Chapter.02 『クレッセリア財閥本社 秘書課社長付秘書 ファナミリア・エメントの場合』
「いやしかしあの必死の形相ったらないね。ああ傑作だ、おいお前もそう思うだろファナ? そうだもう一回再生しよう」
確かにこの社長の言い分には一理ある。あのぼろ切れを身にまとった貧乏刑事がこめかみに青筋たてて怒鳴り散らす
なにしろこの応接室の映像を見るのは、この一時間でもう十度目だ。そしてその度にこの社長、コルドナが馬鹿みたいに噴き出すのだから、この昼食はいつまで経っても終わる気配がない。どうせ最後には食事の大半を残して「もう飽きた、まずい」とか文句を垂れて終わるのだ。そのくせ三時頃になると「おなか空いた」とかなんとか勝手な文句を垂れたりするのだから、それに付き合わされるシェフは
――と、おおむねそんなような内容を斜め後ろでぼそぼそと呟いたおかげか、ようやくコルドナはリモコンを手に取り、目の前のスクリーンに映る映像を消すと、
「ごめん」
とファナの目を見ずに謝って、そして目の前の皿を不満げにつんつんと突っつき始めた。いいから早く食え、とファナは思い、そしてそれも呟いてしまったので、コルドナはいかにも不味そうにもそもそと目の前の食事を口に放り込み始めた。たぶんこいついま涙目だ、とファナは思った。そう思った瞬間、コルドナの肩がふるふると震え始めた。また呟いてしまったらしい。悪い癖だ。こうなったら、ここは適当に話題を変えるしかない。
「ですが社長、なにもわざわざ社長自らが応対に出ることもなかったのでは」
「なに、ただの趣味だ。面白いじゃないか、貧乏人をからかうというのは。ましてそれが警察ともなれば堪らないね。ザマアミロだ、
この人なにか警察に対して嫌な思い出でもあるのだろうか、とファナは思ったが、どうせロクなことじゃないだろうから呟くだけに留めることにした。そもそも、そんなことよりも――。
「ですが、もう少し自重して頂かなければ困ります。なにぶん時勢が時勢ですので」
「なに、気にするほどのことじゃないさ。アレだろ?
ファナは頷いた。
「とにかく、気をつけていただかなくては困ります。社長に万が一のことがあってはいけませんので」
社長が何か
「それと、
その言葉に、ぴたり、と社長のしゃくり上げる音が止まる。ゆっくりとその場に立ち上がるなり、彼は、
「君は、『ブラスクラムの三日月』がなんなのか、知ら、知らんだ、ひっ」
と、無理に格好つけようとしてまたしゃくり上げた。確かにファナは、その『ブラスクラムの三日月』が何であるか、この社長の口から聞いたことはない。考えてみれば不思議なことだった。ファナは秘書として、この社長について業務上のことからプライベートまでほとんど全てを知り尽くし管理しなおかつ思うがままに操っているのだから、この三日月というのは相当な秘密なのかもしれない。となれば、考えられる可能性はひとつしかない。きっとごくごくプライベートなこと、そしてなおかつ秘書には言えないようなこと――はっきりと言ってしまうのであれば、この社長の変態的な
そこまで考えたところで皿が飛んできたのでファナは大変驚いた。どうやらいつもの呟き癖がまた出てしまっていたらしい、社長はなにやらぼろぼろと泣き喚きながら手当たり次第にものを投げている。〝泣きギレ〟すると何をしでかすかわからない、という自分を演出しているようだけれど、どうせこの根性なしには実際にものをぶつけるような度胸はない。つまり当たらなければどうということはない。ファナは懐から社用の
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