壁ドンって実際されたら怖い。好きな人にされるのは別として。
後夜祭がもうそろそろはじまる。
生徒たち一同校庭に集まり、メラメラ燃えるキャンプファイヤーを囲んでそれぞれ友人や恋人と集まっておしゃべりをしていた。
『皆ー! 文化祭お疲れ様ー! 盛り上がったかなー?』
校庭の壇上の上でマイクを持った久松翔が生徒たちにそう呼びかけてきた。それに生徒たちは「イエ~イ」みたいな返事を返している。
未だにティ○ァニー姿の私は壇上を見てなにか物足りなさを感じた。生徒会副会長、会計、書紀、庶務の役員達が揃っているのに生徒会長の姿が見えない。
なんだろう。遅れて登場するのだろうか。
『今年の生徒会主催後夜祭の出し物の発表でーす! 副会長どうぞ!』
『今年は告白大会です。愛の告白から懺悔、愚痴までなんでも結構。我こそはという方は是非エントリーしてください』
その発表に生徒たちがざわつく。
告白大会って誰得なんだよと私は思うのだが、エントリーしに行く生徒らがちらほら。
皆勇気あるな。
「いいね、青春だ」
「! …眞田先生」
「コロはなんか告白したいことないのか」
「そっすね。柴犬扱いするな! とかですかね?」
「なんだよ柴犬可愛いじゃないか」
わっしゃわっしゃと私の頭を撫でてくる眞田先生。
三栗谷さんに注意されたのに、眞田先生はやっぱり私を柴犬扱いする。私はもう諦め半分であった。
そういえば先生はあの人とどうなったんだろうか。三栗谷さんはどうしたのか。仲いい訳じゃないし、余計なお世話とは思うけどめっちゃ気になる。
どうしても気になって先生を見上げたのだが、何を思ったか先生は白衣のポケットに手を突っ込んで私にアメを差し出してきた。
「なんだコロ腹減ったのか? アメしかないぞ」
「…違いますよ…先生、復縁したんですか?」
「ん? 楓から聞いたのか? してない」
「あ、そうなんですか」
随分あっさりだ。まぁひどい裏切られ方したから情も残ってなかったのかも知れない。
なら三栗谷さんも一安心だろう。
…小さい頃からの恋なんだから彼女の想いが先生に届けばいいんだけどね。
『沢山のエントリーありがとう! じゃあ告白大会はーじまーるよー!』
「お、はじまったな」
久松翔の元気な声に生徒たちが注目する。
相変わらず生徒会長は不在だがそのまま進行していくらしい。
早速トップバッターが壇上に上がり告白を始める。告白する生徒はマイク無し。トップバッターの女子生徒は大きく声を張り上げた。
「担任のぉー! 渡辺せんせーい! お願いだから私の名字をいい加減覚えて下さーい! 四万十川と混同してるかもしれませんけど四十万と書いて“しじま”と読みます!! しまんとじゃありませーん!」
「向井先輩ー! この場を借りて言わせていただきたいことがありまーす! 先輩のユニフォームのズボン、お尻に穴が空いてます! 練習中いつも気になって仕方がありませーん!」
「ここで言うことじゃねーだろ! 加藤、お前覚えてろよ!」
ドッ! と笑いが起きる。
皆が各々の告白・主張をして、それを聞いている生徒・先生らは盛り上がっていた。
私もそれを聞きながら笑っていたのだが、次に壇上へ登ってきた男子生徒の告白に目を丸くした。
「2年A組、本橋花恋さん! 好きです! 俺と付き合ってください!」
まさか愛の告白をする猛者がいるとは思わなかったので、私だけでなく、生徒らも「おぉっ!」と盛り上がった。
ヒロインちゃん告白されたけどどう返事するのかな?
私はワクワクしながら辺りを見渡してヒロインちゃんの姿を探してみたが姿が見当たらない。
それには生徒たちも困惑する。
『おっとー愛の告白が来ましたー! だけど聞き捨てなりません! 花恋を好きなのは君だけじゃ無いからね♪』
「えっ」
『てなわけでー、俺も花恋のことが好きでーす!』
久松の便乗に生徒らがどよめく。女子の悲鳴のようなものが辺りから聞こえてきて思わず耳を塞ぐ私。あいつマジで空気読まないな。
『花恋ー? いないのー? 恥ずかしくて隠れちゃったのかな? まぁいいや次行きまーす』
「えぇっ?!」
ヒロインちゃん不在のため、男子生徒の告白は無かったものにされた。流石にそれには同情の視線が送られる。
私も同じく哀れに思っていたのだが、ヒロインちゃんがいないことが気になって、探しに行くことにした。
告白大会の声がだんだん遠ざかっていく。
私は人気の少ない北校舎近くの中庭まで来てみたが、ヒロインちゃんがどの辺りにいるのか分からないし、こちらは明かりもなく真っ暗なので私は足元に注意して歩いていた。
そうしてしばらく歩いていると、何処からか話し声が聞こえてきたので私は足を止めて耳を澄ましてみた。
「間先輩、今どこかで呼ばれた気がするんですけど…」
「花恋、今は俺を見ろ…」
目を凝らすと校舎脇の体育館倉庫前で壁ドンしている生徒会長と驚いた様子のヒロインちゃんがいた。
顔を近づけ、キス一歩手前の状態である。
おいおいこんなイベントあったか?
…壁ドンってなんとも思ってない相手にされたら恐怖でしかないと思うんだけど、ヒロインちゃん大丈夫かな。
ここは引いたほうがいいかと思って踵を返そうと思ったのだが、ジャリッと砂を踏みしめる音に気づいた生徒会長がこちらを振り向いた。
あ、ヤベ。と思った私だったが、生徒会長は思わぬ反応を見せてくれた。
「うわぁぁあァァ!!?」
「!?」
「えっ、なに?! …あ、田端さん!」
「…すいません。ヒロ、本橋さん探してただけで決して邪魔をするつもりは」
「人間かよ! 脅かすなよ!」
「すいません」
「田端さんごめんね探させて! 私呼ばれてたんだよね?」
「うん。本橋さんに言いたいことがあるって男子がいてさ。でも後でいいと思うよ…」
「そうなの? 誰かな?」
生徒会長は私を見た瞬間、飛び跳ねてびっくりしていた。
それには私までびっくりした。リアクション大きすぎない? 叫ぶのは分かるけど…
胸を抑えた状態で私を見て未だにビビっている様子からすると会長は怖いものが苦手なのか。
「間会長、大丈夫です。人間苦手なもの一つや二つありますから」
「違ぇし! 怖くなんてねーし!」
私はフォローのつもりで言ったのだが、会長にギッと睨まれ、小走りで校庭に向かうヒロインちゃんを追いかけていってしまった。
「…隠してもそのうちバレると思うんだけどなぁ」
それはさて置き、会長に悪いことしたかな? と頬をかきながら彼らの背中を見送っていたのだが、「…田端?」と名前を呼ばれて今度は私がびっくりする。
「何してるんだこんなところで」
「橘先輩! それはこっちのセリフですよ! 先輩こそ何してるんですか?」
「俺は見回りだ。昨日あんな事があったから念のために」
「は? 風紀委員引退したのにですか?」
「そうだが、こんな時くらい委員たちに息抜きさせたいからな」
「…マジで…生徒会長と大違いですね」
「は?」
同じ三年で、重要なポジについていたとしても人間によってこんなに違うのかと、私は嘆くように頭を振った。
それに訳わからんと言った顔をする橘先輩に私は何でもないですと返す。
「まだその格好してるのか」
「気に入ってるんですよ。先輩は着替えちゃったんですね…」
「あからさまにガッカリするのやめろ」
「可愛かったのに…」
「心にもない事を言うな」
「本当ですってば。ほら!」
私はポケットに入れていたメイド橘先輩とのツーショット写真を見せびらかす。
橘先輩は無言でそれを奪い取ろうとしたので私はヒラリと躱す。
「そうはさせない」
「そんなもの持ってたって仕方が無いだろう!」
「私はこれに500円払ったんですからね! 奪われてなるものか!」
「おいっ待て田端!」
ちょっとした悪戯心でからかっていたのだが、橘先輩にとっては忘れ去りたい過去のようで割と本気で写真を奪おうとしてる。
元剣道部員でもある橘先輩は素早く、私はあっという間に追いつかれてしまった。
ダンッ!
「もう逃げられないぞ…」
「先輩、悪役みたいですよ」
「やかましい! ほら大人しくその写真を…」
はたと私と橘先輩は見つめ合いながら暫し固まった。
今の状況だ。
今の私はさっきのヒロインちゃんと同じ体勢になっていたのである。
橘先輩に追い詰められた私は壁ドンされていた。
違うのは橘先輩には下心なんてないということだけ。
近すぎるその距離に私は固まっていた。だけど不思議と恐怖感なんてなくて、ただ私の胸の鼓動がドクドクと大きくなっている気がする。この音が橘先輩にまで聞こえてるんじゃないだろうか。
私はこちらを見つめてくる彼の目を逸らせずにいた。
「…何してんの?」
「「!?」」
その声に私は我に返った。
バッと振り返ればそこには弟の姿があり、私は慌てて離れる。それは橘先輩も同様らしく、壁ドン体制の位置から数歩後ろに下がっていた。
急に気恥ずかしくなって橘先輩の顔を見る事ができなくて、こちらを呆れた顔して見てくる和真に目を向けた。
「いねぇと思ったら何してんだか。大志兄が探してたぜ。クラスで写真撮るんだとよ」
「あ、え、そ、そう…教えてくれてありがとう…じ、じゃ先輩失礼します」
「あ、あぁ」
私は一体どうしてしまったのか。
先輩や弟と別れてひとり、ギクシャクした歩調で校庭に向かって歩いていく。
秋の夜風が頬を掠った。さっきから頬がカッと熱を持っている気がする。
頬を両手で包み込み、ふかーく深呼吸をしてみるが、心臓のドキドキはまだ収まりそうに無い。
きゅう、と胸が苦しくて本当に私はどうしてしまったのか。
…ジャリ…
「…モブのくせに」
「…え?」
私はその言葉にさっきとは別の意味で心臓が大きく跳ねた。
顔を上げてみればそこには林道寿々奈の姿があって私は目を丸くする。そして彼女の顔を見た私は足をピタリと止めた。なぜなら彼女は無表情だったから。
人形のように無表情の林道寿々奈の異様な雰囲気に私は恐怖を覚えて固まっていたのだが、見間違いだったのか次の瞬間には彼女はニパッと笑っていた。
「あやめちゃん! 何してるのこんなところで!」
「え…いや、うん、なんでもないよ」
「後夜祭の締めくくり始まってるから校庭に早く戻ろ?」
「うん…」
そう言って林道寿々奈は私に近づいてきたのだが、彼女は私の左腕に抱きついてきた。
まだ治りきっていない左腕を掴まれ、私は痛みに顔を顰めたが彼女はそれに気付いていないのか、校庭までその手を離してはくれなかった。
振り払いたかったけれどそうさせない雰囲気が漂っていて私はクラスメイトの元へたどり着くまで林道寿々奈から離れることができなかったのである。
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