするぞ。

 今なんつった?


「…叩いてもって…まさか彼氏に叩かれたの!?」

「仕方ないんですよ! あたしが怒らせちゃったんですもん。のり君、泣いて謝ってくれましたから大丈夫です!」

「いや、謝るとか泣くとかじゃなくてさ…叩く事自体おかしいんだけど」

「……? 先輩は彼氏さんに叩かれないですか?」

「ないよ!?」


 前に私がタカギとバトル(?)をやらかした時、亮介先輩に罰としてデコピンされたことはあるけどちょっと痛いくらいで間違いなく加減されたし、軽い拳骨もされたことあるけどそれも全然痛くなかった。

 大体叩くとかありえないわ。

 ただでさえ亮介先輩は剣道の有段者。過剰防衛になるため素人には手を出せない。

 タカギ達とのバトルの際も防御に護身と言った一切攻撃を加えない手法で捕まえていたし、それは大久保先輩たちも同様であった。


 力の差がありすぎる男から叩かれるのは、同性の女から叩かれるよりも当然ながら衝撃が大きい。これ経験者だから言えるんだけどね。下手したら一生残る障害を負う危険性もあるのだ。

 しかも叩いたその理由が「自分を優先にしなかった」から。そして「嫌いになる」と脅す。


 ……すまんが同感は出来ないわ。

 植草ママンの見立ては間違っていなかったというわけだな。


「…植草さん、あのね今日植草さんに話したいことがあったんだけど…」

「なんですか?」

「あのさ」

【♪♬♫…】


 とりあえず植草ママンに頼まれた夜遊びの件を注意しようとしたその時、それを妨害するかのように着信音が鳴った。

 ……それは私のスマホの音ではない。


 ビクッ!

 着信音が鳴った瞬間目の前の植草さんの肩が大きく揺れていた。

 ……植草さんの表情はこわばっている。

 ビクビクしながらスマホを慌ててタップすると「…もしもしのり君…?」と呼び掛けていた。

 だがその声は精彩に欠けていて、昨日ウキウキと彼氏からの電話をとっていた植草さんとは思えない暗い様子だ。

 何やら彼氏くんと会話をしているが、彼女の顔は何かに怯えているように見える。


 私は声を出さずに電話をしている彼女を見守っていたが、通話を終えた彼女に私は間髪入れず話しかけた。


「……あまり言いたくないけど、植草さんの彼氏はちょっと自分勝手すぎると思うんだ」

「え…」

「あのね、植草さんは高校一年でしょう。今年16歳でしょう。親の庇護下にいる年齢で女の子なわけ。人様のお嬢さんを時間関係なく呼び出して幾度もなく宿泊させるってのは、ちょっと世間一般的にも非常識なわけよ」


 私に指摘されるとは思っていなかったのか、植草さんの目が大きく見開かれた。

 お願いだから考え直してくれ。何もあなたをいじめたくて厳しいことを言っているわけじゃないんだ。心配だから言っているんだよ。


「植草さんのお母さんが植草さんを叱ったのは植草さんが心配だから。大事だからだよ。それはわかってる?」

「…でも、のり君は」

「彼氏の言い分は悪いけど私は全く理解できないな。付き合っているからって何でもかんでも相手の要望通りに聞く必要はないんだよ?」


 私の言葉に植草さんは俯く。

 惚れたほうが弱い、相手の言うことを聞いてしまうっていうのはわかるよ。

 でもさ、話を聞いた感じだとそれは限度超えてると思うんだ。


「言っておくけど私の彼氏は私を叩いたりしないし、思い通りにならないからって『嫌いになる』なんて脅してきたりしない」

「………」


 これからも彼が態度を改めないなら交際はやめたほうが良いと思う。

 ちょっと冷たい事言うと、植草さんならもっといい相手が見つかると思うんだけどな。

 絶対に今のままじゃ幸せにはなれない。


「植草さん、ずっと叩かれたり脅され続けてもいいの? それで幸せ? ……一旦、彼氏とは距離おいたほうが良いんじゃないかな」

「………それでもあたし、のり君が好きなんです。きっと今回のはあたしが怒らせただけだから…もう、大丈夫です」

「…え?」

「…すいません、もう行きますね」


 植草さんはそう言うなり、立ち上がって足早に立ち去っていってしまった。

 その場に一人残された私は呆然としていた。


 あ、説得に失敗したみたい。

 うわぁどうしよう、なんか聞く耳持たない感じだったな…


「まずった…」



 そもそもお付き合い経験が一人しか無い私には、他人の恋愛問題の口出しなんてレベルの高いことなんて無理だったのだ。

 私は頭を抱えて、午後の予鈴のチャイムがなるまで、そこでうんうん唸っていたのである。

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