第2話 魔王の部屋

タッタッタッタッ……


その古い塔の中を、足早に駆け上がる足音が響いた。


長い長い螺旋階段を昇り詰めようとするその者は、金のサークレットを頭に付け、青い鎧をまとい、右手には剣、左手にはドラゴンの絵が描かれた盾を持っている。


サークレットに埋め込まれた、透き通るような青い宝石が、階段脇のランプの光できらりと輝く。

ランプの向こう、暗い夜空には月がない。




「魔王様、勇者がこちらへ向かっていると」

重厚な鎧を身につけたゴーレムは、禍々しくも煌びやかな扉の前で振り返り、主人へ告げた。

「……良い。」

人の背丈の三倍はあろうかという巨大な化け物は、そう言って立ち上がった。

「あんな者、我らの敵ではない。適当に始末しておけ」

そう言いながら手に持った古書を広げると、床の魔法陣と見比べるように目を細めた。

「わかりました」

2体のゴーレムはそう返事をして、扉の方を向いた。


その時だった。

ドンドンと大きな音が音を立てて扉が揺れる。

「くそっ、きやがったな」

ゴーレムは必死に扉を押さえつけるが、その力をはねのけて扉が開いた。


「魔王!覚悟しろ!」

剣を向けた勇者が室内に声を響かせた。


その瞬間、立ち上がったゴーレム達が勇者に襲い掛かった。

勇者はゴーレムと剣を交える。

片方のゴーレムの剣を交わしながら、もう一方から襲いかかるゴーレムの剣に自らの剣を当てる。

すかざず剣を戻すと、ゴーレムの巨体に蹴りを浴びせ、もう一方のゴーレムの剣を手から弾き飛ばす。

倒れたゴーレムを尻目に魔王目掛けて走りながら、剣を振りかざした。

「これでお前も終わりだ!」


魔王はゆっくりと手を挙げると、手のひらを勇者に向けた。

「ふん!」

すると、勇者の体は軽々と吹っ飛び、部屋の壁に叩きつけられた。


「暴れるな、勇者よ。どうせお前は無力だ」

立ち上がろうとする勇者をゴーレム達が押さえつけた。

「お前の力の源、その強化魔法ごと飛ばした。あの力はもう無い。」

「……貴様の極悪非道、許されると思うな。月を返せ。」

「月?なんのことだ。」魔王がニヤリと笑う。

「この世界から月が消えた。お前の仕業だろう。」

「ふははははははは」魔王は天井に向かって吠えるように嗤った。

「何が面白い。」

「私は何もしていない。偶然だ」

「では何故、満月の夜に月がない。」

「そんなこと、私にだってわからない」

「ふざけるな!おまえが悪巧みに利用したのだろう!」

「うるさい小僧だ。いいか、今から話すことをよく聞いておけ」

そう言うと魔王は古書を開き、読み始めた。

「月が暦に逆らひて、満たる月の消えし時、古の呪ひ叶はむ。」

「何を言っている」

「誤れる神に祈れよ。即ち汝空に魔を宿されむ。」

「やはり俺の予想は当たったわけだ。お前はこの夜に乗じて世界を乗っ取ろうとしている。」

「やがて時が満ちれば、天に魔が君臨する。喜べ、お前には全ての成り行きをその特等席で見せてやろう。」

「今に見てろ。これから、大勢の軍隊が塔を壊しにやってくる。俺が帰ってこなかったら国中の爆弾を使ってここを破壊するように言ってある。」

「ふはははははははは」魔王はこれ以上面白いことがないと言うかのように、とてつもなく大きな声で嗤った。

「何が面白い!」

「それももう遅い。残念だったな」


塔の時計の針は真上を指し、大きな鐘の音が塔全体に鳴り響いた。


その瞬間、魔王の部屋の魔法陣が凄まじく光りだした。

「この瞬間をどれだけ待ったことか。」


部屋を包み込んだ光は塔全体に広がり、その光は矢が放たれたように空に向かって打ち上がった。


そして、何事もなかったかのように静寂が辺りを包んだ。


「一体何が……」勇者が呟いた。

「……空を見ろ」

魔王は野心に満ちた顔で窓の外を見ている。


勇者も恐る恐る窓の外に目を向けた。


そこには大きな青い星が、空から顔を覗かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

満たる星が消えし時 þoþufa @killienyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る