第2話 盗人のカオル

「…行き倒れだ。」


アレンの近くをたまたま通りかかった青年は、砂を吸い込まないよう口と鼻を覆っていた布を少しずらしながら呟いた。彼は普段はあまりこの道を通らないのだが、今日は散歩がてらにこの辺りを彷徨いており、今まさに帰る途中だった。たまに散歩に行く時もよく行き倒れや死人はよく見かけるので、アレンのこともあまり驚いていない様子だった。それどころかアレンの荷物をじっと見つめると、そーっと近づいていった。


「……砂漠に来るには軽装備すぎるっスね。ただのバカなのか、それとも既にスられたか。」


そう言いながら彼はアレンの荷物を手馴れた手つきで漁り、腰につけているカバンの中身も確認した。その中身は僅かな小銭と空になった水筒しか入っておらず、彼は残念そうに溜息をついた。


「……ただのバカのパターンか。ご愁傷さまっス。」


彼はそう言って軽く手を合わせると、その僅かな小銭とアレンが背負っていた古臭い剣を当然のように盗んだ。


「……ちょっと古っぽい剣ッスね。帰って油でもさせば多少高く売れるか…も?」


彼がその剣の状態を確認しながら踵を返そうすると、突然纏っていたマントの裾をガシッと掴まれて動けなくなった。彼は流石に驚いて恐る恐る振り返ると、アレンがプルプルと震えながら僅かに残った力で裾を掴んでいた。


「す、みません……み、水を……っ。」


「……生きてたっスか。」


彼はバクバクと鼓動する心臓を必死で抑えながらアレンの傍にしゃがみ込んだ。


「旦那ぁ……こんな砂漠にこんな軽装備で来るなんて、自殺行為っスよ?一体どういうつもりなんで?」


「……む、村から…出たこと、なく……て……ガクッ。」


そこまで言うと、アレンは手を離して再び砂の上に頭を落として気絶した。


「……村って、この近くに村なんかあったっスかね?まさかあの遥か彼方にある田舎村の事じゃ……ないっスよね…。」


彼は暫く考え込みながらブツブツと呟いたが、幸いアレンが小銭と剣を盗んだことに気付かず気絶したので、ほっといて帰ることにした。


「……何が目的でここまで来たかは知らないっスけど、ま、頑張ってくだせぇ。」


彼はそう言って自分が持っていた予備の水筒をアレンの横に置くと再び口と鼻を布で覆い、全く目印のない砂漠をスタスタと歩いていった。





〜はぐれ森の中〜


「………………何でここにいるんスか…っ!!」


30分ほどで砂漠を抜けて青年の住処がある『はぐれ森』という森に帰ってきたが、理解不能な現象が起きて彼は過去最高に混乱していた。それは先程砂漠に置いてきたアレンが、目の前でまた倒れているという現象だった。


「さっき砂漠で倒れてたじゃないっスか!水は置いてきたとしても、それで復活してオレを追い越して森に辿り着いてまた倒れてるなんて有り得ないっス!!しかも砂漠初心者に……っ!」


彼は頭を抱えて必死に状況を理解しようとしたが、頭はパニック状態だった。するとその声に反応したかのように、アレンがすくっと起き上がった。


「ヒッ……!?」


彼はまるで幽霊に遭遇したかのように小さく悲鳴を上げて木の後ろに隠れた。アレンはゆっくりと青年の方を向き、にぱっと笑った。


「やぁ!命の恩人さん!水をくれてありがとう!水筒を返しに足跡を辿ってついてきたんだけど、森でまた迷っちゃったんだ。君が来てくれなかったら今度こそ本気で行き倒れるところだったよ!」


アレンは先程青年が置いていった水筒をカバンから取り出して彼に差し出した。彼は恐る恐る水筒を受け取りながら口を開いた。


「さ、さっきまで行き倒れてたのに……水を飲んだだけで随分元気になったんスね……。」


「うん、お蔭さまで!」


アレンは服の砂を払いながらゆっくり立ち上がると、今度は青年に手を差し出した。


「僕の名前はアレン、恩人さんの名前は?」


「……別に、オレは恩人なんかじゃないっスよ。」


彼はアレンの所持品を盗んだ手前、恩人と言われることが気まずく、ふいっと顔を逸らした。アレンは不思議そうに首を傾げながら彼の顔を覗き込んだ。


「どうして?僕のお金と剣を盗んだから?」


「っ!」


アレンがてっきりバレていないと思っていたことを平然と口にし、彼は血相を変えた。剣は既にマントの中で持っている袋の中に入っており、砂漠で盗んだことに気付いていなければ当然バレる筈はなかった。


「そんなの、命を救ってくれた対価として当然でしょ?あ、でも剣だけは返して欲しいな…それは亡くなった育ての親から貰った護身用の剣なんだ。抜けはしないけど、お守りみたいなものだからさ…。」


「……あんた、何言ってるのか分かってんスか?対価だなんて……勝手に持っていったものは全部盗品になるんスよ。」


彼はアレンの甘い考えに呆れ果て、盗んだことを否定もせずに訂正した。


「まぁ周りから見ればそうだろうけど……僕がそう思ったんだから、それで良いんじゃない?実際僕は君に1ミリも怒りも恨みも感じていない訳だし、君もその方が助かるでしょう?どうしてわざわざ訂正するのさ?」


「……悪い事をした人間は、そういう風に簡単に許されると逆に罪悪感に見舞われるんスよ。折角いい物が手に入っても、そういう言葉で素直に喜べなくなるんス。」


彼はそう言うと袋から小銭と剣を取り出し、アレンに差し出した。


「あ、ありがとう!でも、本当に悪い人なら行き倒れに水を置いていったり、その罪悪感とやらも感じないんじゃないかな。そして、こんな風にあっさり盗んだ物も返してくれない。」


アレンは大事そうに剣を握りしめた後、ニコッと青年に微笑みかけた。


「恩人さん、本当は君…とても優しくていい人なんじゃない?」


「……オレはただ…、」


そう言われて彼は何と返事をすればいいか分からず、俯きながら拳を握りしめた。


「…ただ、怖いだけっスよ。何をするにもビビってばっかりで、自身も勇気もないんス。だからバレたらすぐ返すし、そもそも盗みだって……。」


「好きでやってない?」


アレンの鋭い感に、彼は思わず固い表情を崩して微笑んだ。


「…すげぇッスね、初対面なのにオレのこと分かってるみたいっス。」


「あはは、昔から人の言おうとしてることを当てるのが得意だったんだ。でも、君のことを分かってるわけじゃないんだ。だって、名前が分からないからね。」


アレンはそう言うともう一度手を差し出した。


「ねぇ、良かったら教えてくれないかな。君の名前と、本当の君のことを……。」


「……。」


彼はじっとアレンの手を見つめた。今まで信頼出来る友などもおらず、この道に進んでからも誰にも頼ることなどしてこなかった彼だったが、何故かアレンには本当の自分を理解してくれるかもしれない、今自分が置かれている状況を変えてくれるかもしれないという希望が薄らと感じられた。彼は1度目を閉じ、深く呼吸をするとアレンの手を取った。


「……オレは、カオル…見ての通り、今は盗賊やってるっス。」


「カオル君か、いい名前だね!よろしく!」


「呼び捨てでいいっスよ。見た感じ同い年っぽいし…。」


「あ、確かに…じゃあカオルって呼ぶね!ちなみに何歳なの?」


「16っス。」


「え……。」


アレンは彼の年齢を聞くと硬直した。顔つきや背丈的にも、同い年か年上だと思っていたが、2歳も年下だったとなると流石に自分の見た目の幼さにショックを隠せなかった。


「……うん、僕、18歳。」


「え、あ…マジっスか……すんません、もうちょい敬うっス。」


「あ、いや…それは今まで通りでいいよ、うん。」


こうして微妙な空気にはなったものの、アレンはカオルという盗賊の仲間が増えた。

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Destiny 〜伝説の英雄〜 天邪鬼 @amanojaku44

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