Chapter.23 『国際警察機構 主任捜査官 E.E.バードマンの場合』

 なんて失礼な奴だ、とは、さすがに言えない。

 陣頭指揮を執っているキースの手前もある。なによりバードマン自身が、実際に本社前の車を爆破した張本人なのだから仕方ない。その上、明かりの消えた本社ビルの暗がりの中、受付嬢の制服を着てうろついていたのだから、これで警備兵に怪しまれない方がおかしい。たとえ功を焦った警備兵長によって何十人がかりでボコボコにされたとしても、それは身分証ごとコートを他人に渡してしまったバードマン自身の責任だ。

 ロビーまで引きずられたところでキースに発見され、そして彼の命令によって解放されたのは運が良かった。だがやはり文句は言えない。ついうっかり愚痴でもこぼそうものならば、現場の指揮に忙しいはずのこの相棒は、

「まったくもって仰せの通り、いくら警備兵長といえども所詮は民間企業の飼い犬に過ぎません。それが身の程をわきまえず、こともあろうに国際警察機構エスポールの主任捜査官に対して暴力を働いたのですから、これには厳罰をもって処するより他にありません。ええ勿論わかっております、ここで成すべきことはただひとつ。殺しましょう。銃殺、それ以外に相応ふさわしい処罰がありましょうか。思慮が足りないがために正義に牙をむけるような躾けの悪い犬などもはや始末する以外に手立てはなくそしてそれこそが唯一にして最善の」

 とかなんとか、いつもの過激な弁舌を披露して現場の空気を悪くするのだからたまらない。それに、そもそもそんなことをしている場合ではない、と、バードマンは彼の言葉を遮る。

「それよりもだな、キース。さっき警備兵が口にしているのを耳にしたんだが。ここがハッキングを受けているというのは本当か。それも、仕掛けてきたのは――」

 おっしゃるとおりです、と、割り込むようなキースの言葉。

「それも、かなり大規模なものです。発信源に確たる証拠はないとはいえ、しかしいずれにせよ、これほどの攻撃を仕掛けられる組織などそうあるものではありませんしね。地下のセキュリティシステム経由で、本社のサーバ全てを機能停止に、というよりも、全てのデータを削除したようですね」

「削除。そこに間違いはないんだろうな」

 頷くキース。バードマンは古いタイプの人間、加えてランバーン専任の捜査官だ。コンピュータ犯罪には決して明るくない。が、しかしそんなバードマンにも、この行為の不自然さは理解できる。

 これは通常の手口ではない。攻撃者はサーバを乗っ取るでもなく、またこっそりとデータを盗聴しに来たわけでもない。躊躇うことなく、全てのデータを消去にかかった。無差別的・愉快犯的なハッカーの攻撃であればともかく、これだけ大規模かつ本格的な攻撃者が、このような真似をするなど前例がない。

 ましてその攻撃者が、国際警察機構エスポールであるならば、尚更のこと。

「キース。どう思う」

「どうもこうも。なりふり構わず、財閥側に気取られることもお構いなし、という感じですね。そこまでして消去したいものがあったのでしょう。それが何であるかなど、知りたくもありませんが」

 いささか自嘲的な響きを込めた、その言葉。その気持ちはバードマンにもよくわかる。ネットワーク経由の攻撃を知らされていなかったこともあるし、そもそのための隠れ蓑に使われたことに対する苛立ちもある。しかしなにより許せないのは、そこまでして消さねばならなかった『何らかの事実』が存在したことだ。

 敵対関係にあるはずのクレッセリア財閥。その所持するデータの中に何故、国際警察機構エスポールにとって明るみに出てはならない情報が存在しうるのか。考えられることは、まあだいたいひとつだろう。

 何らかの形で、財閥と国際警察機構エスポールが繋がっていた。

 ――わざわざそれを口にするほど、バードマンは若くはない。

「それで、お前はどうするつもりだ」

 考えるまでもありませんよ、と、肩をすくめる相棒。

「いついかなる場合であれ、警察官が従うべきはただひとつ――正義のみ」

「不正アクセスの犯人があくまで正体﹅﹅不明﹅﹅ハッ﹅﹅カー﹅﹅であるなら、見過ごすわけにはいかん、か」

 バードマンが呟いた瞬間に、ロビーの照明が灯る。どうやら電源が復旧したらしい。周囲の警備兵に声をかけ、すぐにエレベータを包囲する。中にはまだ抵抗勢力レジスタンスの少年がいるはずで、そして彼は爆弾を所持している、とはキースの弁。

「てっきりバードマン主任が一緒に乗り込んだものかと思いましたが」

 というのはつまり、あのいつものコートを見たからだろう。あれはここの受付嬢だ、と告げるも、キースは腑に落ちないといった様子で首を傾げる。しかしすぐに「まあそれはどうでも構いません」とエレベータに向き直る。

「復旧したエレベータは、初期化時の試運転のために一旦最上階まで上がり、その後この一階まで降りてきます。無論四十五階にも警備員は配備しておりますが、なにしろ相手は爆弾を所持しておりますので、もしまだ抵抗する様子でしたら」

「うむ。上では手を出させず、こちらで片をつけたいところだな」

 頷くキース。その目は、エレベータ入り口脇の階数表示を見据えている。四十三、四十四、四十五――デジタル表示が最上階を表示したその次の瞬間、思いもしないことが起こった。

「おいキース。これは……一体どうなっとるんだ」

 思わずそう呟く。それに少し遅れて、無線機から声が響き渡った。

『こちら四十五階待機部隊。目標の扉、開く様子がありません。というよりも、その、階数表示が――消えました』

 一階と同様の状況。隣から「話が違う」と呟く声がした。キースが親指の爪を噛むのは、ひどく動揺したときの癖だった。彼は振り返り、傍らの警備兵を怒鳴りつける。

「コルドナを呼んでこい! 今すぐ!」

 警備兵が慌てて駆け出す、その瞬間。キースの握りしめた無線機から、悲鳴のような声が響く。

『こちら地下コントロールルーム、コルドナ社長が外出、いえ失踪――いや、逃亡しました! 引き留めようとした警備兵一名が殴られて負傷、その際に銃を奪われております! 各部署、社長をお見かけしたか返答を願い――』

 言葉を発するものは、誰ひとりとしていない。

 怒りの形相で立ちすくむ指揮官。彼が無線機を床に叩きつける、その音だけがロビーにこだました。

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