高校最後の体育祭。狙うは伝説のコロッケパンである。

 一歩前進しそうでしなかった私と亮介先輩だが、本音をぶつけ合ったお陰で以前よりも心の距離は縮まったんじゃないかなと私は思う。

 それと自分の悪い点を改めて見直す切っ掛けも出来たので我慢のし過ぎはやめようと決めた。我慢したらまた拗れて喧嘩になってしまいそうだから。


 そう言えば付き合って初めて喧嘩した気がする。

 私が亮介先輩のアパートに突撃した時、先輩は私に別れ話をされるんじゃないかとヒヤヒヤしたと言っていたがそんなバカな。


 私は先輩の他の女性に対する態度に不満と不安を感じていたが、先輩も自分には何も言ってこないで橘兄には話す私の態度に不満を覚えていたそうなので、お互いに行動を改めると約束した。

 お互いのためにも、気になったことはもっと話し合おうと決めたのだ。


 1つボタンを掛け違えたらどんどんすれ違いが生まれてしまって元に戻るのが難しくなる。

 特に先輩は、元彼女の沙織さんとはお互いすれ違いで別れた経験があるからそれを恐れているようだ。



☆★☆



 本日は日曜。いよいよ高校生活最後の体育祭の日がやってきた。

 梅雨の中日で晴天に恵まれ、ジリジリと日差しが乙女の柔肌に突き刺さってくる。青い空が憎たらしいくらい眩しい。


 私は午前中にパン食い競走、午後にムカデ競争に出る予定だ。

 パン食い競走は個人競技だからパンをゲットして一位になれば良いんだけど、口でうまくパンをキャッチできるかどうかが重要となっている。

 しかも男女混合だから男子よりも女子はかなり不利な気もする。ジャンプ力とか走る速度とか。

 なんとか上位に食い込みたいところだが……



 自分の競技まで後二競技残っている。現在二年男子の棒倒しが行われていた。

 女子たちの黄色い歓声をBGMにそれを眺めていた私は、隣に座っている林道さんに先程から肩をバシバシ叩かれていた。

 痛いわ〜。この人力強いんだよね…。


「きゃぁぁぁぁあ!! 和真くーん!! 見てみてあやめちゃん! 和真君超かっこいい!!」

「うんうんカッコイーカッコイー」

「もうっ! なんでそんな適当な返事するの!?」

 

 アホか。実弟にかっこいい~ってキャーキャー叫ぶわけ無いだろう。弟はあくまで弟であり、生まれたときから見てんだから見慣れてるんだよ。

 それより姉として怪我をしないかハラハラしてんだよこっちは。棒倒しは危険だからって禁止する学校が出てるくらい危ない競技なんだぞ。組体操とか騎馬戦も同様に。

 だけど何でもかんでも危険だからって廃止するのはどうかなと思うんだけどね。

  


「あやめちゃんの弟くんすごいね! 倒しちゃったよ」

「運動神経良いからねあいつ。空手始めたお陰で逞しくもなったし」


 反対隣に座っている花恋ちゃんは比較的静かに観戦していた。周りが姦しいだけあって彼女はオアシスのような存在に見える。


 ちなみに、未だこの二人は微妙な関係である。

 花恋ちゃんは和真と全然接触がないし、和真を狙ってる素振りもないのに林道さんは敵対視している。乙女ゲームの舞台は終わっているというのに。美少女だから危機感を覚えているのだろうか。


 今だって花恋ちゃんは当たり障りのない感想を述べただけなのに、私を挟んで向こう側から林道さんが花恋ちゃんを煩わしそうに睨んでいる。

 花恋ちゃんは気にしていない様子でいるが、多分めっちゃ気にしていると思う。


 私はこういう空気が嫌いだ。自分がこういう事をされたことがあるからこそ尚更嫌いなのだ。

 高校最後の体育祭を微妙な空気で終わらせたくない。


 そうと決まれば行動のみである。

 私は問答無用で林道さんの腕を掴んで立ち上がらせた。 


「林道さんちょっとおいで~」

「えっ!? なに!?」


 林道さんは私より小柄なので力任せに引っ張れば連れて行くことが出来た。

 連れて行った先には、競技を終えた二年男子が上半身裸でブロック席に戻ってきていた。棒倒しでは体操着を引っ張られないように事故防止で上半身裸で競技していたんだよね。

 林道さんは半裸の二年男子達を見て赤面していたが、私は彼女の腕を掴んでその中をズカズカ進んで行き、弟の名前を呼んだ。


「和真!」


 私の呼びかけに、友達と話していた和真は振り返る。林道さんが和真の半裸姿にきゃあ! と小さく叫んで目を隠していたが、全然隠せてない。だって指が開いているからね。あんた実はネットリ和真を観察してんだろうが。

 私は林道さんを無表情に見下ろしていたが、彼女の手を取り払うと、そのもちもちした桃色に染まった頬を両手で挟んで圧迫した。


「ふぎゅう!」

「ほら和真見て見て。潰れたアンパン○ンの刑」

「ふぁやめひゃん!?」

「林道さん、私は言ってるよね? 花恋ちゃんを敵対視するなって。私ああいうの一番キライなんだって。これは罰!」


 ジタバタして私の手を外そうとする林道さんを解放することなく、和真の前で変顔させる公開処刑を行った。

 好きな人の前で処刑したらおとなしくなるだろうと思っていた。だけど私の読み違いだということが判明する。


「…ははっ」

「……」 


 和真は林道さんの潰された顔を見て笑った。

 私はまさか弟がこれで笑うとは思っていなかったので固まった。満面の笑みを浮かべたのだ。面白いのかこれ。

 そして抵抗を示していた林道さんの動きが大人しくなり、反省したかと思った私は林道さんを見下ろす。


 なんと彼女は目をキラキラ潤ませて嬉しそうな顔をしていた(※ほっぺたをギュッと両手に挟まれたまま)

 恐怖を覚えた私はビクッとして彼女の頬から手を離した。

 


「和真君が…笑ってくれた…!!」

「…は?」

「あやめちゃん今の見た!? 和真くんが私に笑ってくれたの!」

「…林道さんの変顔見てだけどね」

「和真君もう一回笑って!!」


 なんと彼女は自分から潰れたアンパ○マンをやり始めたのだ。なんと捨て身なアタック。



 反省させるつもりで執行したのに、喜ばせてしまった。

 私はモヤモヤしたが、そろそろ入場門に待機しないといけないので後ろ髪引かれつつも移動したのであった。




 うちの高校のパン食い競走はまずスタートから100mを走り切り、体育祭の実行委員がぶら下げているパン(袋入)を口だけでキャッチして、その先にある平均台を落ちないように渡りきって50m先のゴールまで辿り着く競技だ。

 平均台から落ちたら最初からやり直しだし、パンは口に咥えたままというルールがある。

 実行委員によっては意地悪してぶら下げたパンをわざと高くあげたりしてくる。特に男子に対して。


 私はスタート位置に着いて、100m先のパンを睨みつけた。

 ええい、伝説のコロッケパンはないのか! 

 私のコロッケパンに対する執着心を闘争心と誤解をしているらしい隣にいる別ブロックの男子が引きつった顔をしているが、そんな事気にしない!

 見事ゲットして体育祭を観に来てるであろう亮介先輩にあげるんだ!!


 パァン、と号砲が鳴り、一斉に走者が走りだす。やっぱり男子は女子より足が速い。私は必死に追いつこうとするが、もう彼らはパン食いレーンでパンに食いつこうとしていた。

 但し、実行委員がわざと上げ下げしているから咥えられてないけど。

 私もその位置にたどり着くと、神のお導きなのか『神戸牛使用コロッケパン』と書かれたパンの袋が目の前にぶら下がっていた。

 私は目を光らせると、それ目掛けてピョンとジャンプした。


 しかし、なかなかキャッチできない。そうこうしている間にパンをゲットした人たちが平均台に向かっている。焦りが募るが、私はこれをゲットしないといけないんだ!!

 気分はまるで池の鯉である。餌を食べようと大口開けてパクパクしてる姿は傍から見れば滑稽そのものだと思う。


 何回かトライして、自分の口にビニールの感触が当たった瞬間思いっきり歯を立ててパンの袋にくっついていた紐を引きちぎった。

 その段階で私は下から数えたほうが早い順位であった。


 漸くパンをゲットできたので、次なる難所・平均台に向かう。

 こういう細い棒を歩くのが苦手なのか、そこでやり直しをしている人がいた。

 これはチャンスだと思った私は落ちないように平均台をスタタタと忍者になった気分で渡りきると、ゴールに向けてラストスパートを掛けた。



 順位は8人中5位。平均台で1人抜けたけど5位だった。

 私は微妙な順位にがっくりうなだれた。

 だけど最後の競技じゃなくてよかった。最後辺りになると皆殺伐とするからブーイングの嵐になるからねこれ。

 


 肩を落としながら自分のブロック席に戻ると友人達があたたかく出迎えてくれたので幾分かホッとした。


「アヤ、お疲れ」

「あっ! アヤちゃんそれ伝説のコロッケパンじゃないの!?」


 沢渡君がコロッケパンに目を向けて目を輝かせていたが、私は彼から目をそらす。


「…このコロッケパンは貢物なのだよ。……おいしいんだろうなこれ…」

「お前が食べたいなら食べて良いぞ。俺はもう食べたことがあるから」

「!」

「亮介がいらないなら俺が貰うぜ?」

「あげませんよ!?」

 

 後ろから先輩の声がしたので勢いよく振り返るとそこには私服姿の先輩方がいた。

 OBの亮介先輩と大久保先輩の登場に彼らを知っている生徒が注目する。風紀委員の面々とか部活生が中心にね。

 やっぱり目立つなぁこの二人。


 私は大久保先輩からコロッケパンを守るようにして亮介先輩の手にそっとそれを握らせた。

 貢ぐと約束していたから…我慢だ…私に二言はないのよ……


「大丈夫…私あと半年チャンスあるから…」

「…やせ我慢するな。…折角なら半分個するか?」

「! します!!」


 私の食べたいオーラが滲み出ていたのか、亮介先輩はナイスな提案をしてくれた。その提案に乗ってコロッケパンを半分個すると私は早速パンにかぶりついた。

 午後休憩まであと30分だけどこの量なら全然お昼ご飯に影響ないだろう。


 一口食べた瞬間に広がったのは深いコクのあるソースの味と肉特有のジューシーな味わい、肉本来の甘み。そしてそれを引き立てる野菜たちの自然な甘み。ライ麦使用のパンも練り込まれたバターの風味が鼻をくすぐる。

 なんなんだこれは。神戸牛だからこうなるのか。私は今までこんなコロッケパンを食べたことがないぞ。

 ありがとう神戸牛、ありがとう農家の人々。

 感動をありがとう…!


「あぁ、神戸牛…!」

「いいなぁ」


 感動しながら幻のパンを食べていると羨望の眼差しが友人らから送られてくる。私の前では諦めの悪い大久保先輩がコロッケパンを略奪しようと亮介先輩と格闘していた。

 食べ物の恨みは怖いからやめたほうが良いと思いますよ大久保先輩。


「単価の高いパンが出てくるんだね。パン食い競走って」

「私の他にもゲットしてる人いたよ。羽振りが良いよね」


 伝説のパンをぺろりと完食した私は満足である。実に美味しかった。

 ふと亮介先輩を見ると大久保先輩を腕三角絞めしていた。それ柔道の技なんじゃないですかね。剣道してるのに柔道も出来るんですか先輩。

 大久保先輩が「ギブギブ!」って叫んでますけど…


 でもそんなやんちゃな先輩も好きです私。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る