塩猿
安良巻祐介
塩猿を見かけたので珍しく思いカメラを向けて写真を撮っていたら、ぽんぽんと肩を叩かれ、やめなさいと咎められた。
振り返れば通りすがりらしい老人である。眉根を寄せてこちらを睨むその顔に何となくばつが悪くなりながら、反射的にすみませんと謝った。
そうこうするうちに塩猿はその美しい真っ白な体毛に覆われた体をひくひくと震わせ、びっしりと充血した目玉を剥いてすすり泣くような奇声を上げたかと思うと、凄い早さで山の方に駆け去っていってしまった。
その背を見ていたら、逃した魚はなんとやら、ああ勿体のないことをしたなぁ…と後悔が膨れ上がってきた。老人が恨めしくなって、ご親切に忠告どうもと皮肉を込めて言ってやったが、彼はこちらを見ておらず、遥か遠くの蜃気楼を眺めるような眼で、猿の駆け去った方角の深い緑色を見つめているばかりであった。
見ればその頭は、銀色の小針を植え立てたような真っ白い雪原で、細めた目はどうやら、ぼんやりと薄赤く濁っているようだ。
腰に提げた徳利が鼈、或いは蛭を逆さにしたような不思議な形をしており、どういう仕掛けなのか、その口からひゅるひゅると絶え間ない音がしている。
さらにまた、老人の姿を長く見ていると、その顔がだんだんと人間らしくなくなっていくようにも思われる。
これは深くは関わらぬ方がよさそうだと感付いて、ぱんぱんと柏手を打ってから、作法に乗っ取って後ろへ下がり、ほうほうの体で退散した。
塩猿 安良巻祐介 @aramaki88
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