兄弟だからって似るわけじゃない。だって全く違う人間だから。

 橘兄に反論して逃走した私はもやもやを抱えながら一年の教室のある階にやってきた。

 辺りはクレープの香りが漂っており、先程までイライラしていた気持ちが和らいだ気がした。


 和真のクラスに入ってみればそこには沢山の女性客で賑わっていた。私はやっぱりなと苦笑いをする。

 その中心には頭にタオルを巻き、ジャージ姿で黙々クレープを焼く和真の姿があった。

 女性たちの熱い視線などシカトで、ひたすらクレープを焼く和真。接客は他の生徒がしていたので客と会話することなく仕事をしていた。


 話しかけるなオーラを出す一匹狼気取り(?)の和真に私は敢えて声をかけてみた。


「やぁやぁ弟よ。しっかり働いているかね」

「…来るなって言っただろ…」


 私を見るなり顔をしかめて睨んできた和真。

 あれか? 年頃になって授業参観に来られるのが恥ずかしくなった的な思春期あるある。

 私は周りの女性からの刺すような視線を感じつつ、芝居じみた話し方で弟に絡む。


「さぁさぁお姉様のためにクレープを焼きたまえよ。お姉様はバナナチョコクレープを所望である」

「…そこ、並べよ。順番だから」

「はーい」


 和真からあしらわれるように誘導された私はクレープ購入待ちの列に並んだ。並んでいる客は小学生女子からマダムまで幅広い年代だが、皆が注目しているのは我が弟である。


 さすが攻略対象。クレープ焼いているだけでこうなるのか。


「いやーこれすごいね。全員弟くん目当て?」

「我が弟ながら恐ろしいよ」

 

 ユカと喋っていれば待ち時間はあっという間だろうと思っていたのだが、横から「あれっあやめ先輩! ここにいたんですか!?」と声をかけられた。

 振り返るとそこには一年の室戸さんの姿。体育祭以来出会えば声をかけてくれる後輩である。今日も小動物のように可愛らしい。


「室戸さん」

「あやめ先輩も早番だったからお化け屋敷にいなかったんですね! 昨日も会えなかったし先輩のティファ○ー、お化け屋敷で見たかったなぁ…」

「あはは。チ○ッキーには会えた?」

「チャッ○ーは女の子ナンパしてました」

「ホントダメだな沢渡のヤツ」


 室戸さんによると沢渡君はお化け屋敷内で女の子をナンパしていたらしい。それを聞いた私だけでなくユカも呆れ顔である。

 

 まぁ、彼はそういう人だよ。

 彼は女性を弄ぶことがなく、女性に対して平等に親切だから私が嫌うことはないが…

 仕事はちゃんとしてほしいと思う。


「先輩先輩、写真撮っていいですか?」

「いいよ」

「あたしがシャッター押してあげるよ」


 クレープ待ちの行列の間で室戸さんとツーショット写真を撮っていると、他の人にも頼まれプチ撮影会となっていた。

 何枚撮影したかわからなくなった頃、ずいっと私の目の前にクレープが現れた。


「ん。バナナチョコ」

「あらっ気が利くじゃない」

「はよ行けよ、邪魔だから」

「はいはいすいませんね。おいくらですか」

「いいから。もう来んなよ」


 注文を受けてカウンターで受け取る形式だと言うのに和真はわざわざクレープを持ってきてくれた。しかもおごりらしい。

 

「えーっあたしの分までいいの!?」


 ユカの分もサービスしてくれたそうで、クレープを手渡すなり和真はクレープを焼く作業に戻っていった。

 並べと言っていたのに…弟は生意気だがこういうところが優しいんだよ。



「クレープゲットしたし行こっか」

「アヤの弟マジイケメン惚れるわ」

「彼氏が聞いたら泣くぞ」


 室戸さんともそこで別れて、私達はクレープ片手にあちこちを冷やかした。

 昨日見て回ったこともあり、サラッと見て回る形ではあったけどもそれなりに楽しい。



「あっ! 田端さん!」

「三栗谷さん…ここだったんだ陸上部の店」

「そうそう! 良かったら食べてかない?」

「あーでも私クレープが」

「あたし食べる食べる! こってり関西風ソースでチーズマヨの鰹節ありで!」


 うろついている間に部活動の出し物のエリアに来ていたようだ。そういえば昨日は文化系の部活の出し物は見て回ったけど時間が足りなくてこの辺は見てなかった。


 ダイエットを必要としないスリムなユカはクレープを食べた後だと言うのに陸上部員にたこ焼きを注文していた。私はクレープを理由に断ったが見てると食べたくなるのが辛い。


「すごいねその格好。お化け屋敷だっけ?」

「うんそう」

「うちのクラスはゲームなんだ。ダーツとかボーリングとか」

「へぇ…三栗谷さんは文化祭見て回ってないの? ずっとここ?」

「うん。でも去年もそうだったし、ここにいるのも楽しいから」

「そうなんだ」


 部活をしているとこういう両立が大変そうだなと他人事のように考えていると三栗谷さんが私の後ろを見てぱぁっと表情を明るいものにした。


「たつ兄!」

「楓、どうだ売れ行きは。…おうコロも来てたのか」

「……」


 その先にいたのは眞田先生だ。

 そういえば三栗谷さんはライバルキャラだった。眞田先生はナチュラルに私の頭を撫で回しているがこれってまずくないか? 私はモブだけど、他の女と好きな人が親しげなのってかなり嫌だと思う。


 私は先生の手を振り払って三栗谷さんに目を向けると彼女は目を丸くしていた。


「…たつ兄と田端さん仲が良かったんだね」

「違うよ!? 私柴犬扱いされてるの。仲がいいと違う」

「こいつコロに似てないか?」

「…コロって。…たつ兄、田端さんは女の子だよ。失礼じゃないの。…ごめんね田端さんこの人私の従兄なんだけど、代わりに謝る」

「あ、いや…」


 三栗谷さんに頭を下げられ私は戸惑う。

 えっと、まぁ誤解されなかったから良かったの、かな?

 なんで私一人で焦ってるんだろうと自問自答していると、私達の方をじっと見ている女の人がいた。

 大人の女性だけど私は全く知らない人。学校関係者でもないだろうし…年は30代前半くらいだろうか。

 その人はゆっくりとこちらに近づいてきた。ヒールが地を叩く音が聞こえるが、私以外の誰もその人が近づいていることに気づいていない。

 スーツ姿のその人のローズ色の口紅が塗られたその唇がゆっくりと開かれる。


「達彦?」

「え?」

「…久しぶりね私よ」

「…芽衣子?」


 眞田先生の目が見開かれる。

 先生の知り合いかなと思っていると、三栗谷さんが素早く動いた。


「今更なんの用!? あんたどの面下げて来たわけ!?」

「!?」

「楓、」

「たつ兄ダメだよ! また騙されちゃうよ!」

「…何言ってんだ」


 私は彼女の勢いにポカーンと固まっていた。

 三栗谷さんから敵意を向けられている女性は怯んだ様子を見せるが、立ち去ることはなかった。

 三栗谷さんも知っている人なのか。


 三栗谷さんの必死の形相に眞田先生は苦笑いをして彼女の頭をポンポンと撫でた。


「大丈夫だから」

「…っ!」


 三栗谷さんはそれ以上何も言えないようで、ぐっと押し黙る。眞田先生はその女性となにか小さく会話して、二人でその場から立ち去っていった。


 彼女は泣きそうな顔をしてそれを見送っていた。私はそんな三栗谷さんと眞田先生の遠ざかる背中を見比べる。

 結局誰なのあの人。


「え、なにあの人保健室の先生の彼女か何か?」

「…元、ね」

「!」


 たこ焼きを頬張りながら一部始終を見ていたユカが三栗谷さんに尋ねると、彼女は渋い顔でそう返事した。

 まさかあの不倫の!? とギョッとしてしまったが、三栗谷さんとユカには私の反応がバレていなかったのでホッとする。

 何も知らないはずなのに反応がオーバーだと怪しいもんね。


「ヨリ戻したいとか言いに来たのかね。先生イケメンだし」

「…あの女が先に裏切ったんだよ…ごめん私ちょっと…」

「あ、三栗谷さん?」


 三栗谷さんは居ても立ってもいられないのか先生たちの後を追いかけていった。流石陸上部、足が速い。


 たこ焼き屋をやってる陸上部では他にも部員がいたので三栗谷さんが抜けても問題はなさそうだが…あっちは大丈夫だろうか?


 

 ゲームでも三栗谷さんは一途に眞田先生を想っていた。眞田先生ルートでは彼女がライバルキャラとして出てくる。

 従妹である彼女は幼少の頃から眞田先生のことを好きだった。しかし眞田先生のことをよく知っている彼女にも先生の心の傷を癒やしてあげることはできなかった。


 ヒロインちゃんが先生に接近するのを見ると三栗谷さんはヒロインちゃんを敵視するようになる。嫌がらせするとかはないけど、先生との間に入ってきて妨害してくるのだ。

 その妨害を受けつつもヒロインちゃんは先生のトラウマを知って癒やしてあげるのだが、まぁそれが難易度高くて…

 

 先生がヒロインちゃんに惹かれてると知った三栗谷さんは先生に想いをぶつけるが、その後の展開はトラウマ克服度によって変わる。中途半端な攻略だとヒロインちゃんは振られてしまうのだ。


 三回女性に裏切られた眞田先生のその傷は根深く、ゲームプレイでどれだけバッドエンドを迎えたか…!


 

 ちょっと気にはなったけど…

 出歯亀するほど先生と親しいわけじゃないので私は後を尾けることはしなかった。

 

 微妙な空気にはなったが、気を取り直した私はたこ焼きを完食したユカと別の部活の出し物を見に行くことにした。



「そういえばさぁ、さっきのムカつくあの男。なんか誰かに似てる気がすんだよね」

「…橘先輩のお兄さんだよ」

「え!?」


 私の返答にユカはギョッとした。

 まぁ、そんな反応になるよね。


 風紀副委員長として橘先輩は目立っていたし、実直な性格で慕われているし(主に風紀委員と剣道部員)堅物だけど人を貶すような人じゃないからそんな先輩の兄がああいう人だと…びっくりするよね。うん。


「性格は全く似てないけどね。一緒にいた所で遭遇して私を彼女かなんかだと勘違いしたみたいでさ」

「やべー…あたしメンチ切っちゃった…」

「あぁ大丈夫。そもそもあっちが悪いし、橘先輩がこっちを罰することないと思うよ。私情挟む人じゃないし…優しい人だもん」


 私がそう言うとユカはまじまじと私を見てきた。

 なんだ? と首を傾げるとユカは「…アヤってさ好きな人とかいないの?」と突拍子もない質問をしてきた。

 なんでいきなりそんな質問をするのかわからなかったが私は首を横に振って答えた。


「…いないけど…なんで?」

「いやー…特に意味はないんだけどね?」

「なに」


 ユカは意味ありげに笑ったかと思えば、「アヤが気づかないと意味がないから教えない」と意味深なことを言ってさっさと先を歩いていってしまった。


 そんな事言われると余計に気になるので何が言いたいのかと質問してみたが、結局ユカは教えてくれなかった。


 私が気づかないと意味がないってなんなんだ?

 めっちゃ気になるけど考えても答えが出てこないので私は諦めたのである。







『間もなく文化祭終了時間となります。ご来場の皆様本日はお越しいただき誠にありがとうございます…』


「あ、終わるね。片付けに行こうか」

「そうね。今年は後夜祭何すんだろうね」

「さぁ」


 私とユカは片付けのためにクラスに戻ることにした。

 片付けの後は生徒と先生たちで後夜祭がある。毎年恒例の生徒会の出し物はその時にならないとわからないので今から楽しみだ。 


 二日間の文化祭は中々濃かった。

 色々ありすぎて疲れたけど…

 でも楽しいことも沢山あったから良かったと思う。


 そういえば小石川雅さんは無事カジノの店に入れたのだろうか。生徒会副会長に会えたのかな?



 …ヒロインちゃんは果たして誰のルートを進んでいるんだろうね?

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