彼の事情【三人称&橘亮介視点】
亮介と沙織の交際するに至るきっかけは同じ中学の同じクラス、同じ委員会であったこと。
はじめはただのクラスメイトで暇な委員の仕事の合間に雑談をする間柄だった。
『橘君、警察の仕事につくの? すごい!』
『すごくはないよ。家族が警察関係者だから自然とその道を志しただけだから』
『そっかぁ…私は全然将来のこと決めてないわ。いい高校に入って、いい大学に入って…漠然とそんな事しか思いつかない』
『そんなもんだろう。今の時点で将来のこと決まっている人は僅かだと思う。山村にもすぐにしたい事が見つかるはずだ』
二人共成績優秀で、お互いに偏差値の高い高校を狙っていたので自然と志望校が同じになった。
情報交換として一緒に勉強したり、関わる機会が増えるにつれて距離は近づいた。
そして交際に発展した二人はお付き合いをしつつも受験勉強を疎かにすること無くお互い切磋琢磨していた。
だけど、受験シーズンに猛威を奮ったインフルエンザに罹患してしまった亮介は受験当日、会場で倒れてしまった。
途中まで問題を解いていたけども、それだけじゃ合格点には至らずに結果は不合格。
彼女の方は合格した。
亮介は自分の自己管理の甘さに自己嫌悪しつつも彼女の志望校合格を祝福した。
私立受験を病気によって失敗した亮介は公立高校合格に向けて努力することに。
元々私立のほうが偏差値も高く、合格圏にいた彼は公立高校を難なく合格した。
高校生になって学校も生活時間帯も違う二人であったが、剣道部に入りその上風紀委員になった亮介は多忙を極めた。
それでもなんとか会う時間を捻出して彼女に会いに行っていたのだけども、とある日彼は目撃してしまった。
彼女と同じ名門私立高校の制服を着た男子生徒と彼女が一緒に帰っている姿を。
はじめはそんなほころびだった。
亮介には負い目があった。
そもそもは自分の自己管理の甘さが招いたことなのだろう。
自分が私立に入れていたら、自分がもっと時間を作れていたらと。
だから彼女を責めることが出来なかった。それはもしかして亮介の意地があったのかもしれない。
しかし、二度・三度とそんな場面を目撃して、それが全部違う男で、男と仲睦まじく手をつないで歩き、別れ際に口づけを交わす姿を見てしまったらもうダメだった。
そういう事をしておいて、何事もなかったかのように自分に口づけを求めてくる彼女に嫌悪感を抱いてしまった亮介は思い切って沙織に別れを告げた。
だけど彼女はそれを拒否した。
違う男と浮気をしている姿を目撃してしまったこと、もう自分が無理であることを告げた亮介に彼女は泣き出して『違うの』『あっちが無理やりしてきたの』と言い訳をしていたが、亮介の目には彼女は男の背に腕を回して自分から求めているように見えた。
それを指摘すると彼女は先程まで弱々しく泣いていた様子から一変して『だって亮介が悪いんじゃないの!』と詰りだした。
『私寂しかったのよ! なのに亮介はいつも部活や委員会で私をほったらかしにして!!』
理解できなかった。
寂しかったら不貞するというのか。
寂しがらせてしまったというその点は申し訳ないと思うが、自分は決して遊んでいたわけではない。出来る限り会える時間を作るようにしていたつもりだ。
どうしても彼女の言い分が理解できない。
…あんなに好きだった彼女が別の人間に見えた。
『元々は亮介が同じ高校に進学できなかったせいじゃないの!』
『…それは』
『私、別れないから!』
関係が破綻したのは高校一年の夏だ。
亮介はもう彼女と付き合う気はなかった。自分にはもう付き合う気はないときっぱり沙織に告げた。
だから連絡もしないし、会いにも行かない。
会いに来たとしても冷たくあしらった。
その辺りから亮介は今までになく部活や委員会に熱中するようになる。
志望校に落ちたことに始まり、彼女の裏切り、エリート思想の両親と兄の落胆の目。
亮介は自分のできる範囲で努力をしようとはしていた。だけどそれを認めてくれるわけではなく、沙織には寂しかったからと不貞され、多忙な両親の期待は優秀な兄へとますます集中し、兄は自分を見下すようになった。
彼の心は傷ついていた。
立て続けに起きた事はまだまだ年若い彼の中にあった自信を打ち砕いたのだ。
その事から目を逸らすように、彼は今まで以上に自分を厳しく律するようになったのである。
そんな亮介であったが家族の中にも祖父母という良き理解者はいたし、友人や先輩にも恵まれていた。
だから腐らずに自分ができることをこなせてきたのだ。
自分の通う高校からでも努力を怠らなければいい大学に進めるし、自分の夢は十分叶えられる。
それに、なんだかんだでこの高校は亮介にとって居心地のいい場所であった。
亮介が別れを強く望み、彼女からの連絡や面会を拒んでいたためしばらく音信不通の状態だったが、その一年後の高二の夏に二人は改めて別れ話をして別れたのだった。
時は流れ、高校三年になって大学受験の追い込みに入った亮介だったが、ここ最近元彼女である沙織が自分と接触してきていることに戸惑いを覚えていた。
彼女と同じ高校に通う中学時代の友人によれば、破局後すぐに沙織には新しく交際相手が出来たらしい。
だけど去年の11月にいきなり別れたと。
久々に再会したかと思えば、頻繁に家に訪ねてくる。
仕方なく図書館に行ったり(後輩がいたので厚意に甘えて同席した)、用事があると断ったり。
偶然同じ集中講義に参加していたこともあり、参考書を一緒に選んでほしいと頼まれた為に人の多いショッピングモールへ向かったり(クリスマスケーキ売り場で兄と遭遇したので兄を巻き込んだ。後輩に迷惑かけているようだったし)
センター入試最終日に話があると言われて、また人の多いショッピングモールのコーヒーショップに入った所、兄と後輩に遭遇して有耶無耶になったり(二人は仲が悪いはずなのに何故か一緒にいたのでイライラした)
なるべく二人きりにはならないようにしていたのだが、彼女はその日、亮介の学校までやってきた。
「亮介…話があって待ってたの…」
「…なんだ?」
「ここじゃちょっと…なんで田端さんと…?」
沙織が後輩を見た時、視線が鋭くなった。
このままこの中途半端な状況を放置していてもいい事はない。後輩にも迷惑をかけてしまうことになるだろう。
だから沙織の申し出に応え、後輩には後で連絡すると言って別れた。
その場から離れると、近くにある小さな公園に入って亮介は彼女の話を促す。
「それで…話とは?」
「私とやり直してほしいの」
やっぱり。
亮介はなんとなくそう来ると予想はしていた。
だけど彼の気持ちはもう既に決まっていた。
「それは出来ない。…もう会いに来ないで欲しい」
「…なんで?」
「それをお前が言うか? はじめに裏切ったのは沙織、お前だ。俺がお前とやり直すことはない」
「そんな」
話は終わりとばかりに踵を返す亮介。
彼女を置き去りにする形で亮介は前を見て歩き始めた。
沙織の復縁の話には全く心揺らがなかった。
もう亮介にとって過去のことであり、そういう対象で彼女を見ることは出来なかったから。
何よりも彼は誤解されたくなかったのだ。
他でもないあの後輩に。
後で連絡しておかなければ。
明日から修学旅行に向かう後輩が変なことに巻き込まれないか、それだけが今の彼の心配である。
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