私にだってわからない。言葉で言ってくれないとわかるわけがないよ。


「…先輩もしかして気にしてるんですか?」

「…別に」


 さっきからこの調子である。

 私の手元にあった重い本の入った紙袋を取ったかと思えば、挨拶もそこそこに橘先輩はコーヒーショップを出ていってしまった。

 私は慌てて二人に頭を下げて彼の後を追ったのだけど彼の足は早く、私は小走りで追いかけていた。



「先輩。私だって言ってくれないとわかんないんですよ。私が風邪引いた件で迷惑かけたの怒ってるんですか? それとも閉じ込められたの黙ってたから…」

「風邪を引いたのは仕方がない。だけどあの時俺に連絡してくれたら風邪を引くことはなかったはずだ」

「センター前だから迷惑かけたくなかったんですよ」

「だから! …俺は頼ってほしいと」

「だって先輩。先輩はもうすぐ卒業するんですよ? いつまでも先輩に頼ることは出来ないんです」


 先輩の足が立ち止まった。

 私はようやく先輩が止まったので先輩の前に立って彼を見上げた。


「先輩にたくさん助けられてそりゃあ感謝してます。だけど依存するわけには行かないんです。…だって人に頼ってばっかりだとダメな人間になっちゃいそうじゃないですか」

「……」

「だから見守っていてくださいよ。先輩は人のために頑張りすぎです。たまには見捨てて良いんですよ」


 私は彼に言い聞かせるように説明した。これは本音だし、いい加減私の保護者を卒業してもらいたい。

 私もトラブルに巻き込まれないよう、巻き込まれた時の対処法を学ぶ努力をする。

 そもそも私はこんなにトラブルメーカーではなかったのだ。乙女ゲームの影響でこんなにもいろんな事件に巻き込まれているのだと信じたい。 

 その仮定が正しければ、来年度は何も起きないはずだし。


 先輩には無事志望校に進んで、夢を実現して欲しい。それが私の望みで、私ができるのは唯一、応援だけだから。



「…俺が、卒業したらもうそれでしまいなのか」

「え?」

「…お前の言い方だとそう聞こえる」

「いや、だって…そうなるでしょう。先輩が進学したら会わなくなりますから自然と連絡を取らなくなると思います。…別に連絡断つわけじゃないですよ?」 


 それが自然な流れだと思う。

 私だって中学小学の友達と高校が違うと滅多に連絡しなくなったし、それが大学生となると更に顕著だと思うんだ。

 大学は出会いも多いだろうしね。


「…そんな事ない」

「わかんないじゃないですかー。…先輩きっと疲れてるんですよ。ほら帰りましょ?」


 橘先輩の腕をグイグイ引っ張ってそう促すと、先輩は私の手を取った。

 私は彼のその行動を不思議に思って彼を見上げると、橘先輩は私を真剣な目で見つめていた。



「…後で知らされることの遣る瀬無さがわかるか?」

「…え?」

「俺は迷惑とかそんな事思ってないのに、お前はいつも俺の知らない所で事件に巻き込まれて…俺がどれだけ肝を冷やしているかわかるか?」

「それは…心配かけて申し訳ないとしか言いようが…」


 耳が痛い言葉である。

 私も好きで事件に巻き込まれてるんじゃないんだけどな…

 痒くもない首を掻きながら私は項垂れた。


「違う。…除け者にされている気がしてそれが嫌なんだ。田端、俺に迷惑かけたくないと言うなら、なんでもかんでも秘密にするのは止めてくれ」

「え!?」

「秘密にされてるほうが迷惑だ」

「そんな!」


 先輩は何を言ってるんだ。

 言った所で先輩は心配して行動するだろう。そんな事したら受験に支障がでるというのに。

 確かに自分だけ知らされてないのは気分が悪いのかもしれないけど…


「田端、返事は」

「いや…その…」

「返事」


 なんか圧力かけてくるんですけど。おかしくないか。

 だけどそれに素直に従うのはダメだと思う。結局邪魔をすることになるから。

 一番は何も起こさないことなんだけど…

 どうしたものか…と考えた私は交換条件を持ち出した。


「…じゃあ、何かあったら報告はします。だけど先輩は手出ししないでいてくださいね」

「…なんだって?」

「何かあったらすぐに柿山君なり後輩に振ってください。していいのは口出しだけ、先輩は絶対に行動を起こさないでください。少なくとも受験が終わるまでは」

「それは!」

「ならお約束しません!」



 私はキッと橘先輩を睨みあげた。

 それを飲んでくれないなら私は徹底的に隠し続ける! いや…高確率でバレてるんだけどね。


 橘先輩は苦々しい表情で葛藤しているようだったが渋々頷いた。

 そこまで? 苦渋の決断するような話じゃないと思うんだけど。


「………わかった。…でも、必ず報告しろよ」

「はいわかりました。…先輩も手出ししちゃいけませんよ。…あ、ていうか私も柿山君と連絡先交換すれば良いのか」


 そのお蔭で和真も行動起こせたんだし、損はないと思う。いや、別に問題起こすつもり無いよ? 念の為。念の為だから。

 名案閃いた! と私は両手を叩いてみたのだが、橘先輩は…


「しなくていい」

「へ?」

「柿山には俺が連絡するから必要ない」

「…二度手間なりますやん」


 速攻却下してきた。何故だ。

 今日の橘先輩、なんだかわがままなんだけど。先輩こんなだったっけ?


「もういいから帰るぞ」

「あ、先輩待ってくださいよ」


 また小さな男の子が拗ねてるみたいな顔して。

 そんな顔しても怖くないんだからね。


 私は先を行く先輩を追いかけて声をかけた。

 大切なことを言うのを忘れていたから。


「先輩先輩、センター入試お疲れ様でした」

「…あぁ」

「二次試験っていつでしたっけ?」

「来月の下旬だが…出願はセンターの結果次第だな。明日学校で試験の自己採点するんだ」

「そうですか…でもまぁきっと大丈夫ですよ。先輩頑張ってきたし」



 先輩は私とのコンパスの差にようやく気づいたのか歩調を合わせてくれたので私は小走りする必要がなくなった。


「田端は来週から修学旅行だったな」

「そうです。準備するのが楽しくて仕方ないんですよ〜…あっ! モールで必要なもの買おうと思ってたのに久松のせいで忘れた!」

「…戻るか?」

「いえ、学校帰りにでも近所の店で済ませます。また遭遇したらやだし」


 私はアイツのことを思い出すと思い出しゾワした。ああいうこと言われるのは私が派手な格好しているせいだというのはわかるけど、腹立たしい。


「…久松に何を言われたんだ?」

「えっ…」

「兄さんがあんなに苛つくほどだから相当なことを言われたんだろう?」


 言いたくないけど、どうせそのうちバレるだろう。橘兄が言うかもしれないし。

 私はオブラートに包んで先輩に伝えることにする。


「あー……遊びましょーって言われました」

「あそび…?」

「アイツ女なら誰でも良いんですよ。アイツはもう宇宙人だと思うことにします」

「……田端、アイツには近づかないようにしろ」

「言われなくても!」



 橘先輩はまたおっかない顔をしていた。

 同じ女好きでも沢渡君には優しい先輩だけど久松のような女を弄ぶタイプは好まないのだろう。私もそうだし。

 でも先輩、受験中だから久松の相手しちゃダメだよ? アイツと会話すること自体時間の無駄なんだから。



 同じ二年でもクラスが違うから接触は少ないと思うのだが、来週の修学旅行にはアイツもいる。


 絶対に班から逸れる行動するなとか、暗がりに近づくなとか、男と二人きりになるなとか、先輩はマジ保護者な発言をしてきて、旅行先でも何かあれば連絡するようにと言われた。


 どんだけ心配性なの橘先輩。



 先輩を送るはずが私が送られてしまい、私は恐縮しきっていたのだが先輩に「また明日な」と声をかけられ嬉しくて笑顔になった。

 先輩とのそんな些細なやり取りが嬉しくて仕方がないんだ。


 

 修学旅行先から沢山写真を送ろう。面白い話をメールして先輩の息抜きになるように、先輩の分まで楽しんでこよう。


 私は先輩を見送ると、浮かれ気味に家へと入っていったのである。


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