百歩譲って私への悪口は我慢しよう。だけど千歩譲っても親の悪口は許さない。

 文化祭二日目、早番の私は朝から人をおどかしていた。

 今日は白ワンピドレスに返り血のように血のりを振り掛けてみたので視覚の恐怖を与えられているかと思われる。

 外部からの招待客が加わり賑やかさの増した文化祭では各所で盛り上がりを見せていた。




 ──ズルッ、ズルル…

《ウフッ、ウフフフフフ…》


 とある教室ではその喧騒が嘘のように静まり返っており、経路を歩いていた招待客はキョロキョロ辺りを警戒しながら心なしか早歩きで進んでいた。

 するとどこからか不気味な女の笑い声が聞こえてきてビクリ! と肩を揺らす。


《フフ、ウフフフッ、アハハハハハッ》

 

 その声は背後から聞こえてきた。

 何者かの気配を感じる。何が楽しいのかケタケタ笑い声を上げて、こちらに向かってゆっくりと近づいてくるなにかが。


 振り返ってはいけない。

 そうは思ったが、気になって仕方がなかった。

 

 彼らは生唾を飲み込み、笑い声の正体を伺おうと恐る恐る振り返るとー…


《みぃ~つけた》


 血だらけの子どものようなものの足を持って引きずり、もう片方の空いた手に刃物を持った金髪碧眼の女がニタリと笑っていた。


「ぎゃああぁぁぁ!!」

「ひぃぃぃぃ!!」



 お化け屋敷は悲鳴で溢れていた。


 朝からお客さんが途切れることなく、現在入場待ちの待機室前では入場制限が行われていた。


 今日は単体ティ○ァニーとして人々を脅かしている。相棒の沢渡君が今日は遅番のため入れ替わりなのだ。

 だけど私単体でも小道具と笑い声だけで結構皆怖がってくれるのでなんとかやっている。



「あ、あやめ!? び、びっくりさせるなよー」

「ほ、ほんと…心臓止まるかと」

「お化け屋敷だもの。怖がらせないと意味ないでしょ。この先呪○コーナーだからもっと怖いからね。いってらっしゃい父さん母さん」


 先程私が驚かせたのは文化祭に遊びに来た私の両親だ。

 教室の外まで聞こえるであろう絶叫であった。きっと今から入る人の恐怖心を擽った事であろう。

 両親共々ものすごいリアクションをしてくれたので私は自分の演技に自信を持てた気がする。


 両親を見送った数十秒後、両親の絶叫がまた聞こえてきた。二人共ホラー苦手なくせによくお化け屋敷入ったな。

 以前、父さんは脅かされるのが苦手なんだって言い訳していたが、真夏の心霊番組の心霊写真でもビビってるし本当は怖がりなんだと私は知っている。



 今日は14時までの出番でその後また文化祭を回ることになっているが、私は友人のユカと見て回ることにしている。リンは他校の彼氏が来るので別行動だ。


「どこ見て回る?」

「あたし行きたいところあんだよね!」

「どこ?」


 私の問にユカはプログラムのとある場所を指さしてニンマリと笑う。


「三年のクラスのカジノよ!」

「……カジノぉ?」

「生徒会長と副会長がディーラー姿でやってるんだって! めっちゃカッコいいらしいよ!」

「へーそうなん」

「ノリ悪いなぁ。いいじゃんいこうよ。アヤの行きたいところにもついてってあげるからさぁ」


 高校生でギャンブルとはこれいかに。

 いや流石に金を賭けることはないんだろうけど…

 あの人達生徒会なのになんでそんな出し物許したの?


 私はユカに連れられるがままカジノをやっている三年のクラスに向かったのだが、入ることは叶わなかった。

 女子のすごい行列ができていたから。


「ほら見てみろ」

「なにこれー…」

「私待つの嫌だからね」


 ユカはつま先立ちをして中を覗こうとしているが無駄な足掻きにしか見えない。こんなの待ってたら文化祭が終わってしまうから早く他所に行きたい。

 第一カジノには興味がないし。


 私が呆れた目で友人を見ていると、後ろから「あの…」と鈴のなるような声で声をかけられた。

 なんだろうと振り返ると一人の女の子がそこに立っていた。


 その人は今どき珍しい着物姿であった。

 髪はスッキリ後ろで簪でまとめ、着物は上品な小紋柄。若いのに控えめな柄を着るんだな…と思ったのは一瞬で、私はその人を見て息を呑んでしまった。


「あの、教えていただきたいのですが、伊達志信さんのクラスはここで宜しゅうございますか?」

「あ、はい。でも入場制限かかってて…あそこで整理券配ってます」

「まぁご丁寧にありがとうございます」


 私は思わず片言な喋り方をしてしまったのだが、それを気にすることもなく彼女は楚々とした仕草で頭を下げると入場整理券を貰いに行っていた。


「わぁ和風美人〜」

「……」


 私はユカの呟きに頷く。

 

 小さな顔に配置された目鼻立ちは整っており、まるで高級な日本人形のように美しい。唇は小さく薄いが健康的な珊瑚色。濃い化粧をせずともその上品な顔立ちの自然な美しさで人々の視線を集めていた。


(…小石川雅だ…)


 私は彼女の後ろ姿を見てポォっとしていた。

 会ってみたいなと思っていたけど、まさか話せるなんて…私モブに生まれて良かった!!


 そう、彼女が生徒副会長・伊達志信の許嫁候補であるライバル役の大和撫子なお嬢様。

 私がゲームの中で一番好きなライバルキャラだ。

 勘違いしないでほしいが憧れだから。私の性癖はノーマルだからね。



 カジノのディーラー目当ての客の行列は留まることを知らない。時間制限を設けているのだろうが、全く行列が動く気配がしないのでユカは目に見えてがっかりしていた。


「残念だけど仕方ないよね。アヤ、外行こうか」

「え、あ、うん」

「…どしたの? 顔赤いよ?」

「いやぁ…生きててよかったなぁと思って…」

「はぁ?」


 ユカに何言ってんだこいつといった目を向けられたが、私はどこかウキウキしながら一年のクラスに行こうとユカを誘う。


 和真には来るなと言われたけどそう言われたら行かないとね。お化け屋敷でおどかすの頑張ったしご褒美に甘いものを食べてもバチは当たるまい。

 私はクレープを焼いているであろう和真の頑張っている姿を見に行くことにしたのだが…



「あっおーいアヤメちゃーん! 寄っていきなよー」

「アヤ? 呼ばれてるよ」

「こだまじゃないの」

「いやでも」

「アーヤーメーちゃーん! なんでシカトすんの〜俺のクラス寄ってってよ〜」

「いやいいです」

「花恋は寄ってくれたのにー。アヤメちゃんは冷たいなぁ」

「!」

 

 通りすがりの私の腕を掴んで引き止めてきたのは私が苦手とする久松翔。

 奴の顔になにか描いているがそういえばボディ・ペインティングが出し物って抜かしていたな。


 こいつほんと相手の気持ち考えないのね。好意も悪意も。ホント始末に負えん。



「えーなにボディ・ペインティング?」

「アヤメちゃんのお友達? 良かったらなにか描いてあげようか?」

「えーアヤどうする?」

「要らない。私コスプレしてるし」

「必要ないか。ごめんね久松君。うちらアヤの弟のクラスに行かなきゃいけないからまたあとで」

「そっかー。じゃあまたあとでね」


 ユカが私が嫌がっているのに気づいて間に入ってくれたので私はなんとか奴から離れることができた。


「アヤって真面目だもんね。ああいうタイプ嫌いそう」

「仕方がないでしょ。生理的に無理なんだから」

「アヤって結構好き嫌いはっきりしてるよね。女たらしが苦手なのに沢渡は平気なの?」

「だって沢渡君はー…」

 

 ドンッ


「うわっ」


 ユカと会話しながら歩いていたのがよくなかったのか、曲がり角に差しかかった所で向こうから来た人とぶつかってしまった。

 とは言っても軽く衝突しただけでどちらかが転倒するほどの衝撃はない。

 私はすぐさま相手に謝罪をした。


「すいません前方不注意でした」

「…全く気をつけろ」

「……あ゛」

「…君は、亮介と一緒にいた…」

「…どーもすいませんでした。さよなら」


 私は相手の顔を見て思わずしかめっ面になった。向こうもそれは同じで、汚いものとぶつかったかのように肩をパタパタ叩いている。

 それにイラァ…としたが、この人と関わること自体が嫌なので私は棒読みでもう一度謝ると横を通り過ぎようとした。


「待て。…先日も思ったが君は年上に対する態度がなっていないな」

「…お言葉ですけど、尊敬できる相手には然るべき態度で対応してますがなにか?」

「……どういう意味だ」

「頭いいのにわからないんですか? 初対面の相手に向かって安っぽい女とか言ってくる人を敬えるとでもお思いで?」


 この目だ。やっぱり嫌い。

 橘先輩に顔は似ている。なのにこの人は全く正反対の性格をしている。

 橘先輩はいい人なのにどうしてこうも違うのか。


「ふん、本当のことだろう。わかったなら弟に金輪際近づかないことだな。身内にふさわしくない人間が近づくとこちらとしても不利益なんでな」

「何こいつ。他所様のお嬢さんに向かって何言ってんの? なんでこんな偉そうなん? マジありえねぇんだけど」

「ユカ」

「つうかアヤのことなんにも知らねーくせに何様のつもりだっつの」


 側でやりとりを見ていたユカが苛立たしげに割って入ってきた。彼女は友人思いな面があり、そして少々短気なところがある。

 これは不味いと思って私はユカを止めようと動く。


「ユカ、マジでこいつは何様どちら様だって感じだけど今は抑えて」

「でも!」


 ここは学校だし騒ぎを起こすのは避けたい。私はユカの腕を引いて立ち去ろうかとしていたのだが、橘先輩の兄、略して橘兄は不快げにつぶやく。


「礼儀のなってない女だ…親の顔が見てみたい」


 その言葉に私は自分の目が据わった気がした。

 親を馬鹿にされるのは許せない。私のことを言うのは百歩譲って…千歩譲って我慢しよう。

 だが、親のことは馬鹿にされたくない。


 私は橘兄を見上げ、思いっきり睨みつける。


「…私の親は、私が人を貶すような発言をしたら私を窘めてきます。そもそも初対面の人に対して失礼なことを言ったら間違いなく叩かれます」

「…は?」

「あなたは人を見た目でしか判断できないんでしょうけど…それを口に出すあなたこそ礼儀がなってないし、あなたなんかに私の価値を測ってもらいたくはない! それと私の両親を馬鹿にすんじゃねぇ!」

「なっ…」

「いこうユカ」


 私が反論するとは思わなかったのか、橘兄は固まっていた。

 私はそのチャンスを逃さずユカの腕を引いてその場を立ち去る。ユカはまだなにか言い返したげだったが、私はこれ以上あの人と関わりたくなかった。



 …なんであの人文化祭に来てるんだろうか。橘先輩とあまり仲がよくなさそうだったのに。

 もしかしてOBなの?


 憧れのライバルキャラに会えて有頂天だったのに今の気分は地を這っている。


(なんでこうなるかな…)




 私はふと考えた。

 もしも和真があの人…橘兄みたいな選良主義の持ち主だったら、私は橘先輩のようにいられただろうかと。

 子供時代の兄弟は強い影響力があると思う。

 優秀な兄に見下されながらも腐らずに自分なりに努力してきた橘先輩は、きっと苦労したと思う。


 なぜ、弟を見下すのだろうか。

 優越感に浸りたいから? 

 支配したいから?


 …先輩は、今も傷ついているのだろうか。


 …でも、先輩の心に傷があったとしても私には何もできない。きっと何も力にはなれない。

 

 だって私はヒロインちゃんじゃない。ただのモブだから。

 本来ならここにいるはずのないモブなんだもの。

 


 私は自分が無力だと知っていながら、やきもきした気持ちが胸いっぱいに広がったのである。

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