私の知っている副会長シナリオと違う。だけど彼女は満足そうである。

『ごめんねぇ予約が詰まってて』

「そうですか…」


 修学旅行前に髪を金髪に染めようと思っていた私だったが、行きつけの美容室が予約でいっぱいのため、私は今のハニーブラウンのまま修学旅行に行くことになりそうである。


 ガックリ肩を落とし、教室に引き返していたのだが、三年の女子達とすれ違った時なぜかジロジロ見られた。


「…?」

 

 私どこかおかしいのかな? と思ってトイレの鏡を見に行ったけど化粧崩れも髪型もなんともなかった。

 気にし過ぎかな。



 三年生の国公立大学志望の人は二月の半ばまで二次試験の対策で登校、私立大志望または就職の人は自由登校という名の、国公立志望の人の邪魔はしないようにという遠回しの圧力でそのほとんどの人が登校していない。


 橘先輩はセンター試験自己採点結果も良くて、このまま志望大学の志望学科へ出願する予定らしい。

 ひと月後に二次試験が待ち構えており、気を抜くことなく追い込みに入っていた。



 一方、いよいよ明日から修学旅行予定の私は少々浮かれていた。


「明日は朝8時までに校庭に集まるように。点呼をとった後、注意事項を確認。その後駅まで全員でバス移動になる。何かあればすぐに先生に電話しろー」


 担任の話に生徒らは「はーい」と良い返事を返す。私も返事をしつつ修学旅行のしおりを眺めていた。

 旅行の準備は万端である。そして自由時間のスケジュールも完璧だ。

 後は明日を待つだけ。


 学業の成就を願うならやっぱり清水寺だろうか。それとも金剛寺?

 先生の話が終わったと同時に授業終了のチャイムが鳴って生徒たちは下校の途につく。

 ウキウキしながら私も昇降口に向かっていた。


「田端」

「あ、橘先輩!」

「…修学旅行で浮かれるのは良いが…」

「分かってますよ〜大丈夫ですって」

「…だといいんだがな」


 橘先輩も丁度二次試験対策の補講が終わったらしい。なんか少々疲れているように見えるが、補講はハードなのだろうか。


「…先輩大丈夫ですか? 補講ってそんなにきついんですか?」

「疲れが溜まっているだけだろう。俺以外の三年も大分疲れているからな」


 確かに三年は以前からピリピリしていたけどもここ最近はお疲れ気味な人が多く見られる。

 下駄箱で先輩と一旦別れたのだが、私が靴を履き替えて昇降口を出ると橘先輩がそこで待っていた。

 もしかして一緒に帰れるのかな? とワクワクを隠さずに私は先輩の元に駆け寄る。

 『帰ろう』とどちらかが声を掛けるまでもなく、肩を並べて歩き始めた。


「先輩最近ちゃんと寝てます? お肌のハリがなくなっている気がするんですけど」

「…男に肌のハリを求めるな。…ちょっと根詰めすぎなのかもしれないな…」

「私今日9時には寝るんで、先輩も同じ時間に寝ましょうよ!」

「子供か」


 私は昔から遠足前などには早く寝る子供であった。そして翌朝決まって早起きする。

 高校生になってもその癖が抜けることはなかった。

 いい案だと思ったのに、先輩に一蹴されて不満に思った私は彼をジト目で見上げていたのだが、校門付近から「亮介!」と先輩の名を呼ぶ声がした。


「……沙織? 何故ここに?」 

「亮介…話があって待ってたの…」

「…なんだ?」

「ここじゃちょっと……なんで田端さんと…?」

「…こんにちは…」


 沙織さんは私を目に映した瞬間、わかりやすく顔を顰めた。

 ここまで嫌われるとちょっと傷付くんだけどな。私のようなモブ顔でも橘先輩の隣にいるのは気に食わないものなのだろうか…

 しかし美人に睨まれると怖い。


 話があるというなら、橘先輩は沙織さんと帰ることになるのかな。

 先輩と帰れるものだと思っていたのでがっかりした。


「…わかった。…すまん田端。また夜に連絡する」

「あ、はいわかりました。…さようなら橘先輩」

「あぁじゃあな」


 橘先輩にそう言われた時も沙織さんは私を睨みつけていた。だけど橘先輩が振り返ると即座に彼女は表情を穏やかなものに変えていた。私はその変化に呆然とする。

 彼らが立ち去るのを見送った私は緊張が解けたせいか疲れた気がした。そして「帰ろうかな…」と肩を落として正門から一歩外に出ようとした。




「あやめさん!」

「! …雅ちゃん?」

「良かった。まだ学校にいらしたのね。これ、焼き増ししたので渡そうと思って」

 

 走ってきたのだろうか。雅ちゃんは息を切らせていた。

 彼女に差し出された封筒に私は首を傾げながら受け取って中身を確認するとそこにはサンタな私と大和撫子が雪だるまの人形前で笑っている写真が入っていた。


「あ! これクリスマスの?」

「はい。よく撮れていたので現像しました」

「わぁありがとう〜」

「それと、明日から修学旅行と伺ったので…気をつけて行って来て下さいね」

「うんお土産買ってくるね」


 ウフフ、あはは、と和やかに笑い合っていた私達だが、そこに不機嫌そうな男がその空気をぶち壊した。


「…また来られたんですか…雅さん」

「ごきげんよう志信様。私はあやめさんに会いに来たのです。あなたに用はございません」


 先程までの可愛らしい笑顔から一変した人形のような笑み。私は雅ちゃんの変貌にちょっとビクッとした。


 彼はヒロインちゃんと一緒に帰宅していたのか、雅ちゃんから彼女を守るかのように背に隠していた。

 元生徒副会長・伊達志信は女性的なその美貌を歪めて私を一瞥すると「このような派手な人間と君のような人が関わるのは良くないと思いますが」と言ってきた。

 うーん、こういうの以前にもあったような…あぁ橘兄か。やんわり言ってるけど同じ意味合いだよねこれって。


 ヒロインちゃんがオロオロと私と伊達先輩、雅ちゃんを見比べているのが視界に入ってきた。

 確かに私と雅ちゃんは正反対だから周りからしたらアンバランスに見えちゃうのだろう。


 伊達先輩の言葉を聞いた雅ちゃんは一瞬、無表情になったかと思えばハッと鼻で一笑した。

 あの大和撫子な雅ちゃんが鼻で笑ったのだ。

 私はそれに思わずポカーンとする。


「あら、あなたにそんな事言われる筋合いはございませんわ? あなただって女性関係にだらしがない素行不良の友人とお付き合いがありますでしょ」

「それは翔のことですか?」

「分かっているのでしょう? …第一あやめさんは素行に問題はございませんわ。失礼ですわよ」


 あれ…雅ちゃんってこんなにはっきり物言うタイプだったっけ?


「志信様、政界に限らず女性関係では誰でも身を滅ぼすのですよ。今まで…じっと我慢しておりましたけど、私はこのような屈辱を絶対に許しはしませんわ」

「何を言っているのですか…」

「そこの方…本橋花恋さん? 一般家庭の長女で二学年時にこちらの学校に編入。成績は平凡で運動は苦手だけども容姿に恵まれた女子生徒だそうですわね。確かにおきれいな方だわ。…随分親しいようで」

「!」

「え、あの…」

「婚約者候補の想い人のことですもの。調べて当然でしょ?」


 その言葉にヒロインちゃんは目を大きく見開いた。バッと伊達先輩を振り返ってサッと身を引く。ヒロインちゃんガチで伊達先輩の許嫁候補の存在知らんかったのかい。

 …伊達先輩不誠実だなぁ。


 雅ちゃんは凛とした態度は崩さずに伊達先輩を見上げた。


「文句がお有りならご自分でけじめを付けてくださいな。…私は今まで親に言われるがまま努力して参りましたが…もう我慢するのはやめました。あなたのような不誠実で人を見る目のない殿方に嫁ぐのはごめんですわ…それではごきげんよう」


 ………。

 あれ? このセリフって。


「さ、あやめさん参りましょう?」

「え? あっハイ」


 あれ、約束してたっけ? とは思っていたが、私は雅ちゃんに慌ててついていく。

 彼女が向かった先はあの喫茶店だ。


 ドアを開けるとマスターと常連客のおじさんが出迎えてきて「いらっしゃい」「勉強してきたか〜?」と私達に声をかけてきた。

 もうすっかり顔を覚えられてしまった。


 私達はそれに笑顔で返事すると席について注文を済ませる。

 雅ちゃんは提供されたおしぼりで手を拭きながらほう、とため息を吐いていた。


「はぁ、スッキリしました」

「…良かったの? あれで」

「良いんです。私、自分で決めることが今までなかったのでいい切っ掛けになりました」


 彼女の表情は晴れ晴れしていた。

 何か、心境の変化でも会ったのだろうか。


 だけど、乙女ゲームのような泣き顔をしてなくてよかった。

 雅ちゃんが身を引く発言をしたということは、ヒロインちゃんは伊達志信ルートを行っているということなのか。

 いや、身を引くと言うか熨斗をつけて投げつけるような発言だったかもしれないけど…


 イベントとか誰のルートを行くのかとか気にしないようにはしてたがやっぱり気になる。

 

 …それに何も言わずに見送ったけど、橘先輩と沙織さんの事も気になる…

 …連絡きたら聞いてみてもいいだろうか。



 なにはともあれ……明日からの修学旅行、何事もありませんように。

 マジで。平和に終えたいです。

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