小話・ お付き合い始めて間もない二人とあやめパパ

「先輩、先輩は私と何がしたいですか?」

『…何、とは』

「お恥ずかしながら私、男の人とお付き合いするの先輩が初めてなんで、世間一般の情報しか知らないんですよ。何をすれば良いのかわからなくて」


 男女交際について友人たちから何もアドバイスが貰えなかった私は悩んでいた。

 付き合い始めは何をするんだろうか。次はデートか? 


「したい事はたくさんあるんですけど、自分の意見を押し付けるのは良くないと思って。先輩の意見も聞きたいんですよね」

『…それは……』


 先輩の意見を聞いておこうと思って質問したのだが、電話口の先輩は何故か言い淀んでいた。

 先輩は特に考えてなかったのかな。


「手は繋いだし、キスもしたし、ハグもしたじゃないですか。次はデートですかね?」

『………なんだそっちか』

「え?」

『いやなんでもない。そうだな……映画でも観に行くか?』

「いいですね! 先輩はどんな映画ジャンルが好きですか?」


 映画観るとかデートっぽい!

 私は初デートの予定にはしゃいでいた。

 自分はホラーから恋愛まで幅広く見れるから先輩が観たいもので構わないよ!


 上映中の映画の中から候補を選び、今度の休日にSFアクション物を見に行く約束をした。

 日記帳代わりになっている手帳にハート乱舞でデートの予定を書き込んでいると、先輩があることを言ってきた。


『そうだ、一度お前のご両親に挨拶をしておきたいんだが』

「え? …まだ早くないですか?」

『早めのほうが良いと思うんだが』

「そうですか? じゃあちょっと後で親に聞いてみますけど…先輩ったら真面目ですねぇ」


 そんなところも好きなんだけどね。

 大切にされている気がしてくすぐったい気分になる。

 誰も見てないことをいい事に一人でニヤニヤしていた私だが、とある事を思い出して真顔に戻った。


「あのー…うちの父さんは…もしかしたら失礼な態度取るかもしれません。それでも良いですか?」

『それは想定してたから頑張る』


 頑張るって。

 私も父の無礼を放ってはおかないけどさ…

 卒業式の後に彼氏が出来たと話した時、祝福してくれた母とは対照的に父は面白く無さそうな顔をしていた。

 私は何も悪いことをしていないので、なにか言ってくる父の言葉には耳を貸さなかったし、母さんも放っておきなさいと言っていたから放置してたけども…

 間違いなく、先輩に対して友好的な態度は取らないと思うんだよね…


 今なら後に引けますよと先輩に確認したけど、大丈夫と言われてしまったので、電話を切った後両親に「彼氏を紹介したいから時間を作ってくれ」と頼んでおいた。



 私も先輩のご両親に挨拶したほうが良いか質問したら先輩は「…うちの両親は多忙だからおいおいでいいさ」と返された。それにお祖父さんやお兄さんとは顔見知りだし、そんなに慌てなくてもいいと言われた。

 先輩のご両親ってどんな人なんだろうか。

 先輩の口振りじゃ厳しそうなご両親なイメージなんだが…お硬い職業だし。

 ご両親と会う機会があれば、いい印象を与えたいな。

 橘兄の時は先輩を意識してなかったから平気だったけど、今だと反抗的な態度取る勇気はないわ。

 好きな人の家族にはよく見られたいじゃない。





 約束の日。

 私の彼氏をおもてなしするのにウキウキしている母さんとは反対で、時間ギリギリまでパジャマ姿のままソファーでごろ寝している父さんに「そんな格好で私の彼氏に会うなんて許さないから!」と注意したら「父さんはあやめの彼氏になんて会いたくなかった!」と反論されてしまって、私は閉口するしかなかった。

 えぇぇ…なにそれぇ…


「…父さん、無駄な足掻きはやめたら?」

「和真! お前なら父さんの気持ちがわかるよな!?」

「橘先輩、いい人だから心配しなくてもいいと思うけど。…腹括れよ父さん」


 同意を求めてくる父さんに淡々と返事をした和真は稽古行ってくると告げると、今や日課となっている空手の道場での稽古に出かけてしまった。


 それから間もなく、ピンポーンとインターホンのチャイムの音が聞こえて、私はバッと玄関の方向に振り返った。

 そして、有名なネズミのトレーナー(パジャマ代わり。ちょっとくたびれてる)を着た父を見て顔面蒼白になったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る