センスのない人は時に危険。開き直って勝ち進むしかない。
球技大会があるとはいえ、学生の本分は勉強だ。授業が無くなる訳ではない。
朝練、昼練をしていた生徒らは午後にはぐったりしていた。
やばい、普段使わない筋肉が悲鳴あげとる…
ダイエットのために継続して鍛えてはいたのだが、ドッジボールでは普段使わない部分を動かすので私は猛烈な筋肉痛に襲われていた。
それは私だけに限ったことではないが。
運動部の人は結構平気そうだけど、帰宅部や文化部の人はここ最近目が死んでいる気がする。
私は痛む体をギクシャク動かしながら売店に向かっていた。持ってきたお茶が底をついたので放課後の練習のための水分を確保しようと思ったのだ。
そんな私に奴が忍び寄ってきた。
バシーン!!
「アヤメちゃーん! どしたのそんなシケた面してー!」
「い゛っ!?」
筋肉痛で全身が悲鳴を上げているというのにあの野郎は私の背中を思いっきり叩いてきやがった。
私は悲鳴を押し殺し、ギュウと目をつぶって痛みを堪えた。そしてギッと後ろにいるあいつを睨みつけたのだ。
「痛いんだけど! つうか触んないでくれる!?」
「えー? なんでそんなに怒るのー」
「痛いからに決まってんだろ!」
相手してられん! と私は早歩きでそいつの元から立ち去ろうとしていたのだが、私が怒っているのを分かっているくせに新生徒副会長・久松翔はいつものヘラヘラした笑みで追いかけてくる。
「ねぇねぇアヤメちゃん、待ってよ」
「あんたの相手している暇はない」
「もう冷たいんだからぁ」
トン…
「…どいて」
「なら俺の話聞いてくれる?」
壁に手をついて通せんぼしてきた久松を睨み上げるが、相手は怯む様子がない。むしろ色気のある笑みを向けてくる。
そんなの私に効かないからな。
私は険しい表情になっている意識があったがこいつの前で隠すつもりもなく、顎をしゃくって先を促した。
「アヤメちゃん、花恋が最近志信と一緒にいるの知ってる?」
「志信…? …あぁ元副会長のこと。さぁ? ヒ…本橋さんとそんなに親しいわけじゃないから知らない」
「そっかぁ…」
「もう行ってもいい?」
「いいよ。…そうだ、俺球技大会バスケなんだ応援してね?」
「負けるように念を送ってあげるよ」
私の皮肉に久松は何が面白いのかケラケラ笑っていた。
なんだアイツは。日本語が理解できないのか。
久松からようやく開放された私は売店で飲み物を買うとさっき来た道を引き返す。
その時ふとさっきの久松の言葉を思い出し、ヒロインちゃんの攻略について考えた。
…そういえば、文化祭のときは元生徒会長の間先輩と親しげだったけど…そうか今は元副会長なのか…
ヒロインちゃんが誰を選んでもヒロインちゃんが幸せならそれでいい。
だけど副会長攻略時のライバル・小石川雅を思い出すと、素直に応援したい気持ちにはなれなかった。
☆★☆
球技大会当日は晴天に恵まれた。
そして2−Aの面々は同じ黄色のTシャツを身にまとっていた。
私のTシャツの背面には「2−A 田端あやめ」とユニフォームみたいに文字が書かれていて、その下に縦書きで「顔面はセーフ」と書かれていた。
とりあえず沢渡君は掃除道具入れ前に呼びつけてこれはなんだと問い詰めておいた。団結じゃねーのかよ。
バスケの人は「絶対に押すなよ!?」
バレーの人は「体のどこに当たっても良い」
ソフトボールの人は「かっ飛ばせ!」
最後のソフトボール以外最悪である。特にバスケの文言はひどすぎるだろ。
できてしまったものは仕方がない。このプリント剥がれないし。
私達はそれを渋々着用して、他のクラスの生徒達にクスクス笑われながら球技大会の開会式を迎えたのである。
せっかく昨日髪染めたのに気分が台無しだ。
「アヤちゃんその髪色いいね!」
「褒めても許さないから」
「そういう意味じゃなくて純粋に褒めてるんだよ? これ何色?」
「アプリコットオレンジ。あーあ沢渡君のせいで最悪の気分だわー」
「いいアイディアと思ったんだけどなぁ…」
思ったけど沢渡君は少々センスが無いな。担任の顔Tシャツを提案した時もだけど、たまに変なピアス付けてたりするし。
とりあえず沢渡君のほっぺを思いっきり引っ張っておく。彼は「痛いよアヤちゃ~ん」と情けない声を出していたが、私は沢渡君の頬がスベスベなのに衝撃を受けていた。
思わず両手で彼の両頬を挟んで撫でさすってしまい、周りから変な目で見られたのである。
我らドッジチームは初戦の対戦相手は一年生だった。そのせいかあっという間に片がついて二回戦進出が決まった。
他のチームも善戦を繰り広げているようだ。次の試合までの空き時間にでもちょっと見れたらいいなと思っている。
私達の試合場所はグラウンドの一角で、ソフトボールやバレーボールと区切って行われている。バスケだけは体育館だ。
さっきからその体育館からキャーキャー女子の声が聞こえてくるんだ。
知ってるか? ドッジの試合場所、一番体育館から離れてるんだぜ…
観戦してる人たちは自分の試合は終わってるのだろうかとぼんやり考えつつ、二回戦目の相手に向かって挨拶をしたのである。
☆
「次の試合、午後からにするそうだから、他のチームの応援に行くか」
二回戦も勝ち進んだ私達だったが、今から三回戦すると昼休みと被ってキリが悪いので、午後からになった。
キャプテンからのGOサインが出たので私は友人が戦っているであろうバレーを観に行くことにした。山ぴょんは迷わずバスケ、他の人も各々好きな競技へ足を向けた。
「あーっ! 負けたー!!」
「悔しいー!!」
「でも和真君イケメンだから許す!!」
和真のクラス1−Bとの対戦だったらしい。出遅れた私は弟の勇姿を見ることができなかった。
弟は私の姿を発見すると顔をムッスリさせていたのだが、それを気にしないで私は弟を激励しようと声を掛けた。
「三回戦進出おめでとう和真」
「観に来んなよ」
「いま来たから観てないよ。私も三回戦に進むし、次もあんたの試合観れそうにないもん。…中々活躍したらしいじゃん」
「別に」
「そんな照れるなって」
ポンポンと肩を叩いて弟を激励していた私。
そういや和真、めっちゃ額から汗が流れてるな。タオル忘れたの?
私は自分の首にかけていたタオルを弟に貸してやろうと首から外す。
「和真、タオル」
「和真君! このタオル使って!」
「私の使っていいよ!!」
ドーン! と背中を押されたかと思えば、和真の周りに女子が群がっていた。私を押しのけて和真へタオルを差し出している。
何だこの一昔前の少女漫画みたいな人気ぶり。
和真の姉に向かってこの態度、いい度胸じゃないか。
私は半笑いでそれを眺めていた。
和真は私を見てなんか引きつった顔をしているがどうしたんだろうか。
私は別に怒ってないよ? 全然、怒ってない。
この輪に入っていくのも面倒くさいし、もういいやと肩をすくめると踵を返した。
「アヤどっかいくの?」
「んーバスケ。すごい歓声が聞こえてたから気になって」
そうだヒロインちゃんを観ないといけないんだった。イベント、生イベントが見たい。
私は足早にバスケの行われている会場に向かうと、そこは歓声の嵐だった。
「橘くーん!!」
「きゃーっ頑張ってぇー!!」
「橘せんぱーい!」
女子たちの歓声の理由がすぐにわかった。
丁度2−Avs3−C……つまり私のクラスと橘先輩のクラスが試合をしていたのだ。
私はその中心で活躍している橘先輩を見つけた。私にはバスケはよくわからないけど確かに上手だと思う。
女子たちの歓声など聞こえてないのか彼の集中力は途切れない。
橘先輩は味方からパスされたボールをドリブルして、敵からの妨害を回避すると、ゴールに向かってシュートする。
至って普通にバスケをしているだけなのだが、すっごくカッコよく見えて、私は自分のクラスメイトよりも橘先輩を目で追いかけていた。
あぁ、また頬が熱くなっている。体育館内の熱気にやられたのだろうか。
ーーードタンッ!
その音にバスケをしていた人たちだけでなく、観客もその音源に注目した。その先にいたのは黄色のTシャツを着たポニーテール姿の少女。
彼女はボールを不器用にドリブルしつつ、一生懸命に相手の陣地まで運んでいたのだが、そこで相手チームの男子生徒の妨害を受けて驚き、足元不注意で自分がドリブルしていたボールに躓いて倒れ込んだのだ。
ファウルとかではなくて完全な自損事故なのだが、ヒロインちゃんは足を捻ってしまったらしく、現在コート内で苦悶に満ちた顔をして倒れていた。
(すぐに保健室に連れて行かないと…!)
私はヒロインちゃんを助けるべくコートに入っていこうとしたのだが、それより先に動いた人物がいた。
「…大丈夫か? 立てるか?」
「あ、足が…」
「捻挫したか。待て、動かすな」
そう言って彼はヒロインちゃんを軽々と抱き上げた。
『イヤーッ!!』
周りでは女子の悲鳴が聞こえる。
それはひどく姦しいはずなんだけど、それがどこか遠くから聞こえるようで、私は呆然とその姿を見つめることしかできなかった。
橘先輩がヒロインちゃんをお姫様抱っこして体育館を出ていく。
ヒロインちゃんは頬を赤く染めていた。
その姿は可愛くて、この場面は私がゲームプレイしていた時に何度も身悶えたシーンでもある。
これが見たかった。…見たかったんだけど…
好感度の高い攻略対象キャラって…橘先輩なの?
胸がギシリ、とひどく軋んだ気がした。
私の心の奥底から私の知らないどす黒く醜い感情が溢れてきそうになって私は胸元を無意識にギュッと握る。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
ヒロインちゃんと攻略対象の橘先輩がくっつくのは順当なのに。
私、なんでこんなに
なんでこんなに苦しいのか私にはわからなかった。
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