Chapter.20 『クレッセリア財閥 社長 コルドナ・ファッテンブルグの場合』
天にも昇るような、この感覚。
前にも憶えがあった。キラキラと
「目を覚まされましたか。心配しましたよ、
美しい、というのは素直な感想には違いない。だが天使の姿をして現れるものは、おおむね悪魔の化けた姿に過ぎないのだ、とコルドナは思った。見覚えのあるこの美形は、もう間違いない。
「貴様、
叫んで起き上がろうとしたところで、体がよろめく。なぜだろうか、下腹部に――それも主に股間の周辺に、ぼんやりとした違和のようなものを感じる。まだ動くのは無理ですよ、だなどと、そう呟く爽やかな微笑は、まるで氷のようでさえある。
「き、貴様! 俺に、俺の体に何をした!」
もう泣くかと思った。寝ていた間にこの男が、自分に何をしたかだなんて――そんな、そんなことは、もう、考えるだけでも嫌だった。両親の顔が思い出されて、胃がキリキリと痛み出す。父ちゃん、ごめん。母ちゃん、許してくれ。俺はもう、お
「申し訳ありませんが、もうそんなことを言っている場合でもなさそうなんです」
なにが〝そんなこと〟だ、俺の大事な後ろの――と、そう叫びかけたところに、駆けつけてきた警備兵の大声が割り込む。
「クーパー殿! カジノ包囲任務の、州警察への引き継ぎ、完了いたしました! 人員は全てこちらの本社ビルへと引き上げております!」
「ご苦労。電源の復旧にはどの程度かかる?」
「正確なところはわかりませんが、恐らくは三十分程度かと」
「わかりました。では三十分の間はどうにか持ち堪えるようにいたしましょう。しかしそれ以後に関しては、この本社ビルの安全の保証はしかねる、と担当者にお伝えください」
了解、と足早に去る警備兵。その背中を見送りながら、今度こそコルドナは怒鳴りつける。
「おい、なんで部外者の貴様が警備の陣頭指揮を執ってるんだ。それは担当の警備兵長の役目だろうが」
その警備兵長がさっきの彼ですよ、とキース。それならむしろ、余計に悪い。
「ならそれに命令を下すのは、社長である俺の権限だ」
その社長が今まで気絶していたんでしょう、と、とにかく口の減らない男だ。どうやら社長室にも連絡が繋がらないらしく、やむを得ず国際警察の権限で現場の指揮を代行せざるを得なかった、と彼は言う。文句を言いかけた、コルドナの口を人差し指で制して、キースは続ける。
「先程も申し上げましたが、緊急事態なのですよ。表のカジノは陽動――あるいは、偶然の事故に過ぎません。
「おい待て、さっきロビーに突っ込んできたやつのことなら、ありゃ」
「ええ。わかっております、うちの上司ですね」
苦虫を噛みつぶしたような顔で呟くが、しかしあれはこの男の上司でもなんでもない。奴はうちの社員であり受付嬢の、とコルドナが言うよりも早く、キースが状況を説明する。
「ヤツともうひとり、
どうしてそのふたりが爆弾を持っているのかわからないが、しかしもっと気になることがある。
「なんでエレベータが停止するんだ。あれは外側がガラス張りになっていて、そのおかげで随分高かったんだぞ。もしそれが壊れたなんてことがあったらお前」
その通り、とキースが笑う。なにがその通りなのか、その言葉は答えになっていない。
「そう、人為的なもの。停電、それも電力を供給する
犯人はまだ他にいます、と。
そんなことは、もうどうでもいい。
「復旧しろ! 停電ってことはIDによるセキュリティシステムが停止しているってことだろうが! 緊急用の自家発電システムが稼働しているはずだ、それをセキュリティに回せ!」
「そのためにお待ちしていたのですよ。あなたが目を覚ますのを」
髪をかき上げながら溜息をつく、そのキースの横顔に、どこか皮肉めいたものが見え隠れする。
「別系統の電源システムの存在はお聞きしました。ですが、誰もそれを操作することができないのです。現場の最高責任者でさえもですよ。おかしなことだと思いませんか? 社長個人の権限がなければ、その電源装置の操作ができないだなんて」
問い詰めるようなその口調。非常用だからな、などという言い訳は、やはり通じるような相手ではなかった。薄く笑うその笑顔のいやらしさといったら、もう、言いようがない。
「全館停電中にもかかわらず、上層階のいくつかの部屋に明かりがついているそうですね。どうしてそんなところに
「――復旧が先だ。違うか」
ごもっとも、という言葉を背に受けて、コルドナは歩き出す。向かう先は地下一階、セキュリティシステムの中央司令室である、コントロールルーム。電力の割り当てはここのメインコンピュータと、そして最上階が優先されることになっている。階段に差し掛かったあたり、背後から聞こえるキースの足音に、ふと立ち止まる。
「……どうなさいました?」
親指を立てて、肩越しに先を指し示す。先へ行け、の
結構、という余裕の言葉に、コルドナはいよいよ決意を固める。
――こいつには、いつか絶対、ひと泡吹かす。
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