小話・マロンちゃんと私。
時系列は3月末くらい。
ーーーーーーーーーーーーー
「キャワン!」
「おっと!」
「コラマロン! …あらあやめさんごきげんよう」
「ど、どうも…」
春休み中のアルバイトの帰り。
突然柴犬に飛びつかれたかと思えば、飼い主らしき女性が現れて犬を注意していた。
相手はなんと元生徒会長ルートのライバル役・女傑のラスボス陽子様であった。
…ちゃんとリード持ってないと駄目よ。
「ごめんなさいね。いつもはいい子にしてるのにどうして走り出したりしたの? マロンちゃん」
「キャフ、キャワワワン!」
クルンと丸い尻尾をバタパタ揺らして、私の膝に前足をタッチして後ろ足立ちをしながらこちらを期待の眼差しで見上げてくるその柴犬は先日の3月14日に初対面を果たした陽子様の愛犬マロンちゃん(柴♀)である。
あの時もそうだったけど、別に遊び相手になったわけでもないのに私は懐かれていた。
その場にしゃがみ込んでそのモフモフな顔を両手でワシャワシャ撫でてあげた。マロンちゃんは気持ちよさそうに目を細めている。
そうか、気持ちいいか。
私は昔からよく犬に好かれた。
他の動物はそうでもないけど、犬は別だ。
なんだろう。私の前世は犬だったとか…? それならどうして乙女ゲームのことを覚えているのかという謎が生まれてしまうから、それはないか。
犬を引き寄せるフェロモンがあるのか…考えたくないが私が犬に見えてるとか……
犬は好きだよ? でも、私人間なんだよ。
犬っぽい犬っぽい言われて喜ぶのはちょっと違うと思うんだ。
しかも柴は主人以外に警戒心の強い犬だ。
初対面にも等しい私にお腹を見せているってどういうことなんだろうか。
「偶然ね。お買い物でもしていたのかしら?」
「いえバイト帰りです」
「そうなの…そういえば正月の時はごめんなさいね。上の人に怒られなかった?」
「あー…ちょっとの小言で終わったんで」
たまたま優しい社員さんだったから良かったけど、あの時は本当に疲れたよ。
「そうだわ、お詫びに今からお茶でもいかが? ごちそうさせて?」
「え?」
陽子様の提案に私は戸惑ったが、相手がどうしてもと言うので、陽子様御用達ドッグカフェに向かう事にしたのだが……
「ゲッ」
「…最悪だわ。何であなたなんかと遭遇しなきゃならないのかしら?」
「…間先輩。どうも卒業式前以来です」
何処かに出かけていたのだろうか。スーツ姿の間先輩とばったり遭遇してしまったではありませんか。
彼は陽子様を見て顔を嫌そうに歪め、私を見てわかりやすく敵対心を向けてきた。
あの事まだ怒ってんのかな…
私と花恋ちゃんは女同士だから心配しなくてもライバルにはならないというのに。
「あのっ、私彼氏ができたんですよ!」
「あ゛ぁ!? 自慢してんじゃねーよ! 俺に喧嘩売ってんのかお前は!」
「え!? 違いますよ!? ただ私は敵ではないと…」
「うるっせぇ! そんな事どうでもいいんだよ! いつも図ったかのように俺と花恋の目の前に現れやがって!」
「タイミングが悪いんですよ! 大体生徒会長ともあろう方が後夜祭の仕事を放棄してあんな人気のない所で女の子を壁ドンしてるなんて誰が想定しますか!?」
あの時私がいなくても、見回りしていた亮介先輩に発見されていたと思うよ! そうなってたら間先輩は亮介先輩に説教されてたかもしれないんだよ!? それでも良かったのかあんたは!
「なんとも思ってない男に壁ドンされて『俺を見ろ…』とか言われるのってかなり恐怖だったと思いますよ! ただイケとか関係ないですからね!」
「おま、お前ぇぇ…」
間先輩は顔を真っ赤にして私を更にキツく睨みつけてきた。
だけどきっとあの時の花恋ちゃんはびっくりして訳が分からなくて動けなかったんだろうなと今では思う。自分に自信があるのかもしれないが、女の子全員が壁ドンでなびくとか思わないように!
「次に正月のコーヒーの件なら、私が被害を被った側です! よってここでの文句は言いがかり甚だしいです」
「あれはコーヒーが倒れるから!」
「あんな乱暴にトレイを持ち上げれば倒れるに決まってるでしょうが! 馬鹿ですかあんたは! ここはアメリカじゃないんですからそんな訴訟しても裁判官に一笑されて終わるだけですよ!」
それで訴えるアホは日本にいないと信じたい。そんなことまでこっちのせいにされてたら何もできなくなるだろうが。
そもそもあんたが溢さなければ済んだ話なんだからな。
「卒業式前の花恋ちゃんに振られた直後に乱入してしまったのは申し訳ないと思ってますが、色々事情があったんですよ。それに私と花恋ちゃんは友達です。だから諦めずに頑張ってください」
「…いやだ克也あなた…花恋さんに振られたの? 脈はないだろうなと思ってたけど…」
「うるせぇよ!」
私としてはエールを送ったつもりだったが、間先輩には余計なお世話に聞こえたようだ。
めっちゃ私のこと睨んでくる。
困ったなぁ。でも本当に私には最愛の彼氏がいるし、花恋ちゃんとはどうこうすることはないんだけど。
私を敵対視する暇があるなら花恋ちゃんにアタックするべきだと思うの。
「ヴヴヴヴーッ!」
「! …マロンちゃん?」
先程まで私の隣でご機嫌だったマロンちゃんが突然唸りだした。
相手して欲しいのかなと思って彼女を見ると、マロンちゃんは間先輩に向けて険しい形相で唸っていた。
どうした、間先輩が不審者に見えるのか。
「げっ…なんでクソ犬がここに!」
「マロンのことをそんな言い方で貶すのはよして頂戴! うちのマロンはとってもいい子よ! 少なくともあなたよりはね!」
マロンちゃんの存在に今気づいたのか間先輩はピョンと飛び退いた。犬が苦手なのだろうか。
…だけどそれにしては嫌悪感がすごいと言うか…
マロンちゃんは今にも間先輩に噛みつきそうな勢いだが、陽子様がリードをしっかり掴んでいるのでそうはなっていない。
…あ、もしかして。
主人が嫌う人間を同じく嫌っているのかな?
「ヴヴヴッ、ガウッ」
「っ! おい陽子! そのバカ犬をこっちに寄越すなよ!」
「ステイマロン! 駄目よこんなの噛んだら。お腹壊すだけだからね」
マロンちゃんvs間先輩の図になりかけていたので、ここから離れたほうがいいと思ってマロンちゃんに声を掛けた。
「マロンちゃん、ドックカフェ行こう! 私マロンちゃんと遊びたいな!」
「ワフッ?」
「陽子さんも行きましょう。間先輩と一緒にいたらイライラするだけですよ」
「…それもそうね」
「おいテメェそれどういう意味だ!」
空気を読んで提案してあげたのに間先輩がまた噛み付いてきた。
だってそうだろう。マロンちゃんは間先輩に会うまではご機嫌だった。それは主人の陽子様も同様。イライラする元凶から離れたほうがいいだろう? 間先輩もイライラしてんだし。
離れたほうがお互い平和に過ごせると思うんだ。
「それじゃえっと、大学に行っても頑張ってくださいね!」
「余計なお世話だ!」
このまま別れるのも味気がないので応援したらまた怒られた。
乙女ゲームでも少々傲慢な俺様だったけど、こんな三枚目キャラだったかなぁ? 陽子様も詰めが甘いと言っていたからその通りなんだろうけど。
……まぁいいか。もう会うこともないだろうし。
その後ドッグカフェ併設のドッグランでマロンちゃんと遊んでいたら他所のワンちゃんにも懐かれ、私は某ムツゴロ○さんみたいにワンコたちを愛でることになった。
犬に囲まれながら思った。
……まさかこの世界は私をヒロインにした犬育成ゲーム(逆ハーあり)なのではないかと。
私のわんわんパラダイス写真を陽子様が花恋ちゃんに送信したらしく、後日花恋ちゃんから今度一緒にドッグカフェに行こうとデートに誘われてしまった。
間先輩、もっと頑張ったほうがいいですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。