ドッジの語源は素早く身をかわす。だがそれが中々できないものである。

 しばらく先生との進路相談攻防が続いていた私だが、今月末に開催される球技大会のお陰で先生からのお呼び出しが減ったことは嬉しいことだ。


 先生のすすめでオープンキャンパスに行ったはいいけどやっぱり大学に行きたい理由は見つからなくて、しかも嫌な人に会うし、なんかモヤモヤするしで私はなんだか煮え切らない気分である。

 別の大学にも行ってみたら? と両親に言われたが…それはちょっと考えてみようかと思っている。




 それはそうと。

 球技大会を再来週に控え、他のクラスでも早朝や昼休み、放課後に練習している姿を見掛けるようになった。

 うちもそろそろ練習しないとやばいんじゃなかろうか。同じくウチのメガネ委員長もそう思っていたらしく、クラス全体に聞こえるように声をかけてきた。


「球技大会に向けて各自時間を合わせて練習しろよー」

「委員長ー提案でーす」

「なんだ沢渡」

「みんなでおそろのTシャツ作ることを提案しまーす」


 おそろのTシャツ?


 沢渡君の提案にメガネ委員長だけでなくクラス全員が訝しげにした。


「お揃いの?」

「そうそう! 団結って感じで燃えない!?」

「えー誰がそんなん手配すんだよ。そもそも今からじゃ間に合わないだろ」

「大丈夫! 俺に任せてくれたら」


 沢渡君はどこかワクワクしていた。

 体育祭・文化祭の時も思ったけど、イベント事ではかなり本気だすんだよね彼。

 体育祭にお揃いのTシャツで出場する学生はよくいるけど、たかが球技大会で作る人は…いるのかな?


 クラス全員にサイズを大まかに確認して、Tシャツのデザインはどうのと説明し始めた。

 もしかして前から考えていたのだろうか。

  

 沢渡君、いくつかデザインを提示してくれたのはありがたいんだけど…お願いだから担任の顔の写真プリントはやめて。

 何処にその辺にいそうな中年のおっさんの顔プリントTシャツ着て喜ぶ人間がいるんだよ。



 結局文化祭のお化け屋敷で自分がコスプレした写真を各自のTシャツの前面にプリント、後ろは「2−A+名前+団結」みたいな感じの文字をつけるらしい。

 満場一致で担任の写真プリントTシャツは却下されたので一安心である。



 私が出場するドッジボールは1クラス10人選手がいて、1人が補欠待機だ。男女混合9対9でクラス対抗トーナメント戦になる。

 一年と三年ってまだ力の差が大きい気がする。どうなんだろうとは思うが、そのせいか毎年三年が優勝しがちなんだよねドッジボール。


 バスケ部のため球技大会のバスケに入れない山ぴょんがキャプテンとなって、ドッジボールチームは早速その日の放課後から練習することになった。

 メンバーはメガネ委員長や沢渡君、その他私含めた大勢のモブで埋まっている。運動神経抜群の山ぴょんや沢渡君がいたり、運動が苦手そうな女子もいたりするので上手くコントロールすれば途中まで勝ち進めるかな?

 


 ちなみにヒロインちゃんはバスケなので今回は離れ離れだ。球技大会って特にイベントあったかな…?

 …あぁそうだ、試合で怪我をした時、好感度が高いキャラに保健室まで連れてってもらうんだっけ?


 ドッジの空き時間に見に行ってみよう。

 



 放課後、体操着に着替えた私達2−Aドッジチーム。いきなり練習試合するのは危険とのことで体慣らしにランニングしたり、キャッチボールをしたりした。

 


 ズバーン! てん、てん…


「………」

「ご、ごめんね田端さん…」


 同じドッジチームの皆川さんはノーコンだった。その上ボールを地面に叩きつけるというドッジボールでは致命的な癖があった。

 見た感じ腕力には問題がなさそうなので、私なりにボールの投げ方のフォームを指導してみたんだけど…



 ドゴッ!


「ぐぇっ!」

「あっ! ごめん沢渡君!!」


 ボールを地面に叩きつけるのはなくなったけどノーコンが治ることがなかった。皆川さんの投げたボールは目の前にいる私ではなく隣で練習してた沢渡君の無防備なお腹に命中していた。

 皆川さん、大人しそうな顔して中々強い球を投げるな…ノーコンだけど。

 


「皆川、お前はとりあえずボールに当たらないように逃げる術を身に着けろ」


 同じく被害にあった山ぴょんにそう言われ、皆川さんはしょぼん…としていたがそのほうがいいのかもしれない。

 男子から投げられるボールは結構強いので、女子は取るよりも逃げる方を優先したほうがいいかも。




『キャー!!』


 そうして練習を重ねていると、私達が練習する運動場に女子の黄色い声が届いた。

 発信源は体育館からのようだ。


「なんだ?」

「体育館はバスケでしょ? 誰かが試合してるんじゃないの」

「休憩がてら観に行ってみるか?」


 キャプテンがそう言うなら仕方がないと練習を中断して、皆で体育館に足を向けた。体育館には外まで女子の群れができていて、私はうわっと顔をひきつらせてしまった。

 しかも女子の群れで全く中の様子が見えない。


 背伸びしても見えないため、私は背の高い山ぴょんに状況を確認した。


「中では何が起きてるの山ぴょん」

「あー…橘先輩と間先輩が戦ってる。へぇ…あの二人バスケ上手いじゃん」

「マジで?」


 元風紀副委員長vs元生徒会長か。

 うわぁそれ見たいな。

 でも無理だ。私の平均背丈じゃこの人ゴミの後ろで背伸びしても一部分しか見ることはできない。

 間先輩と橘先輩の名を叫ぶ女子たちの勢いからして試合は熱戦してるんだろうけど…


『キャー!!!』

「え?! 何?」

「シュートした。橘先輩が」

「なるほど」


 しかし見えないからつまらない。

 試合に釘付けになっている山ぴょんは動く気配がないので、私は一人運動場に戻った。

 すると私を追いかけてきた皆川さんが「逃げるから私を狙ってボールを投げて欲しい」と気合を込めて頼んできた。

 おお、やる気だな皆川さん。


 なのでネットのある所で集中攻撃練習を重ねているといつの間にか辺りは薄暗くなっており、その日は解散となったのだ。

 他の人たちはそれまで戻ってくることはなかった。

 後先不安である。



 練習で遅くなったからと私は山ぴょんと肩を並べて帰宅していた。

 今は山ぴょんがフリーだから女子の目が面倒くさいとかそういうのは置いといて家近いし、幼馴染だからいいやと思ったのだ。最近ホントに痴漢が多いらしいから、男の子がいたほうが安心だしね。


 先程からこいつは三年のバスケ試合のことばっかり語っている。

 言っておくが私は全くバスケに詳しくないので専門用語言われても「?」である。

 とりあえずうんうんと相づちを打っていたのだが、要約すると橘先輩と間先輩はバスケが上手でバスケ部なら良かったのにという内容であった。

 間先輩はともかく橘先輩は剣道部だったからね。


 本当こいつはバスケ好きだな。

 真優ちゃんの前の彼女はバスケ馬鹿のこいつに愛想尽きて別れを告げたらしいが、真優ちゃんはもった方だよ。あんなことになって二人は別れてしまったけど、少しもったいない気もしないでもない。




 家の前で山ぴょんと別れ、家に入ると丁度お風呂から上がったらしい和真と遭遇した。


「おかえり」

「ただいま。あんた早かったんだね。球技大会なにするんだっけ?」

「バレー。一番楽そうだから」

「そうかぁ?」


 汗をかいて体が気持ち悪いから家に帰って速攻風呂に入ったらしい。…和真は運動部には向かないタイプだな。そもそも部活入ったこと無いしね。

 私も同じくだけど。

 

 私も汗を流そうかなと思い、部屋着を持って脱衣所に入ったのだが、ふと洗面台の鏡を見て自分の頭頂部が黒くなっているのに気づいた。



「あー…そろそろ染め直さなきゃなぁ…」


 髪を染めるのは楽しいんだけど髪が伸びてくるとプリン頭になるのが困る。特に金髪だとなおさら。


「夏のバイト代にあまり手を付けたくないし、お小遣い厳しいし…プリンが目立たない色に染めようかな…」


 

 うん。冬休みにまたバイトできないか親に交渉してみよう。

 それと球技大会に合わせて美容室で髪を染めよう。


 明日にでも行きつけの美容室に予約入れようと決めて、私は浴室の扉を開けたのである。

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