顔面セーフって言うけど状況によっては戦闘不可。だけど悔しいから私は戦う。
私は今、一人でコートに立っていた。
うちのドッジボールチームは三回戦を勝ち抜いた。
そして今現在、決勝の試合中なのだがガチで絶体絶命の状況である。
「あやめー! よけろよけろ!」
「田端さん危ない!」
「アヤちゃーん!」
決勝の対戦相手は3−C。
私は一人残った内野として、敵の3−Cの面々に集中攻撃を受けていた。残りの一人とか女子だとかそんなの関係なしに容赦なく相手方は私を攻めてくる。
今の今までかろうじて逃げ切っていたがもう私の体力の限界が近づいていた。
なんで! 決勝は最後の生き残りがいなくなるまでのサドンデスなんだよ!!
つうか強すぎだろ! なんなんだよ3−C!
向こうの男子生徒マジで投げてくるからキャッチする勇気ないし、外野は応援しかしてこないし…もうなんかこれいじめじゃない!?
足にぶつけられそうになるなら高くジャンプして避け、上半身に来ようものならひらりと躱す。下半身に来るなら同様に素早く避ける。
その繰り返しでマジできつい。
逃げまくっていた私には、周りの歓声が雑音に聞こえ始めていた。追い詰められて余裕がなかったのだ。
そんな中、「田端さーん! 頑張ってー!」と鈴の鳴るような可愛い声が聞こえた気がして思わず観客側に目を向けた。
そこにはヒロインちゃんと橘先輩が並んで立っていた。
さっきのことを思い出して私の胸がまた苦しくなる。
可愛いヒロインちゃんに応援されて嬉しいはずなのに私の心はそれを素直に受け取ることを拒否している。
こんな時だと言うのに私はひどく動揺してしまった。
そのせいか私は逃げていた足を縺れさせてバランスを崩すと後方に傾いてそのまま尻もちをついた。
「もらったぁ!」
「!」
相手は容赦なく、嬉々とした表情で私に向けてボールを投げてきた。
私はもうダメだ! とギュッと目をつぶった。
来るボールの衝撃に構えていたのだが…
ボコッ!
私の顔面にボールが激突した。
鼻がツンとして、頭の中の脳みそが振動するほどの衝撃が私を襲った。その後に顔面に痛みが走る。
「〜っ!」
それには対戦相手、味方ともに静まり返る。
私は顔を手のひらで抑えてうめいた。
イッタイ! めっちゃ痛い!!
私が痛みに悶えているのを知ってか知らずなのか、対戦相手の三年男子が「ぶはっ」と吹き出した。
「おい、今の見たか? すげーきれいに顔面入ったぞ!」
「おいやめろよ…ぷふっ」
あろうことか三年は私を笑いものにしたのだ。
顔面や頭部にぶつけては危険だから顔面セーフというルールが生まれたとも言うが、自分がやらかしたそれを笑うというのはどういう了見か。
ふざけるな。
私のことを対戦相手の三年が笑ってくる中、ふらりと立ち上がると私の顔にぶつかって転がったボールが自分の陣地内に残っていることを確認する。
それを拾い上げ、私は大きく振りかぶった。
私を笑い飛ばした男子に向かって投球したのだ。
ボコーン!
完全に油断していた男子生徒は簡単に当たってくれた。
跳ね返るように戻ったボールをキャッチすると、私は呆然とする対戦相手に背を向けてTシャツの背面を見せた。
沢渡君がやらかした事がこんな所で活用できるなんてね。
「顔面はセーフ。ですよね?」
一応相手は先輩なので笑ってそう言うと、私はボールを高く投げて外野にいる山ぴょんにパスした。
「山ぴょん! 三年を当てて戻ってきな! じゃないとあんたの恥ずかしい過去をバラす!」
「はぁ!? なんだよ恥ずかしい過去って!!」
「やかましい! 真っ先に外野に行きやがって! 早く戻って私を助けろ!」
「わ、わかったよ!」
「三年を潰すぞ野郎ども!!」
私がそう怒鳴ると外野陣はピッと背筋を伸ばしていた。
山ぴょんが持ち前のその腕力を生かして三年をボールで攻撃し始めた。返ってきたそのボールを拾うのがまた大変だったが、私は意地でも三年側にボールを渡したくなかったので、必死にしがみつく。そして外野側にボールを回すのだ。
そうこうしてると山ぴょんが三年を一人当てて内野に戻ってくる。
戻ってくるなり私を心配そうに見下ろしてきた。
「あやめ大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないよ! ほら攻撃するよ!」
だけど山ぴょんが戻ってきて私は心強い気持ちになった。
よっしゃこのまま相手を殲滅する!
この後、三年側にボールを取られてしまった。また私が狙われたが、彼らに対してキレていた私に恐れはなかった。
外野側の三年男子が投げたボールをボグン! とすごい音を立てて胸元でキャッチすると、すぐさま振り返って敵側内野へ攻撃ボールを投げる。
うちのクラスの外野も攻撃しているが中々相手はしぶとい。
「アヤちゃーん! 俺必死にやってんだよ! でも当たらないんだよ!」
沢渡君が命乞いみたいな声を出してそんな事叫んでくるが、私は無視した。応答している余裕が私にはないから。
私からのボールをキャッチした皆川さんが攻撃ボールを投げようとして、メガネ委員長がぎょっとして止めようとする。
「皆川!」
ボコッ
皆川さんの投げたボールは見事カーブを描いて、コート内にいたノーマークの三年に当たった。
まさかのノーコンのお陰で当てることができたのだ。
呼び名をノーコンから変化球にするべきだろうか。なんか野球みたいでカッコいいな。
「やった!」
「…マジか」
やっと活躍できたのが嬉しいのか、皆川さんはガッツポーズしていた。笑顔で内野に戻ってきた彼女に私と山ぴょんはハイタッチして、次なる攻撃に向けて体制を整える。
三人になった私達は外野と連携しながら猛攻を見せ、三年の内野を次々脱落させていったのだ。
【ピーッ!】
「只今の決勝試合、2年A組の勝利! よってドッジボール優勝は2年A組!」
ワァッ…!!
観戦していた2−Aのクラスメイト達が一気に私達の周りに押し寄せてきた。
「アヤ〜よく頑張ったね〜!」
「当てられた顔大丈夫?」
「もー怖かったよー!」
私は友人たちに泣きつこうと両手を広げたのだが、私の体は浮遊した。
私はいつの間にか空を見上げていて、ぽかんとした。
はてなんで私はこんな体勢になっているのかと思っていたのだが、私の体をがっしりした腕が支えていたのに気づいた。
そして首を動かすと至近距離に山ぴょんの顔があった。
何してんだこいつ。
「……なにしてんの山ぴょん。降ろしてよ」
「お前顔にボール当たったろ。保健室行くぞ」
「平気だよ! 本気で降ろして!? 私歩けるから!」
「うるせえな大人しく運ばれてろあやめ」
私がお姫様抱っこされてもしょうがないのだ。
そもそも怪我らしい怪我はしてないと思うし、皆の前でこれは止めて欲しい。
「せめておんぶにしてくれ!」と暴れていると、山ぴょんに「落ちるぞ!」と注意されたので、私はいっそ落としてほしいと思ってふと地面を見た。
そのあまりの高さにゾッとして「ヒィ!」と悲鳴をあげると山ぴょんの肩に腕を回した
「落とさないでください。高い、怖い。」
「最初っからそう大人しくしときゃいいんだよ」
「なんだと!? だいたい山ぴょんが真っ先に離脱するからこんな事になったんだからね!?」
「はいはい俺が悪うございましたよ」
私は山ぴょんの偉そうな態度にイラッとしてかみつくと、山ぴょんはハイハイとあしらう態度をとってくる。
何様だこいつは!
保健室のある校舎側へ向かって行き、私達はドッジボール会場からどんどん離れていく。
山ぴょんは188cm。抱っこされている今、その視界の高さに人がゴミのようだ…と私が冷静に周りを観察できるようになったその時、人混みの中からこっちを見ている橘先輩と目が合った。
ドキッと心臓が跳ねた気がしたけど、なぜか目を逸らしてしまったのであった。
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