お前は反抗期の和真か。…いやコッチのほうが始末に負えんな。
金曜の朝、早朝からウチにやって来た植草ママンの同行で植草さんは病院に行くことに。昨晩のこともあったので、今日は学校をお休みするそうだ。
来週の月曜からの期末試験は参加するとのことなので、この土日でゆっくり休んで少しでも回復して欲しい。
植草さんはまだ一年生だし、例え今回の試験結果が悪くても努力次第で巻き返しは出来るはずだ。
植草さんのスマホ液晶はバリバリに割れていた。
のり君が激高した際に床に投げつけて割ったらしく、液晶が蜘蛛の巣を張ったように粉々に割れている。操作自体はできるが割れた液晶だから不便。割れた画面が指に刺さって痛そうだ。
これを機に機種変更と共に番号を変えると植草ママンが言ってた。
だけどその方が良いかも。のり君と植草さんを近づけるのは危険だと私も思うし。
病院へ車で向かう彼女達を見送ると、私はいつもどおり学校に登校したのである。
★☆★
「植草さんなら休みだけど?」
「………」
「…あのさ、自分が何したかちゃんとわかってんの?」
私は今、のり君と対峙していた。ちなみに高校の正門で。
下校中の生徒らの視線を背中に感じるが、今はそんな事どうでも良い。
金曜の授業をすべて終えた私が帰宅しようとしたら校門に見覚えのあるセレブ学校の制服を来た男子生徒が立っていたので思わず声を掛けたのだ。
相手は私を見た瞬間わかりやすく顔をしかめてくれたので、私も愛想を振る舞うのはやめて、相手をキツく睨み返した。
なんなのこいつ。ほんっと意味わからんわ。
植草さんの彼氏は…なんだろ、どこか斜に構えてるというか…反抗期マックスの和真を彷彿させる雰囲気がある。
……そんなこと言ったら和真に失礼か。
「…植草さんに金輪際近づくのやめてくれる? あんたのしてることはデートDVっていうんだよ」
「…はぁ? 意味わかんねぇし」
「わからないなら自分で調べる努力したら? 何でもかんでも人が教えてくれるなんて思わないことだね」
相手の身長は170cm弱といったところだろうか。だから、まだ大丈夫。…背が高いと倍怖いんだよなぁ…ここは人目があるから私も相手と対峙できるけど、正直それでもちょっと怖いわ。
自分の弟よりもひょろいこの少年が植草さんをあんな目に合わせたと考えると、成長期といえど男の力は強いのだろう。
…のり君がキレて私にも手を上げるんじゃないかと内心ビクビクしながら一定の距離をおいて文句を言うことにした。
「まともな男ならね、暴力で相手を支配しようなんて考えないの。そんな事する奴は自分に自信がないから弱い立場の人間を攻撃して自尊心を保とうとするクズなんだよ」
「………」
「まぁ、あんたがどうこう言おうと、植草さんには二度と近づけさせないけどね」
私がそう言うとのり君は舌打ちして表情を険しくさせた。
駄目だこいつ。完全に私を下に見てる。
中高生でたまにいるよね。大人を馬鹿にして舐め腐った態度を取る人。そんな感じだ。
言いたいことは全て言えた。
こいつの相手してる時間がもったいないから、さっさと帰ろうと思って一旦は踵を返したのだが、そこでのり君の返事が返ってきて私は立ち止まる。
「うぜーんだよ。ババア」
「はぁ!?」
のり君はあろうことか私をババア呼ばわりしてきた。和真の元取り巻きキラキラ女子にも呼ばれたことあるけど、一個二個の年の差でババアとはこれ如何に。ていうかそんな罵倒しか思い浮かばないのだろうか。
たしかに私は年上だ。しかし言われるのはイラッとする。
私は18歳だぞ。ピチピチのJKなんだからな!! お姉さんとお呼び!!
「あんたねぇ!」
「……何してんの? 姉ちゃん」
のり君に噛みつこうとした私の背後から弟の声がかかった。私はハッとして振り返る。
「和真!」
「……誰? これ」
和真はのり君を訝しげに見下ろす。
植草さんを迎えに来る他校の男子生徒ということで、のり君は学校ブランドも相まって目立っていたはずなのだが、学校が終わるなり道場に直行の和真は彼のことを知らなかったようだ。
のり君は和真の登場にギクッとしていた。先程まで強気だったくせに急に怯んだぞこいつ。
どうした。さっきの勢いはどこ行ったんだ。
「…植草さんの彼氏」
認めたくないがな。
私は渋々のり君を紹介した。紹介するほど仲良くないけど。元々親しくなかったけど、今とっても仲悪くなったばかり。
「は? 植草って誰?」
「いや、誰って…入学式後にあんたに告白した美少女いたでしょ。ほらあのニュータイプの……」
「…あー…いたような……植草っていうんだ。あいつ」
和真は植草さんのことをすっかり忘れていたようである。
告白してきた女の子を忘れるとは薄情な男だな。我が弟ながら。
昨晩、和真は空手の稽古終わって帰ってくるなり食事と風呂を済ませて即就寝してたし、今朝は空手道場へ早朝錬へ向かったので、植草さんに何があったかは詳しくは知らない。
「で、その植草の彼氏と姉ちゃんはなんで睨み合ってるわけ?」
「えーと…詳しくは言えないけど、こいつが植草さんに暴力振るってるんだよ。だから腹に耐えかねて」
「……もしかして昨日の夜中バタバタしてたのそれ?」
「そう」
寝てたけど異変には気づいていたらしい。
和真はふぅん、と気のない返事をするとちらりとのり君を見た。
のり君はムッとして和真を睨みつけている。
もしかして植草さんが告白した相手ってことで敵対心を抱いたのかな?
……お主、我が弟に勝てるとでも思っているのか?
和真はのり君の睨みに気づいているようだが、本気で興味がないらしくて、くるりと私を振り返ると「ていうか唐揚げ食べたいんだけど」とのたまってきた。
…お前、こんな時まで唐揚げって…
私は先程までのり君とバトる気満々だったのに戦意喪失してしまった。
弟の腹ペコ発言のせいで。
和真は私の二の腕をがっしり掴むと歩き出した。私はたたらを踏みながら引っ張られていく。
待ってよ! まだのり君に指導していないと言うのに!!
ああいう奴にはビシッと言っておかないとだな!
「ほっとこうぜ。ていうか姉ちゃんは他人の面倒事に首突っ込みすぎ」
「ちょっと! 和真! まだ話は終わってないんだから!!」
「橘先輩に怒られても知らねーぞ」
「ちょ!? チクらないで! 止めてください!!」
私が先輩に弱いことを知っておいて脅してくるなんて! お前は誰の味方なんだよ!
確かに直談判するなと言われたけどさ! でもさ!
バレたら期末テスト最終日のご褒美デートがナシになるかもしれないじゃない! 説教デートになるかもしれないじゃないのよ!
私はラブラブしたいの! 叱られたくはないの!
「今日はにんにく醤油な気分なんだけど」
「つ、作れば良いんでしょうよ! 作れば!!」
唐揚げに魂を売った弟の脅しに負けた私はテスト前だと言うのに唐揚げを作らされた。
悔しいっ。
土曜日に植草ママンから連絡があったんだけど、のり君が植草家までやって来たらしい。
すごい度胸だよね。どういう神経してるのかな。
だけど植草ママン・植草兄同席の元で、植草さんの口からしっかり別れの言葉を告げたって。
それでのり君は納得いかない雰囲気だったけどわかったと返事したそうな。
金曜日に婦人科で緊急避妊薬を処方してもらった植草さんは怪我もあるのでしばらく通院するそうだけど、ひとまずはのり君の問題が解決したから少し安心した。
とはいえ植草さんの心の傷は深いだろうから、植草兄がしばらく送り迎えして家族一同でケアするそうな。
私にはいつもどおり接してあげてほしいとお願いされたのでそうするつもりだ。
結局、被害を警察に届けることは植草さんもしたくないと言っていて、泣き寝入りという形になってしまった……
私もネットで調べたけど被害届を出しても検挙されるのは一握りって言われてるそう。特にカップル間・夫婦間というのはただの痴話喧嘩と取られることがあるそうな。だからまともに相手にしてもらえないんだって。
なんかなー……こう、のり君をガツンと痛い目に遭わせたいけど、この場合手を出したほうが負けなんだよなー。前科が出来てしまう。
それを背負う勇気はないし、植草さんも望んでないかも。
…たまに和真や山ぴょんに尻キックしてる私が言うのはアレなんだけど…暴力に走るのは控えようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。