Chapter.28 『クレッセリア財閥 社長 コルドナ・ファッテンブルグの場合』

 逃げるしかなかった。

 貧乏人相手にすごすご退却するのは気に食わない、などと、そんな贅沢は最早もはや言っていられない。どうやら国際警察機構エスポールは本気で全ての痕跡を抹消するつもりらしい。そしてそれもこれも全部、元を正せばあの泥棒のせいだ。

 よりにもよって『三日月』を盗むとは、一体何を考えているのか。それも堂々と予告状まで出すとか、もう度を超えたアホとしか言いようがない。それに関わる人たちがどんなに困るか、奴は少しでも考えたことがあるのだろうか。

 そんなことになるくらいならいっそ消してしまえ、と、そう国際警察機構エスポールが考えるの当然だ。といって、コルドナとしてはそれをただ指を咥えて見ているわけにはいかない。すでに攻撃の被害は甚大で、損害分を取り戻すには相当な労力が必要になる。だが、まだ終わったわけではない。このクレッセリア財閥に残された最後の一線が、あの『ブラスクラムの三日月』なのだ。それだけは、必ずこの手で持ち出す必要がある。

 それが正解、という確証は、勿論もちろんない。思えば社長に就任してからというもの、ずっとそんなことばかりだった。あまりの重圧プレッシャーに耐えかねて、非常階段にひとり泣いたことだって少なくない。正しい選択肢などひとつもなく、どの決断も必ず何かが犠牲になる。だがそれは避けようのないことだったのだ、と、そう思い込むことでどうにかやってきた。ならば、今もそれと同じこと。もう迷っている余裕はない。

 地下三階の巨大駐車場。通用口を抜け、ボイラーや発動機の備え付けてある区画へ。迷路のような通路を進んだ先、ぽつんと錆び付いた扉が一枚。『封鎖中』と書かれた看板プレート、それを斜めに滑らせるように外すと、解錠のためのノブがその姿を表す。

 秘密の通路。

 扉の先は、ただ上へと続く階段。これを上り切るまでの辛抱だ。最上階の『別荘』には逃走用の小型ヘリがあり、スイッチひとつで屋上へとせり出す仕組みになっている。これが唯一の逃走経路、ただひとりで逃げるだけならともかく、いまなにより重要なのは――。

 『三日月』の回収。

 それを『別荘』から持ち出すことは、社長として最低限の責務なのだ。


 どうにか最上階に着いたときには、もう心臓が爆発しそうだった。

 が、休んでいる暇は当然ない。最上階の出入り口、向こう側からは廊下の壁に偽装されている、いわゆる隠し扉から転がり出る。赤絨毯じゅうたんの敷かれたその廊下は、煌々と明かりがともされていた。おかしい。部屋ならまだしも、なぜ廊下まで――疑問に思えど、しかしそんな些事にかまけている暇はなかった。

 駆け出すコルドナ。廊下の突き当たり、丁の字になった角を曲がって――だが即座に立ち止まる。視線の先に、何者かの人影。

「誰だ!」

 怒鳴ると同時に、警備兵から奪った銃を抜く。が、突きつけることは叶わなかった。見覚えのある相手。身なりこそみすぼらしいが、しかし長い黒髪に、まだ幼いながら気品のある顔立ち。廊下の奥からコルドナを睨みつける、その少女は紛れもなく――。

「……ユエン? ちょ、おま、なんで」

 これは運命の悪戯いたずらか、と思うが、しかしそれにしたって度が過ぎるとコルドナは思った。なぜなら目の前の少女、ユエンは――。

「今度こそ、クレッセリア財閥総帥、コルドナ・ファッテンブルグ。そこを動かないで」

 腰のポーチから拳銃を抜き放ち、まっすぐコルドナへと向けたのだから。

「質問はふたつ。正直に答えてくれたら命までは取らない。まず一問目、かつての研究所主任イリザ・マキシマについて、知っていること全部吐きなさい。猶予は二秒」

 えったったそれだけ、と返す暇もなく。「いーち」と普通に数え始めるので慌てて答える。

「イリザなら問題ない。形式上は退社扱いだが、実際は子会社の研究施設に出向したようなもんだ。連絡はいつでもつくし――っていうかお前、なんでイリザのこと知」

「それ本当?」

 お金持ち嘘つかない、と答えると、「じゃあ今すぐ連絡して」と来た。いや今は逃げるのが先では、などと、そんなことを言って聞くような相手じゃない。

「でも、その前に二問目。あなた、どうして――あたしの﹅﹅﹅﹅名前を﹅﹅﹅知ってるの﹅﹅﹅﹅﹅? 研究所のデータベースには、あたしの名前はなかったはず。さあ答えて。猶予は一秒半」

 いーち、と再びのカウントダウン。言葉を選んでいる暇もない。もうほとんど思いつきで、あることないことコルドナは答える。

「それはアレだ、俺社長だし金持ちだし、あとなんていうかものすごい推理パワーというか奇跡の超頭脳に急に目覚めたりしてそして気がついたら君の名前がすらすらと出てきておかげで身長も伸びたし女性にも大人気でこれでもうひ弱な男なんて言わせないっていうかもう本当にやっててよかった記憶術的な何かが突然」

 言い終えることは叶わなかった。こんなに頑張って喋ったのに、でも目の前の少女は普通に「にーぃ」とか言い出すからどう考えても話聞いてないっていうかアレだお前もう撃つ気満々ですよね、なんて、そう言いたいのにでも怖くて言えないばかりかもう涙目だった。このままでは死ぬ。間違いなく死ぬ。どうして死ななきゃいけないんだ俺は社長だぞふざけんな、と、そこまで考えた、その瞬間。

 コルドナの背後、廊下のずっと奥の方から、唐突に響き渡る声。


「――ユエンに手を出すな、このタコ社長!」


 振り向けば、遠くに薄汚い茶色のロングコートが見えた。安物なのは言うまでもなく、それがびしょ濡れでしずくをぼたぼた垂らしているものだから、ものすごい勢いで絨毯が汚れている。おいお前それいくらしたと思ってるいいかそこ動くなよ、と、そう怒鳴るよりも早く駆け出すずぶ濡れの少年。ボロボロのスニーカーが水を跳ねて、みるみる汚されていく高級絨毯。咄嗟にクリーニング代を計算する、そのコルドナの頭脳が白く爆ぜる。

「この――この汚らしい阿呆がァァァ!」

 その汚物に銃を向けるのと、まったく同時に。


 爆音が、フロア全体を揺るがした。


「うおっ?」

 というコルドナの声と、「きゃっ」というユエンの悲鳴。それに汚物の「ンガググ」という変な声が重なった。一体何事か、正確なことはわからない。わからないが――しかし。

 コルドナの足元、白目を剥いて転がる例の少年。いまの揺れで派手に転んだらしく、しかも頭をぶつけて気を失っているようだ。その後ろ襟を掴んで持ち上げながら、頭に銃口を押し付ける。

「この汚物は、お前の仲間だな。俺に逆らえば、こいつの命はないぞ」

 ショックに目を見開くユエン。顔を真っ赤にして、瞳には涙まで溜めている。よほど悔しいのだろう、と、そう思うコルドナの胸がちくりと痛む。ふるふると震える少女の膝に、あれっ俺いますっごく悪いことをしてるんじゃ、という気持ちが強くなる。思わず「ごめん」と謝罪しかけた瞬間、少女の叫びがこだました。

「彼を――ギョウちゃんを、返して!」

 その哀願は、しかし叶うことなくただ響き渡るばかりだ。この状況では、そうなるはずだ。そうなって当たり前だし、世間の常識とはそういうものだと思う。思うのに、でもコルドナは、はっきりと見た。

 怒りに我を忘れた少女の、その細い指が、なんか思いっきり引き金を引いてしまうのを。

 えっなんで、と思うよりも早く、額の真ん中がカッと熱くなった。

 うっそ何コレど真ん中――それが最期に考えた言葉かと思うと、さしものコルドナも情けなくなった。どうせならもっと金持ちらしいことをと頑張ってみるも、でも浮かんでくるのはやはり幼少期の思い出ばかりだ。子供の頃、友達同士で興じた水鉄砲遊び。いつもコルドナだけがずぶ濡れで、だって『まと』の役なのだから仕方がない。的でいいからとお願いしたのはコルドナ自身で、その相手はお金持ちのお坊ちゃんだった。俺も金さえあれば、と思う心に蓋をして、「いや違う俺は幸せだだってみんな〝友達〟なんだから」と布団の中、夜毎に声を押し殺して泣いた少年時代。それが人生最後の回想だなんてあんまりだから、と、余計な欲をかいたおかげで次々浮かんでくる地獄の思い出たち。なんでこうなるんだふざけるな俺は社長だぞ――と、逆上しかけたその瞬間。

 ようやく、コルドナの耳に届いた、その声は。


「……なんで、泣いてるの」


 懐かしい響き。慣れない社長業に疲れ果て、もう駄目だと非常階段に隠れて泣いていたあのとき、そっと声をかけてくれた天使の声。いやちげーし泣いてねーし、と強がったらなんか「は? いやどう見ても泣いてんですけど?」と、なぜか逆ギレされたあの日の記憶。こじれに拗れた口論の末、思い切り蹴り上げられた股間の痺れ。遠く霞むイリザの、声と笑顔。それが、目の前の彼女に重なる。キュン、と、あるいは、ヒュンとなる。玉が。

「ねえ。どうしてこんな状況でさえ、あたしを撃とうとしないの」

 イリザは――いや、ユエンは、泣いていた。絨毯に膝をつき、手から拳銃を取り落とすのが見える。あれっそういえば俺アレに撃たれたんじゃ、と思ったがそんなことは後だ。きっと俺は眉間を撃ち抜かれても死なない特異体質かなにかで、つまりエスパーだったのだろう。心躍る新発見だが後回しだ、それよりも今なすべきは――。

 廊下にぱたぱたと足音が響く。曲がり角の向こうから姿を現したのは、ここの使用人だろうメイド服姿の少女だった。丁度いい、とコルドナは声をかける。

「おいお前、俺は逃げるぞ。社長で金持ちの俺が逃げる。今すぐ脱出用のヘリを用意しろ」

「そのヘリのことで、ご報告が! 屋上のヘリパッドが爆破されたみたいなんです!」

 なんだと、と怒鳴り、すぐに「さっさと直せ」と重ねて怒鳴る。えーっ、という非難めいた嘆息のあと、

「無理ですよ! そんなの私、できません!」

 ぶんぶん首を振る使用人。社長に向かって無理とはなんて言い草、だいたい賃金を払っている以上お前に拒否権は――そのコルドナの叱責さえ、まるで聞いている様子がない。

「そんなの私の仕事じゃありません! 私にできることといったら、せいぜいひとつ」

 そう呟く彼女の手に、いつの間にか――本当にいつの間にか握られていた、それは。


「――盗み、くらいのものでしょうか」


 先ほどまでコルドナの手にあったはずの、拳銃だ。

 おいバカ危ないから返せ、という忠告さえ、この使用人には全く通じない。まだ項垂うなだれたままのユエンに寄り添い、その口からこぼした呟き。その声はしかし、今までとは全くの別人だ。

「ほら、言った通りだったでしょう? おかしいとは思ったんです。母親であるイリザさんが娘を救うために、極秘扱いの薬品を使うのはいいとして。何故それを黙認したまま、しかも被検体となってしまった君を、このブラスクラムに置いておくのか。イリザさんがそうしたのではないことは確かです、退社扱いになっているのですから。そもそもそんな無理を通せるのは、この研究所の事情に明るくて、かつある程度の権力を持った人間に限られる」

 振り返る使用人。こいつの喉はどうなってるんだ、と思ったが、でもそんなことを聞けそうな雰囲気ではない。それをいいことに、なんだか偉そうに話しかけてくる彼女。

「社長。貴方はどれだけ追い詰められようとも、決して彼女に銃を向けようとはしなかった。こちらの少年には躊躇なく発砲しようとしたにもかかわらず、です。まして、彼女の手にした拳銃が、玩具おもちゃの銀玉鉄砲だと判明したあとでさえ」

 えっ? と、思わず声が出た。玩具。なんだ、そうだったのか。ということは、さっきの「俺ってエスパー?」とかそういうのは、少し考えすぎだったということになる。危なかった。あと少しで自慢してしまうところだった。羞恥を誤魔化すように、コルドナは笑う。

「そうだな。いやまさか銀玉鉄砲とは。すっかり騙された。ハハハ」

「そうです。彼女の演技力の勝利ですね」

「まったくだ。ハハハ」

「ふふふ」

「ハハハハハ」

「――ですので、ひとまずエスパーとかそういう話は置いておいてですね」


 えっ?


 声が裏返った。こいつ、なんで俺の考えていることを。

「お、お前、まさか……エスパーか……?」

 さあ何のことでしょう、と口笛を吹く使用人。とぼけるな、と怒鳴りつけても、まったく意に介するそぶりもない。それどころか、急に真顔に戻って、ひとこと。

「単刀直入にお聞きします。彼女、ユエン・マキシマさんは、貴方のご息女、ですね」

 ――やっぱり、エスパーとしか思えない。

 しばしの沈黙の後、コルドナは頷く。エスパーが相手では、黙秘も何もあったものじゃない。

「その通り。ユエンは、俺とイリザの娘だ。薬を使わせたのは俺の指示だ、あんな事故で亡くしてたまるものか。それに、遠くに置いておくこともできなかった。俺の知らないところで、何かイジメにでも遭ったりしたら。そう思うと、身近なところからは離せなかった」

 なんでもお見通しなんだな、さすがはエスパー――そう呟き、使用人の顔を見る。幼い頃からの憧れだったエスパー。それが今、目の前にいる。彼女はユエンのかたわらに身をかがめ、いたわるようにその髪を撫でていた。ユエンの長く美しい黒髪は、若い頃のイリザを思わせる。大きくなった、と、実はちょくちょく見に行っていたにも関わらず、でも最近は見るたびに思うのだから仕様がない。

 使用人、いやエスパーが、小さく微笑む。彼女は「ぱん」と手を打って、

「さて。複雑な事情はおありでしょうが、もたもたしている場合でもありませんよ。いつヘリから特殊部隊が突入してくるやらわからない」

 ヘリパッドは壊れたんじゃ、というユエンの反応に、それは時間稼ぎにしかなりません、とエスパー。今は天候が荒れているからいいようなものの、暴風雨が収まるのを待ってワイヤーで降下すればいいだけの話だ。そしてそうまでして侵入してくる、彼らの目的はもはやひとつ。

 証拠の隠滅。つまり、全てを知るコルドナ自身の命が危ない。そしてそれはこの最上階にいる、ユエンとこのエスパーについても同じことだ。

「俺は逃げる」

 コルドナは立ち上がる。何かを言いかけたユエンの、いや、の手を取って。

「行くぞ。時間がない。お前も一緒に来るんだ」

 間違った判断ではなかったはずだ。しかし、それでも、胸のどこかがちくりと痛む。こちらを見上げるユエンの瞳には、困惑と非難の色が見て取れた。まあ当然のこと、急に父親だなどと言われても、彼女にしてみれば困惑する以外にないはずだ。

「……離してよ」

 そう手を振り解こうとする彼女に、「いいや離さん」とはっきり言い切る。言い切ったし離すつもりも毛頭なかったのだけれど、でもとんでもないパワーだったのでもう離さざるを得ないというよりも物理的に無理だ。気づけば壁に叩きつけられていたコルドナは、エスパーがユエンを諭すのを見た。

「ここは危険です。君はこの社長について行くべきだ。どこを通れば安全に脱出できるか、一番詳しいのは彼でしょうから」

 わかってる、と、躊躇ためらいがちな返事のあと。ユエンはゆっくりと、コルドナの方へと振り返る。

「でも、馴れ馴れしく触られるのは、嫌。それに一応、大人なんでしょ。慌てて逃げ出す前に、荷物のひとつくらい持ったらどうなの」

 ちらりと目をやったのは、例の薄汚い貧乏小僧。あれからずっと気絶しっぱなしのこの役立たずを、でもコルドナは「任せとけ」と担ぎ上げる。同時にとっておきの爽やか満面スマイルを所以に向けるが、しかし彼女はすぐさま顔を背ける。ずしり、と、胃の辺りが重くなる。が、これも当然の報いだ。荒れ果てたスラムに祖母とふたり、親なき身の上として育った娘。いまさら赦してもらおうなどと、あまりに虫の良すぎる話だ。

 ユエンはエスパーへと向き直り、少し姿勢を改める。

「怪盗さん。今日は本当に、いろいろと――」

 エスパーの――もとい、〝怪盗〟の、その人差し指がユエンの言葉を遮る。

「礼には及びません。本当はこれからが大変だと思うのですが、しかし一介の泥棒にお手伝いできるのはここまでのようです。もう時間もありませんし、それに僕にも仕事がある。ですが、これで、ひとまず無事に」

 授業レッスンは全て終了です――と、折り曲げられる人差し指。笑顔を返す娘の髪が、瑞々しく揺れる。

「本当に、なんでも盗み出しちゃうんだね。お母さんだけじゃなくって、その」

 そこで言葉を切り、しばらく俯いたままのユエン。不意に生じたその不自然な間に、しかし怪盗は何も促そうとはしなかった。コルドナは反省する――「おいなんだ変なところで黙るな全部言え」と、あと少しでそう急かすところだったのは、大概空気読めてなかったな俺、と。

「……その。父親、まで」

 それは当然、直接コルドナへと向けられた言葉ではない。だが、それでも充分だ。決して赦されたわけではない、その呼び名で呼んでもらえる資格など、もとよりあるはずもないのだから。しかしそれでも、胸にこみ上げるこの言いようのない気持ちを、抑えることができない。

 ――父として、俺は必ず、この子を守る。


 改めて礼を述べる娘に、怪盗が微笑みを返す。続けて曰く、「なあに、大した手間でもありません」――。


「よろしいですか。一番重要なレッスンスリー――怪盗に、盗めないものは、ないのです」


 うやうやしくお辞儀する、怪盗紳士。その指し示す先は、ついさっきコルドナが上ってきたばかりの隠し階段だ。進むユエンの後ろに付き従いながら、コルドナは小さく振り返る。

「ひとつ聞かせろ。仕事、と言ったな。この状況で何をする気だ、ランバーン」

「決まっているでしょう? 僕ならこれから、お月見の予定です。構いませんね、社長?」

 もって回ったその言い回し。あまり得意なタイプではないが、しかしそんなことはどうでもいい。貧乏小僧を背負い直して、呟くように答える。

「俺がその予定だったが、もっと大事な宝があった。それを持ってきてくれたのがお前なら、礼をせんわけにもいかんだろうな――わかった。好きにしろ。だがその代わり、必ず持って行けよ。いいか、必ずだ」

 お気遣いありがとうございます、と怪盗。深々と頭を下げながら、彼は続ける。

「ですが、僭越ながらご忠告を。外には今、かなりの数の特殊部隊が待機しているようです。彼らの正確な狙いはまだはっきりしませんが、しかしくれぐれもご用心を。それでは――」

 最後のひとことは、その姿に相応ふさわしい少女の声。

「行ってらっしゃいませ、旦那様」

 おどけた見送りを背に受けて、コルドナは長い階段を再び、下り始める。

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